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黄昏の国の何でも屋 ー古代遺産に刻まれた夢ー  作者: かみやまあおい
第二章

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第30話:町の危機と新しい旅

以前にもあった領主からの呼び出し。

前回の水の都での依頼では、知人との再会こそあったものの、命からがら帰還する羽目になった。

アッシュ、シエル、クロエの三人は、飛び込んできた兵士の言葉に思わず顔を見合わせ、身構えた。

唯一空気が読めていないのはその時に存在していなかったセシリオのみ。


「なんだ、お前達。領主からの依頼など名誉ある事だろ。何をそんなに躊躇っている?」


そのセシリオの言葉に溜息を漏らす3人。


「お前は前回呼び出された時の事を知らないから呑気にそんな事言えるんだよなぁ…」


アッシュはセシリオの肩をポンと叩くと恨みつらみの籠った声で返す。

前回の依頼、水の都での戦いは壮絶なものだった。

一歩間違えば自分達は死ぬところだった。

あの時の事を思い出すとはい、分かりましたと迂闊に領主の元に行くのは憚られる。


「どうします、アッシュ様? 領主様の依頼となれば行かないと後で何を言われるか分からないと思うんですけど…」


同じように頭の中に以前の事が思い浮かんでいるクロエが心配そうにアッシュを見る。

確かにここで断りを入れれば今後の活動に支障をきたすだろう。

とはいえ素直に領主の元に行ってもいいものなのか。

アッシュはちらりとシエルを見た。

聡明な彼女なら何かいい回答を思いついてくれると思ったのだ。

アッシュの視線を追うようにクロエもシエルに目線を向ける。

注目が集まったシエルは困ったように頭を掻きながら飛び込んできた兵士に目をやった。


「...領主様が大変、とは一体何があったんですか? 話を聞くだけなら構いませんが、命の危険があるようならお断りさせていただきます。」


シエルの質問に兵士はなんと答えたらいいか悩みだす。

何が起きてるかは把握しているようだが、どう説明すればいいか悩んでいるようだ。

兵士は頭を掻き、事の成り行きをどう説明しようかと下を向いて考え込む。

その仕草にじれったくなったアッシュが兵士に近寄ると、その両肩を強く握り揺すりだした。


「なんなんだよ、その態度! そんなに簡単に説明できない話を持ち込もうって言うのか!」

「落ち着きなさい、アッシュ!」


慌ててシエルがアッシュを後ろから掴み、兵士から引きはがす。

アッシュが怒るのも気持ちは分かる。話をしづらいという事はそれだけ難しい問題を持ってきたという事なのだろう。

だが今ここでこの兵士を怒鳴りつけても仕方がない。


「セシリオ、ちょっとこの筋肉バカを押さえておいて。」


セシリオは「俺?」と突然名指しされた事に驚くが、シエルの怒りの表情を見るとおとなしくアッシュを後ろから羽交い絞めにする。

無事にアッシュを押さえる事ができたのを確認して、シエルはもう一度兵士に声をかける。


「それで、一体何の理由で私達に話を持ってきたんですか? 正直に答えてください。」


シエルの声は凄みを持ち、そして有無を言わせないような声色だった。

その声を聴いて兵士は渋々と口を開ける。


「…詳細は私は知らないので領主様に直接聞いてほしいのだが、この町に危機が訪れようとしているそうだ。下手をすれば町一つがなくなるレベルの話らしい…」

「なんですって?」


相当やっかいな事なのだろうとは想像してはいたが、町一つがなくなるレベルと言われ、さすがのシエルも息を飲んだ。

そこまでのレベルとなると国家間の紛争、もしくは国のトップに対して何か問題を起こしたというぐらいの話だろう。

そんなレベルの話に町の小さな何でも屋に仕事を依頼しようなどとはとても信じられない。


「兵士さん。本当に領主様は私達を呼んでくるように言ったの?」

「ああ、そうだ。前回の水の都の件を見事解決したお前達にしか頼めない話だと領主様は言っている。」


兵士の言葉にシエルは疑問を抱いた。

なぜそのレベルの話を自分達にしか頼めないのか。

戦争ならば領主の元にいる兵隊を使えばいい。

この町にも少ないながら冒険者はいる。手が足りないのならその者達に依頼を出せばいい。

しかしそのような事をするでもなく自分達に依頼するとは…


シエルの頭の中で何か一つ答えが思い浮かんだ。

だがまだ確証には至っておらず、他のメンバーに話すには難しい。


