第7話:蠢く古の遺産
地下水路での激闘から数十分後。
異臭を放つ巨大な怪物の残骸を無造作に地面に放り投げたアッシュを、シエルとロブ爺さんが水路の入り口で出迎えた。
「うわぁ……改めて見ると確かにナメクジみたいね……アッシュ、よく持ってこれたわね……」
シエルはその表面を見て気持ち悪そうに呟く。
「お前が言うからこれを持ってきたんだぞ。俺だってこんなもん持ってきたくなかったよ。」
アッシュの体は化け物の体液のせいかベタついているというより粘ついている。これを落とすのは大変そうだ。
「とりあえずこいつはどうするんだ?」
「そうね、事務所の私の部屋に運んでくれる? ちょっと色々気になるから。」
「マジかよ!? これを事務所まで運べって言うのか!?」
「お願いアッシュ。その分今日のご飯はお肉食べていいから。」
肉、という言葉にアッシュは反応する。
長い付き合いのためなのかシエルはアッシュの扱い方をよく分かっている。
「しょ、しょうがねえな。そんじゃ早速戻るぞ。爺さんも事務所まで来てくれよ。報酬の話をシエルとしてくれ。」
冷静な態度で話しているかのように見えるアッシュ。
だが本心はこの後の肉の事で頭がいっぱいだった。
事務所まで戻ったところでアッシュは奥へと入っていく。事務所は奥にアッシュとシエルの部屋がそれぞれある。
小さい頃からの腐れ縁だからこそ二人で暮らすことができるのだろう。
シエルの部屋は床に広げられた古文書の資料や、手作りの実験道具でごった返しており、まるで不思議な工房のようだった。
「シエル! どこに置いておけばいい!?」
「真ん中のテーブルの上に置いておいて!」
言われた通りにアッシュは部屋の中央にあるテーブルに化け物の切り身を置く。
「俺、しばらくこの部屋入りたくないわ……」
アッシュはそっと部屋の扉を閉じた。
アッシュが化け物のネバネバを取るために外で水浴びをしている間に、シエルはロブ爺さんから報酬を受け取り部屋へと戻った。
部屋の中央にあるテーブルには異臭を放つ怪物の残骸が置かれている。
しかしそれを目の前にしても、シエルは顔色一つ変えなかった。
「さて……この化け物と古代遺産とどういう関係があるのか調べてみましょうか。」
シエルはピンセットやメスを手に、残骸の調査を始めた。
夜になりアッシュから夕飯の誘いを受けても、それを断ってシエルは一心不乱に調査を続けた。
夜が深まり、住居の明かりだけが煌々と灯る中、シエルはついに一つの結論にたどり着いた。
「アッシュ! ちょっと来て!」
突然シエルの声に呼ばれ、アッシュはシエルの部屋へ向かう。
部屋は異臭がするわ粘ついた何かが飛んでいるわと入るのを憚れるような酷い状態だった。
そんな中でシエルは、怪物の金属質の皮膚を特殊な液体に浸し、古代技術を応用した手作りの解析機でその内部構造を映し出していた。
そこには、古代技術の模様が複雑な回路のように組み込まれている様子が鮮明に映し出されていた。
「なんだこりゃ? 俺にはさっぱり分からん。説明してくれ。」
「この模様は、ただの飾りじゃなかったのよ。生体組織の活動を制御するための、一種の回路なのよ。つまり……この怪物は、古代技術によって生み出された、人工的な生命体だったのよ!」
アッシュはシエルの言葉に、驚きを隠せない。
地下水路に潜んでいたのは、自然に生まれた怪物ではなかった。
「ってことはあの化け物は誰かが作ったって言うのか? 何のために?」
「分からないわ。そもそもなんであんなところに放置されてたのかも分からないし。」
「仕組みは解けたけど根本的な部分は分からずか……」
「そうね。」
二人の思考が止まった。
なぜこんな物が地下水路にいたのかは全く持って検討がつかなかった。
「それで……これからどうするんだ?」
「まずは憲兵に今回の件を話しましょう。私たちじゃ調べるのは無理だけど彼らならなんとかできるかも。」
「オッケー、そしたら今日は寝るか。」
「ねえ、アッシュ?」
部屋に戻ろうとしたアッシュをシエルが呼び止める。
