第6話:地下水路に潜むもの
「やれやれ、今回は随分と厄介な依頼だな。」
アッシュは、地下水路の入り口を見下ろしながら、大きく息を吐いた。
ここ数日、町の地下水路から異臭がすると苦情が相次ぎ、調査依頼が舞い込んできたのだ。
町の人々によると、地下水路から夜な夜な不気味な唸り声が聞こえるという話もあり、ただの故障ではないらしい。
「仕方ないわ。町の地下水路は生活に欠かせないインフラよ。異臭がするということは何かが起こっているのよ。これを放置しておけば、もっと大きな問題になるわ。」
シエルは、アッシュの首元に古代技術を応用した小型の通信機を取り付けながら言った。
「私が地上で地下水路の図面を見ながら指示を出すわ。何かあったら私の声だけを信じて突き進みなさい。」
「お前こそ俺の声が聞こえなくなったらすぐに詰所に行って兵士を呼んでくれよ。助けが来ないのだけは勘弁な。」
アッシュの言葉に、シエルは淡々と応える。
「心配なんてしていないわよ。あんたの戦闘能力なら、よほどのことがない限り、私一人で対処できる範疇よ。」
アッシュはニヤリと笑うと、暗く湿った地下水路の中へと足を踏み入れた。
アッシュが地下に降りていくと、依頼主であるロブ爺さんがシエルの隣で心配そうに地下水路の入り口を見つめていた。
この老人、町に何十年も住み長老と呼ばれている人で、アッシュたちのことも小さい頃から知っている。
だからこそ今回の件をアッシュたちに相談してきた。
ただ、やはり何かがあったらと考えると不安で仕方なかった。
「シエル、アッシュ一人だけで本当に大丈夫なのか? お前らのことは昔から知っているが、あいつは無茶をする癖があるから心配でならん。」
ロブ爺さんの心配そうな声に、シエルは冷静に答える。
「もちろん、心配なんていらないわよ。彼のことは私が一番わかっているし、アッシュがそんな簡単にくたばることはないわよ。」
シエルの言葉に、ロブ爺さんはわずかに安堵の表情を見せる。その時、通信機からアッシュの声が聞こえてきた。
「シエル、聞こえるか? なんか奥から変な声が聞こえるんだけど、これが噂の唸り声ってやつか?」
シエルは、アッシュの声に一瞬で表情を引き締め、通信機に話しかけた。
「ええ、聞こえているわ。恐らくそれが今回の件の原因の可能性があるわ。音の方に進むことできる?」
「問題ない。進んでみる。また何か分かったら連絡する。」
通信を切るシエルにロブ爺さんが心配そうに話しかける。
「のぉ、今のアッシュの話からいくと本当に地下水路に何か住んでるのか?」
「分からないけど、その可能性はあるわね。でもこんな地下水路に住むのなんてネズミか何かぐらいな気もするんだけどね。」
シエルは地下水路の地図を見ながら、何も問題がないことを祈った。
アッシュは慣れた足取りで地下を進んでいく。
王都にいた時は地下水路に反乱組織が潜んでいるということで潜ったりもした。それに比べればこの町の地下水路など狭くて分かりやすい。
水滴が落ちる音さえも不気味に響く中、曲がり角を過ぎた。
すると、錆びた鉄格子を塞ぐように、その怪物はいた。
水道管を食い破り、異臭の原因となっているドロドロとしたヘドロを吐き出している。
その姿は、巨大なナメクジのようでありながら、鋭い牙と爪を持ち、見る者を戦慄させる。
「おいおい、冗談だろ……。こんな化け物が地下にいたなんてよ。」
アッシュは驚きを隠せない。
「アッシュ、何を見つけたの?」
「なんて言ったらいいのか……一言で言えば巨大なナメクジの化け物だ。」
「はぁ?」
想定を遥かに越えてきたアッシュの表現にシエルは頭を捻る。
「ちょっと。意味が分からないんだけど。」
「俺だってよく分からねえよ。こんな化け物今まで見たことないぞ。とりあえずこいつが全ての原因みたいだ。」
「分かったわ。気をつけてね。」
化け物という言葉にロブ爺さんは居ても立っても居られなくなる。
