第4話:発明家ジンの挑戦
テスト飛行は、町はずれの広場で行われることになった。
どうやらジンは近所ではちょっとした有名人らしい。
広場に自転車を運び込むやいなや、「またあの発明家が何か作ったらしいぞ」と噂が広がり、次々と人が集まってきた。
「こんなに注目されるのかよ……」
工房で渡されたヘルメットを被りながら、アッシュは落ち着かない様子で辺りを見回す。
大勢の前であの妙な機械に乗ると思うだけで顔が熱くなる。
「周りの目なんて気にする必要ないわ
あんたはとにかく漕ぎなさい」
シエルはアッシュの背中をバンッと力強く叩き、鼓舞するのか追い込むのかよく分からない笑みを浮かべる。
腹をくくったアッシュは自転車のハンドルに手をかけ、よいしょと跨ろうとした。
「ちょっと待て!」
その瞬間、広場に大きな声が響いた。
アッシュとシエルが振り向くと、一人の男が息を切らしながらこちらへ駆けてくる。
背丈はアッシュと同じくらいで、金縁の眼鏡がどこか育ちの良さを感じさせた。
男は広場に到着すると呼吸を整え、真っ直ぐジンの前に立つ。
「親父、また危険な発明なんて始めたのか!
テスト中に事故でも起きたら、町の人に迷惑がかかるだろう!」
どうやらこの男――ゲイル――はジンの息子らしい。
彼は指差した“空飛ぶ自転車”に怒りを込めながら声を荒げた。
しかしジンは、うんざりしたように首を横に振る。
「また邪魔をしに来たか、ゲイル
何を言われようと、わしはやめんぞ」
「親父はいつもそうやって、人に迷惑をかけてるんだ!」
ジンとゲイルの間に、いつもの親子喧嘩らしき口論が始まる。
アッシュは口を挟むこともできず、ただ成り行きを見守るほかない。
一方シエルは、ゲイルの名前と顔に何か思い当たるところがあるのか、2人に近づいて声をかけた。
「ゲイルって……
ひょっとして、町のインフラを研究してるゲイル・リバート?」
「は、はい
たしかに私はゲイル・リバートですが……」
突然の声がけに戸惑いながらも答えたゲイル。
その返事を聞いたシエルの表情には、驚きと喜びが入り混じった笑みが浮かんだ。
「わお、本物に会えると思わなかった!
あなたの研究、私すっごく興味あるの!」
シエルは勢いよくゲイルの手をつかみ、そのまま力強く握手をした。
突然の出来事に、ゲイルは「あ、ど、どうも……」と困惑気味に返すしかない。
「まさかジンさんの息子が、あのゲイル・リバートだったなんて……!」
シエルが目を輝かせる一方で、ジンは「フン」とそっぽを向く。
そして、シエルが自分の知り合いだと知ったゲイルは、真剣な面持ちで彼女に訴えかけた。
「あなたからも言ってもらえませんか
父の発明は、いつ何が起こるか分からないんです
もし事故が起きたら、町の人に迷惑がかかります」
その言葉にジンはカッと怒り、ゲイルへ一歩詰め寄った。
「馬鹿なことを言うな、ゲイル!
これはわしの“夢”なんだ!」
「父さんの夢のせいで、怪我人が出たらどうするんです!」
互いに譲らず激しく言い合う。
アッシュは離れたところからそれを眺め、ただただため息をつく。
「……どうするんだよ、あれ」
するとシエルがひょいと戻ってきて、アッシュの耳元でひそひそと囁いた。
「今のうちよ、アッシュ
あんたが飛んじゃえば、もう止められないんだから」
覚悟を決めるしかない。
アッシュは深く息を吸うと、自転車に跨がった。
「全力で漕ぎなさい
あの設計図通りなら、ちゃんと浮くはずだから」
シエルの言葉にうなずき、アッシュはペダルに力を込める。
ミシミシと軋む鉄の音、ギコギコと錆びたペダルのきしみが広場に響く。
速度が上がるにつれ、後部のエンジンが白煙をふき上げ始めた。
アッシュはさらに足へ力を込める。
そして——自転車がふわりと浮いた。
どういう原理か分からない。だが確かに、地面が遠のいていく。
気付けば建物の二階ほどの高さだ。
「うおおおおっ!!
