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第32話 お誘い

 

「よるっち、どった……あれ? のれっち?」

「あ、こんにちは、冨田さん。実は先ほど、乙崎さんをお見掛けしまして」

「そうそう、それで話しかけてきたんだ」

「そーなんだ! きぐー? ってやつだね!」


 莉弧はブランのシャツの上に白色のブラウスを羽織り、オレンジっぽいロングスカートを履いていた。普段のはしゃぐ、明るそうな雰囲気とは一変して大人びた格好。そして、子どもっぽい満面の笑み。

 そんな莉弧を見ていると、どっちの莉弧が本物だったか、一瞬分からなくなった。


 服装で人の印象って結構変わるよな、やっぱり。

 さっきはなんでも似合うなんて言ったけど、着こなしてるだけで、来ている人の雰囲気はだいぶ変わる。いくつも服を見せられて改めてそれを意識させられた。

 俺も、気を遣えば多少は変わって見えるんだろうか。


 ……って、そんなこと言ってる場合じゃない! 莉弧の気を逸らさなければ!


「そ、そうだ莉弧!」

「ん? どった?」

「せっかく乙崎さんとも会えたし、別のことして遊ばないか?」

「お、いーね! 何がいー? のれっちは何かある?」

「そうですね。……あっ、私、映画館というものに興味があります」

「えーが! いーねー! じゃーさ、さっそくいこーよ!」


 莉弧はそういうと、持ってきていた服たちを戻しに行った。買う様子は無し。あれだけ悩んでたのに、結局一着も買わないのか。それとも、今日はもともと見るだけのつもりだったのか?

 女子の買い物は分からないな。


「よーしお待たせ! それじゃー3人でえーがに……」


 そこまで言って、莉弧が口を閉じる。

 そして何かに気づいたように目を見開き、俺と及川さんを交互に見た。そして、頷いた。

 ……ん? なんか、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。莉弧がすっごい得意げなんだけど。


「アッ、ウチヨージアッタンワスレテター! ってことで、あとは2人で楽しんでねー!」

「え? で、ですが……」

「いーのいーの! じゃ、ウチは帰るねー!」


 それだけ言って、莉弧は駆け足で去っていく。曲がり角を回る瞬間に一瞬、親指を立ててこちらを見てきた気がした。

 

 なんとなく、予想してみる。これ、俺と及川さんをくっつけようとしているのでは、と。気づかいだとしたら嬉しいけど、にしてもいきなり過ぎないだろうか。

 莉弧の意図を察している俺も、察していない及川さんも、突然のことに唖然とするしかない。


 立ち尽くすこと、しばらく。


「どう、しますか? 一応、目的は達成できたかと思うのですが」

「そう、ですね。湊たちのところに帰っても大丈夫ですよ」


 せっかくのチャンスだけど、及川さんはもともと莉弧の誕生日選びに呼ばれたのだ。戻ってもらったほうがいいだろう。

 そう思っていったのだが、及川さんはあいまいに笑って頬をかく。


「それが……冨田さんを見つけて、とっさに用事がある、と言って抜け出してしまったんです。急がないといけないといけないと思って。なのでその、戻るのは……」

「あー、なるほど、分かります」

「嘘はいけないと言われているのですが、慌ててしまって」


 きっと、説明している暇はなかったんだろう。だから呼び止められて、とっさに用事、とだけ伝えたわけだ。


「それに、私はあまり冨田さんのことを知りません。早迫さんと宇津羅道さんの会話には、どうしてもついていけません。おそらく、私がいないほうが気が楽かと」


 だんだんと元気のない声になった。

 耳にかかった髪をうっとうしげに退けて、視線を下げる。


 そんな及川さんの様子を見て、適当なことは言えなくなった。そんなことないとか、言うことは簡単だ。でも、そんな口先だけで終わらせたくないと思った。


 誰かを元気づけたいと思ったのは、なんだかんだ、初めてのことなのかもしれない。


「なら、一緒に映画、行きませんか?」

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