きみの のぞんだ せかい
飼っていたキンギョが死んだ。
突然変異なのか、三つ目があるキンギョだった。
私は、キンギョ以外に喋れるモノがいなかった。
だからキンギョを入れてる金魚鉢を、どこへいくにも持っていって、沢山の話をした。
キンギョは、無関心そうに泳ぎながらも、一番上の目は、常に私のほうを見ていた。
暗転
「父さん、次はどこの家に住むの?」
オンボロの車に揺られながらワタシは父に問いかける。
「前の家は雨漏りが酷かったから、次は◯▲団地にするよ。もう少しで着くから、マモノに見つからないように降りる準備をしておいてくれ。」
「わかった。」
そこに母が口を挟む。
「貴方、再三言いましたけどね、団地って他の階にマモノが住んでるかもしれないでしょう?私は違う所がいいわ。」
「大丈夫さ、団地に住む理性があるマモノなら、ほうっておけば我々に危害は加えないだろ。」
「そうかもしれませんけど、マモノと同じ住居というのが嫌なのよ」
ワタシはその話を何処か他人事の様に聴いていた。
隣の席では弟が、何年に作られたのかもわからないゲームを真顔でプレイしている。
ふと、外の景色に目をやった。
沢山のマモノが、荒廃し、色々な建物から大きな木の幹が突き出している草原を、ゆらゆらと散歩している。
このマモノ達は理性を失っているから、ヒトを見ると襲いかかってきて食べるのだ。
だけどマモノはヒト以外は襲わない。
車に乗っているのにも気付かない。
そして、ワタシは何故か理性のないマモノに襲われない。
これは家族にも誰にも秘密だ。私はそもそも家族を家族と感じた事もないのだから当然だ。
「おーい、着いたぞ!」
父の声にはっとして、膝に乗せていた少ない荷物を、車から降りてエントランスに運び込む。
警戒した父は、車を直接エントランスに入れたらしい。
母も渋々といった程で車から出て来た。
弟は相変わらずゲームをしている。
「父さんと母さんはどの部屋が空いてるか見てくるから、おまえたちは少しここにいてくれ。絶対外に出るなよ。」
そう言い置いて、父と母は階段を登っていった。
弟はゲームに夢中で聴いていたのかわからないが、動く気配もないのでそのままにしておいていいだろう。
ワタシは、ここにいる気は起きなくて、外に出る事にした。
辺りを見渡すと、団地は高台にある様子で、階段が海辺に繋がっている。
ワタシは階段を降りていくことにした。
階段の周りには、沢山小さなマモノがいて、ぴちぴち跳ねている。
階段を降りた先には、中型のマモノがびちびちと蠢いている。
ワタシは海に足を浸ける。
後を追いかけて来た小さなマモノに、ここへは入れないよ。と微笑みかけた。
「だってキンギョは淡水の生き物だもん。」
暗転
私はずっと、金魚鉢を抱えていた。
悲しくて、哀しくて、カナシクテ。
「貴方と私だけの世界に生きたい。」
呟いて、私は生まれて初めての涙を流した。
金魚鉢に張られた淡水に、私の涙が落ちていく。
その軌道を追いかけて、視線を下げる。
三つの目が、私を見ていた。
暗転
父と母と弟の悲鳴が聴こえた気がした。
キンギョ以外の生物って、やっぱり頭が足りない。
ワタシを追いかけて来たら襲われるに決まってる。
「あ、でもほら、ワタシとキンギョだけになったね。」
三つの目を見て、ワタシは心からの笑顔を浮かべた。