本当に飛んでるぞ!!」
周囲の景色が風の流れと共に流れていく。
広場からは、人々の驚嘆と歓声が一斉に上がった。
しかし——歓喜はほんの一瞬だった。
自転車が突如ガタガタと激しく揺れ始めたのだ。
アッシュは力任せに押さえ込もうとするが、揺れは収まるどころかさらに増していく。
エンジンからは白煙ではなく、どす黒い煙がボフッと噴き上がった。
「お、おい!
どうなってるんだよ!」
空中で叫ぶアッシュに、シエルは冷静に声を張った。
「アッシュ!
漕ぐのをやめて、ハンドルで制御して!」
そんな簡単に言われても——。
アッシュは必死にハンドルを握りしめ、全身の力で揺れを抑え込もうとした。
漕ぐのをやめたことで推進力を失った自転車は、ゆっくりと高度を下げ始める。
やがてガタンッ!と大きな衝撃音を立てて地面に降り立った。
その衝撃でアッシュの手がハンドルから離れ、バランスを崩した自転車が横倒しになる。
アッシュはたまらず宙へ投げ出された。
「アッシュ!」
シエルは悲鳴を上げ、砂煙が舞う中アッシュのいる方へ駆け寄る。
地面に叩きつけられたものの、アッシュに大きな怪我はなかったようですぐに身を起こした。
腕についた砂を払いながら、アッシュは苦笑する。
「まったく……死ぬかと思ったぞ」
その言葉にシエルは胸を撫で下ろし、ほっと息をついた。
一方で、自転車はというと——
エンジンは外れ、スポークは折れ、見るも無惨な姿で地面に転がっていた。
ジンは歩み寄ると、外れたエンジンを拾い上げ、あらゆる角度から黙々と観察し始める。
「設計は完璧なはずだ……
一体どこが問題だったんじゃ……?」
アッシュたちはその様子に近づき、壊れ果てた発明品を眺めた。
本当にただの鉄くずに見えるが、どこか哀愁が漂っている。
すると、ゲイルが怒気を含んだ表情でジンへ詰め寄った。
「やっぱり失敗したじゃないか!
もう父さんは無駄な発明なんてやめてくれ!」
ジンもまた剣呑な目で息子をにらみ返す。
「わしの発明は無駄ではない!
持ち帰って原因を調べる! まだ終わっとらん!」
そう言い捨てると壊れた自転車を無理やり起こし、ギシギシと押しながら立ち去ってしまった。
アッシュ達はただ、その背中を見送るしかなかった。
そこへゲイルが近づき、深く頭を下げた。
「関係ない君たちまで巻き込んでしまってすまない
父さんの発明には、もう関わらなくていいから」
シエルはゲイルの頭をそっと上げさせると、優しく言う。
「ジンさんは、あれを完成させるまで絶対にやめませんよ
あなたなら……その気持ち、分かるんじゃないんですか?」
「それは……」
ゲイルは唇を噛み、視線を落とし、拳をぎゅっと握りしめた。
「俺たちは“何でも屋”だ
受けた仕事は、必ず最後までやり遂げる」
アッシュがゲイルの肩を叩き、力強く言い切った。
ゲイルは驚いたように顔を上げたが、すぐに視線を逸らし、「……もういい!」と言い放ってその場を去ってしまう。
残されたアッシュとシエルは、互いに顔を見合わせ、しっかりとうなずいた。
「シエル、やるぞ
俺は……あのおやっさんの発明を完成させてやりたい」
「ええ。私も同じ気持ちよ
ゲイルさんに、お父さんはすごい発明家なんだって証明してあげましょう」
親と子がすれ違った心を、一つに戻すのは簡単じゃない。
それでも——この発明を成功させれば、きっと何かが変わる。
アッシュとシエルは、そう固く誓った。
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