「あん? どうした?」
「悪いけどそっちの部屋で寝させてくれる? この部屋じゃしばらく眠れそうにないわ。匂いがひどすぎるし、何より…」
「……マジかよ……」
アッシュは深くため息をついた。
次の日、まとめ上げた資料を持って二人は憲兵の詰所に向かった。
昨日の件について全てを話すと窓口にいた受付の人間が奥へと走っていき、しばらくすると戻ってきて奥の部屋へ行くように言われた。
「なあ、シエル。これってなんかマズいことになってないか?」
「さあ? ひょっとしたら私たち捕まっちゃったりして。」
アッシュの不安にシエルは笑って返す。
奥の部屋に行くといかにも偉そうな、おそらく隊長であろう人物が執務机に座っていた。
「いきなりすまないな。君たちの資料を見させてもらい、話を聞きたくて来てもらったんだ。」
隊長は二人にソファに腰掛けるよう促す。仕方なく二人も座る。
「さて、簡単ではあるが君たちのことを調べさせてもらった。アッシュ・ラムズ君、元王国騎士団副騎士団長だそうだね。そしてシエル・ヴィータさん、君は元科学技術院の研究主任だったとか。二人とも若いのにすごいキャリアだ。」
「ちょっと待ってくれ。俺たちの過去が、今回の件とどう関係するというんすか?」
自分の過去を調べられたことに苛立ちの表情を見せるアッシュ。
「すまない。別に悪気はない。ただ今回の件は我々も追っていた件だったのでね。いきなり民間人の君たちから報告があったので気になったんだ。」
その言葉にシエルが「嫌な予感がする……」と天を仰ぐ。
「隊長さん。私たちはただの一般人です。今回の件がヤバそうなことなら帰らせてもらいますね。」
「ははは、民間人の君たちに何かさせようとは思ってないよ。それよりもあれが何なのか気にならないかね?」
隊長の言葉にシエルの動きが止まる。
「……元科学者としては気になるけど、聞いたらもう逃げられないとかはナシにしてくださいね?」
「もちろんだ。実は君たちの遭遇したモンスターだが、科学技術院が製造した物だと我々は考えている。」
「なんですって?」
シエルの表情が固まる。
「彼らが何か特殊な研究をしていたのは君も知っているんじゃないかな?」
「まあ……噂ぐらいなら……」
確かにシエルが在籍していた頃からきな臭い話はあった。だかまさか化け物の研究をしていたとは夢にも思わなかった。
「今回の件は本部の方に報告をさせてもらう。近いうちに本部は技術院に対し何らかのアクションを起こすだろう。」
「そうですか。まああんな場所なくなってしまえばいいんですよ。」
そんなことを言うシエルに、昔何かあったのかと勘ぐってしまうアッシュ。
とりあえずここはもう退散した方がいいとアッシュは考えた。
「隊長さん、お話はありがとうございました。ひとまず一市民として報告はしましたので後はお願いします。」
「ああ、ありがとう。君たちのくれた情報は非常にありがたかったよ。」
そう言って隊長は手を差し出す。アッシュは躊躇いながらもその手を握り返した。
「今後もし何かあった時に仕事を依頼するかもしれないがいいかな?」
「お断りです。俺たちは町の人のためのなんでも屋だ。国のことはそちらでお願いします。」
提案をキッパリと断るアッシュを見て隊長は大声で笑った。
「気に入った! 今後もし何か困ったことがあったら直接私を訪ねてくるといい!」
「は?」
「今この国で何かが起ころうとしている。それはこの町の人にも影響があるかもしれない。君たちへの依頼で手に余った時は我々をいつでも頼ってくれ。」
「はあ、わかりました……」
二人は挨拶をすると詰所を出た。
「アッシュ、これから先何が起ころうと、私たちは何でも屋よ。この町の、そしてこの町の人々のためのね。」
「当たり前だ。俺たちはこの町だけを守る。あんな憲兵の言いなりになってたまるか。」
二人は改めて自分たちの存在意義を再確認した。
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