第34話 余韻
映画を見ている間、ほとんどの時間となりを見ていた。
映画が盛り上がる度瞳を見開き、痛々しい場面なら目を閉じて顔を背け、感動的な出来事があれば目端を震わせた。その毎秒ごとに代わる表情を見続けた。多分、チケット代の元は十二分に取れたと思う。
悔いがあるとすれば、及川さんが感動した映画を共有できなさそうなことだろうか。
聖徳太子とは言わないからせめて2つのことくらい同時に聞けるようになりたい。
シアターを出ようとしたとき、及川さんは大きく息を吐いた。胸の前で手を合わせ、静かに目を閉じる。
余韻を味わっているのだろうか。及川さんは、映画館を出て、しばらく歩き続けてもそんな調子。心ここにあらずといった様子で、目的もないまま数分。ようやく、及川さんが口を開いた。
「とても、素晴らしかったです」
きっと映画の内容を思い出しているんだろう。及川さんの目は遠くを見ている。
「だいぶ長かったですね」
「すみません。興奮が収まらなくて」
「ううん、ぜんぜん」
普段しっかり者のイメージがあるから、今のふわふわした雰囲気の及川さんは新鮮だ。不思議と心が温かくなる。
「乙崎さんは面白くなかったのですか?」
「まさか、とっても面白かったですよ。何度でも見れると思う」
「それは良かった。私一人ばかりはしゃいでしまっているのかと」
正直映画の内容は分かってないし、全然一人ではしゃいでもらっても構わない。でも、及川さんがそんなに感動するような映画ならちゃんと見ていてもよかったかもしれない。
「……臨場感、というやつでしょうか。吞まれていくような感覚でした。本当に自分がその世界に入ったかのような。今までになく感情移入できたと思います。いいものですね、映画館」
まだふわふわしてる。多分高揚が収まってないんだと思う。立った映画ひとつで、って、前の俺なら思っていたのだろうか。それとも、これがほかの誰かなら思っていたのだろうか。
及川さんがそんな風に喜んでいるのを見ると、俺も自分のことのように嬉しい。もっと喜んでほしいと思う。何度でも、その表情を見せてほしい。
「よければ、また一緒に見に来ませんか?」
「よろしいのですか? また、お任せしてしまうかもしれませんよ。私は、疎くて」
「もちろん大丈夫ですよ。俺も楽しかったので」
「……それならお願いします。ありがとうございます」
そ、そんなに丁寧にお辞儀されると困ってしまう。一目が多いし、そんな凄いことをしようってわけじゃない。
……でもまあ、喜んでくれてるならいいか。正直にやけそうで抑えるのに必死だし。
なんて思っていると、スマホが震えた。それも、別々の場所から、ほとんど同時に2つ。
「あれ、及川さんもですか?」
「みたいですね。すみません、失礼します」
「じゃあ俺も」
せっかくの時間を邪魔するのは誰だ、まったく。これで朝紗だったら容赦しない――
「…………」
画面を開いて、絶句した。相手は莉弧。最初の文言がごめん、だった時点で察するべきだったかもしれない。全文を読んでしまって、及川さんとの時間を気にしてる余裕はなくなった。多分、このまま続けようとしても、ずっと脳裏をちらつくだろう。
『ごめん、よるっち。今から来れる? 湊とひなっちがね、デートしてたの』




