第27話 距離感
「ほら、手貸すよ?」
「え? ああ、ありがとう」
低木から抜け出そうともがいていると、莉弧が手を差し出してくれた。何とも思わず手を伸ばして、掴まれたところで、やっと気づく。
俺は、女子に触れている。
いやまあ大袈裟に言いすぎな気がしないでもないけど、俺みたいな1人が身に付きまくってるやつだと異性に触れられるだけで緊張ものだ。というか最近だと同姓だろうと緊張するかもしれない。自分で言うのもあれだけどだいぶ限界だな。
莉弧の手はすべすべで柔らかい。貧弱な俺の手でさえ大きく、太く感じるような繊細さ。力を籠めれば壊れてしまいそうな感触に、俺は戸惑う。人の手って、こんなに柔らかいんだっけ?
「ちょ、よるっちちゃんと握ってよ。引っ張れない」
「っ、ご、ごめん!」
慌てて力を入れる。強すぎないよう加減して。
それから莉弧は力いっぱい俺の体を引っ張ってくれた。何とか起き上がる。バランスが崩れそうになったが、何とかこらえる。これで前のめりになって莉弧を押し倒してでもいたなら死んでいる。
精神的な意味とかじゃなくてちゃんと死ぬ。倒れたら車道だし。
「ありがとな、助かった」
「いやいや、ウチこそありがと。普通に終わったと思ったもん。というかごめん、背中大丈夫?」
よほど余裕がないのだろうか。普段の、どこか間延びした口調ではなくなっていた。
「背中とか痛くない?」
「大丈夫だって、どこも痛くない」
「ほんとに? 無理してない?」
莉弧は俺の背後に回り込む。そして、背中をペタペタと触ってくる。確認したって穴は開いてないし、服をどかしても傷はないだろう。まあ無理に留めることもないかと放置すること数秒。
妙にむず痒くて、顔が歪むのを自覚する。ちょ、ちょっと待ってくれ。触るのもそうだけど、触られるのもこんなにもどかしいものなのか? なんか触られるたび背筋が伸びる思いだ。というかたぶん、伸びてる。
き、気づかれてないよな? 変に意識してる、なんて思われたらおしまいだ。緩む口元と熱くなる頬を隠そうと、必死に心を落ち着け……あ、あの! そろそろ触るのやめてもらえませんか⁉ 心がもたないので!
「だいじょーぶそー、だね。よかったー」
「まあ、これくらいなら全く問題は……あー、それより早く帰らないと昼も過ぎちゃうな」
「あー、そーね。どーする? 自転車乗る?」
「2人乗りってことか?」
「そーそー、誰にも見られないし、下までさ」
「あー……」
自転車の2人乗り。やったことはないけど、実際どうなんだろうか。多分警察に見つかったらお説教くらいはもらいそうだよなぁ。けど、実際車通りは少ない。下り坂だから歩くよりは間違いなく早い。歩道も、自転車1台通るだけなら十分な幅がある。適度にブレーキを踏みながらなら危険も少ないだろう。
「まあ、莉弧がいいなら?」
「っし! そーこなくっちゃ! ほら、早く乗ってよ!」
「ああ。……って、ん?」
自転車にまたがってみて、気づく。莉弧、どこに座るんだ? 後ろの荷物置くところ。だとしたら、どうなる?
「ちょっと腰貸してねー」
莉弧の手が腰に回されて、力強く抱き着いてくる。莉弧の胸元、頬、髪なんかが背中に触れる。
体の体温が、一気に上がった。
「よるっち、いつでもいーよ!」
「……お、おう」
俺は今、女の子に抱き着かれながら、地面を蹴った。
全身に感じる人肌のぬくもりとか、ほんのり鼻に抜けるシャンプーの香りとか。そういうのを意識し始めると昏倒しそうな気がして、俺は安全運転にだけ気を配ることに全力を注いだ。
「きゃーっ! はやー! めっちゃ早いよよるっち!」
……無理。耳元で楽し気に声をあげられて、速度が上がるほどに強く抱き着かれて。密着して押し付けられる胸の感触とか、腰に回された二の腕の柔らかさとか。意識するなと言われても不可能だ。
なんかもう、一生忘れられなさそう。




