第33話 映画館
「うわぁ、ここが映画館ですか。賑わっていて、楽し気ですね」
祝日の映画館は想像以上に賑わっている。家族連れ、同じ制服の集団、男女のペア。もちろんソロらしい人もいる。
そんな景色を見ながら、及川さんは目を輝かせていた。
そういえば、俺も何気に映画館はあんまり来たことがない。前に家族できたことはあるはずだが、それくらい。……あれ、映画のチケットってどう買うんだっけ?
えっと、それ用の機械があるはずだけど……ああ、あったあった。そこまで込んでなさそう、だな。
「チケット買うけど、見たい映画とか、分かる?」
「そうですね。特段これ、というのは。おススメはありますか?」
「俺もあんまり映画には詳しくないんですよね。……じゃあ、ちょっと待っててください。人気の映画を調べてみますね」
チケットを買う列に並びながらスマホを開いて検索。今週の人気映画ランキングなるものがすぐに見つかった。
「こういうのが人気らしいですよ」
「うーん、でしたら、一番上のにしましょう。世間の言うことに、大きな外れはないはずです」
「ですね」
一番上か……って、恋愛映画なんだけど。
ま、まあいいか。実際人気の恋愛映画なら外れはないはずだ。何か気まずい展開になることもないだろう。
どうやらちょうど、すぐに始まるらしい。
「ポップコーンと飲み物はいります?」
「おお、定番、ってやつですね。ぜひ。あっ、お金は私が出しますよ。もちろん、後ほどちけっと代も」
「いやいや、大丈夫ですよ。全部俺が払います」
「そういうわけにはいきません。私事ですけど、お金を借りてはいけないと、言い聞かせられているんです」
どうせなら男として全額もちたいところだが……及川さんも引く気はなさそうだ。
「なら半分ずつ払いましょう。それでどうですか?」
「まあ、それが一番ですよね。分かりました、後ほど領収書を見せていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
領収書、ね。レシートのことだと思うけど、なんかちょっと身構えてしまう。
及川さんってやっぱり変わってるよなぁ。古風なのは知ってるけど、言葉遣いは丁寧だし、難しい言い方してくるし。と言ってお高く留まった感じはない。なんかこう、アニメとかだともっと強く当たってくるイメージがあった。
まあ、アニメじゃないからテンプレとは外れて当然なんだけど。
買うものを買い、シアターに向かう。
入るときの重めの扉を、しっかり押さえて及川さんに入ってもらう。
そして中に入れば、すぐに大きな画面が見えてくる。
「……これ全部、映像になるんですか?」
「うん。そうですよ」
確かに初めて見たなら、驚くかもしれない。劇場のように広い観客席から、壁全体に広がる映像を楽しめる。家のテレビとは比べ物にならないはずだ。
チケットを見つつ座席を探す。一応、隣同士。もしかしたら映画どころじゃないと思いつつ、こんな絶好の機会を逃すわけにはいかない。
隣だからなんだって話だけど、なんか、隣がよかった。
「乙崎さんは、物語って好きですか?」
「え?」
席に座った及川さんが聞いてくる。すでに広告が始まっている。見ていて面白いものでもないと思うけど、及川さんの目はくぎ付けだ。
「まあ、人並みには?」
嘘である。多分、他の人よりよっぽど大好きだ。でもオタクトークなんて出来るわけもなく。
「そうですか。私は、大好きなんですよ。とっても」
「へえ。なんか、意外かもしれません」
「言われます。あなたは完璧すぎて、理想そのものだから。そんなものいらないでしょと、よく」
……誰か、特定の人に言われているような言い方。
言いつけられている、だったか。及川さんが口癖のように言っていた。その言葉も、親に言われたのかな。
「でも、そんなことはありません。知らないことはたくさんあるし、憧れる人だっています。でも家からは、あんまり出してもらえないので、本をよく読んでいました。読んでいると、主人公になれた気がする。なって、いろんなことを経験できた気がする。だから好きなんです、物語」
分かるなぁ。俺もそう。何読んでも、今のつまらない人生よりもずっと楽しそうで、読んでると自分が主人公に憑依した気分になる。それが楽しくって、大好きになった。そのせいで、現実がおろそかになってるわけだけど。
でも、及川さんもそうだとは、思わなかったな。苦労がないなんて言うつもりはないけど、恵まれた人に見えてた。
「……いつか、物語みたいな恋も、してみたいんですけどね」
「え? 何か言いました?」
「ああいえ、独り言です」
考え事をしていて、うっかり聞き逃してしまった。でもまあ、独り言ならいいか。
ちょうど、映画が始まろうとしていた。実写の映画なんていつぶりだろう。アニメしかしばらく見てなかったなぁ。
何気に、楽しみかもしれない。