「シエル、モンスターか何かがいるんだったらここからは憲兵の仕事だ。もうお前らは関わらんでいい。」
「何言ってるのよロブ爺さん。これは私たちの仕事よ。憲兵なんかに譲る気はないわ。」
「しかし……アッシュに何かあったらわしは死んだあいつの両親に顔向けができんぞ。」
心配そうに話すロブ爺さんにシエルは優しく答える。
「ロブ爺さん。実はアッシュは剣の天才なのよ。だから心配いらないわ。」
「なんじゃと?」
「お爺さんは知らないかもしれないけど、アッシュは王都で最年少で騎士団の副団長に抜擢されたほどの存在なのよ。」
シエルの話を聞いてロブ爺さんは驚きを隠せない。
「お前ら……王都に行った後何をしてたんじゃ?」
「特に何も。私は学校に行ってたし、彼は騎士になって国の為に戦ってただけよ。」
「いやはや……小さい頃しか知らんわしには驚きしかないわ。」
「子供は成長するのよ。だからアッシュを信じて。」
ロブ爺さんは「分かった」とだけ言って水路の入り口をじっと見つめた。
「さて……あの化け物をどうやって倒すかな……?」
アッシュは剣を抜くと壁を叩いて音を立ててみる。
怪物はアッシュの存在に気づくと、威嚇するように唸り声を上げた。
そして、その巨大な体をアッシュへと向けて突進してくる。
「っ……!」
アッシュは素早く剣を構えて怪物の突進を受け止める。
剣と怪物の爪がぶつかり、金属音と鈍い衝撃が地下水路に響き渡る。
怪物の力は想像以上だった。アッシュは踏ん張り、何とか突進を押し返す。
「シエル! こいつ、とんでもない力だぜ!」
アッシュが通信機に叫ぶと、シエルの声が冷静に返ってきた。
「落ち着きなさい、アッシュ。何か変わった特徴はない? 目立つ色や、奇妙な模様、普段の魔物とは違う点があれば教えて!」
アッシュは怪物を押し返すと、じっくりと怪物の姿を観察する。
すると、怪物の皮膚の一部が、古代技術特有の模様が描かれた金属のようになっていることに気づいた。
「シエル! こいつの体の一部に、古代技術っぽい模様があるぞ!」
「古代技術の模様ですって!? そんなモンスター聞いたことないわよ!」
アッシュからの情報を聞いたシエルは、すぐに考えをまとめる。
「アッシュ、ひょっとしたらそこを突いたら何か起きるかもしれないわ! そこを攻撃してみて!」
「マジか!? ここを叩いたら爆発するとかないよな!」
「爆発したら諦めて! あなたの遺品整理はしてあげるから!」
「ふざけるなよ!」
シエルのとんでもない提案にどうするかアッシュは一瞬迷ったが、シエルを信じてみることにした。
素早い動きで化け物の懐に潜り込むと、模様めがけて剣を突き立てた。
模様の部分にヒビが入る。
それを見てアッシュはもう一度剣を突き立てる。
それにより模様の部分が豪快に砕けた。
その瞬間、化け物は苦しがるように暴れ出す。
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てて距離を取るアッシュ。化け物はしばらく暴れるとやがて動かなくなった。
「死んだ……のか?」
近寄って化け物の体を突いてみるがピクリとも動かなくなっていた。
「シエル、終わったぞ。化け物は死んだ。」
「お疲れ様、アッシュ。ちょっと気になるからその化け物の体を切って持って帰ってもらってもいい?」
「マジかよ……こんなの触りたくないんだけどな……」
アッシュはブツクサ言いながら無線を切った。
「ロブ爺さん、無事に化け物の退治は終わったみたいだわ。依頼は完了ね。」
「おお、そうか。これで近隣に住んでる奴らも落ち着いて生活できるな。」
ロブ爺さんが無邪気に喜んでいる一方で、シエルはただならぬ予感を感じていた。
地下水路に突如現れた古代技術の怪物が、新たな物語の始まりを告げているようだった。
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