「…分かったわ。その話を聞きに行きます。すぐに後から行くのであなたは先に戻って領主様に伝えてください。」


その言葉にアッシュもクロエも「なんだって!?」と叫ぶ。

兵士は「感謝する」と頭を下げると急いで建物を飛び出していった。

兵士が出て行った後、事務所内の空気は言い表しがたいものになっていた。


「おい、シエル! どういう事だ!」


羽交い絞めにされたままのアッシュがシエルを見て怒鳴る。


「うっさい、筋肉バカ。まずは少し頭を冷やしなさい。」


そんなアッシュにピシャリと言い放つと、シエルはクロエに支度をするよう言う。

クロエは「分かりました」と何が何だか分からない憮然とした表情で返事をして自室へと向かった。


「セシリオ、悪いんだけどあんたそのままアッシュを連れてきてくれる?」

「は? 俺は何でも屋じゃないんだぞ?」

「ついでよ。あんただってここで領主に顔を売っておけばいい仕事を貰えるかもしれないでしょ。」


セシリオはシエルの言葉に深く頷いた。

自分はアッシュに負けて以来、仕事の伝手を失っていた。

ここで領主に恩を売っておけば、王都に連なる貴族の護衛など、以前のような大きな仕事が舞い込んでくるかもしれない。まさに、失った信頼を取り戻すための絶好の機会だ。


「さあ、行くわよ。くだらない依頼だったらさっさと断って帰ってくるからね。」


シエルはいつもの飄々とした、それでいてどこか安心感のある笑顔に戻ると皆に出発を促した。



領主の屋敷。

以前にも来たが、相変わらずここは観光客が外から眺めるほど大きく豪勢な佇まいとなっている。

4人は門の前まで来ると護衛の兵士に名乗った。

兵士は話は既に聞いていたのか何も問題なく重厚な門を開ける。

門から屋敷まで繋がる道は相変わらず色とりどりの花が咲き誇り、歩く者が自分は今貴族になったのだと錯覚させるような趣となっていた。

その道を通り、屋敷にたどり着くまでの間、敷地内の見張りをしている兵士達がシエル達を見て何か小声で話をしている。

おそらく前回の件で自分達の顔と名は売れているのだろうが、それがいい意味なのか悪い意味なのかは分からない。

どちらにせよ自分達の顔が知れ渡っているのは好都合だ。

こういう所から違う仕事に繋がる可能性も十分にあるからだ。

シエルを先頭に4人は気にする事なく屋敷まで歩いていった。


屋敷に到着すると扉の前に1人の老紳士が立っていた。

白髪に白髭、上から下までビシッとしたスーツを身にまとい、背筋を伸ばし立っている姿はまさしく執事であろうと思わされる。


「いらっしゃいませ。何でも屋御一行様ですね。主は中で待っておいでです。」


その直立不動の体を綺麗に折り曲げてお辞儀をすると老紳士は扉をゆっくりと押し開いた。

中は以前にも見ているとはいえ、その煌びやかさには目を見張るものがある。

初めてこの景色を見たセシリオは口を開けたまま唖然としていた。

セシリオとて貴族の護衛で屋敷に入った事はあるだろうが、さすがに領主レベルの屋敷には入った事がなかったようだった。


廊下を歩き階段を登ると、老紳士は廊下の一番奥の部屋まで4人を案内する。

前回に依頼を受けた時と同じ領主の仕事部屋。

そこに再びシエル達は案内されようとしていた。

老紳士が扉をノックし、「何でも屋御一行様をお連れしました」と言うと、中から慌てたような待ち急いでいたような声で中に入れるようにと返事がする。

老紳士がゆっくりとその扉を開け、4人を中へ入るように促した。

それに従い部屋の中に入る一行。


「おお! よくぞまた来てくれた! お前達には感謝してもしきれないぞ!」


中で待ち受けていたのは依然と変わらぬ小太りの男——領主だった。

相変わらず恰好は領主らしい小奇麗な恰好をしているが、その脂ぎった顔には汗が浮かび、小奇麗な恰好とは裏腹にその焦燥が隠しきれていなかった。

少なくともシエルやクロエはお近づきになりたくないレベルの男だ。


「領主様。早速ですが今回私達を呼び出した理由をお聞かせいただけますでしょうか。」


シエルが代表して領主に質問を投げかける。

領主はその額に浮かぶ汗を布で拭いながら「うむ、実はな…」と勿体ぶるような言い方で口を開く。

その領主の態度に、セシリオに抑えられていたアッシュが怒りだす。


「なんだよその態度は! こっちは仕事を受けるなんて一言も言ってないんだぞ! 一体どんな仕事なのかさっさと言いやがれ!」

「黙れ、筋肉バカ。」


シエルがそのアッシュのおでこを平手でパチーンといい音を立てて叩く。

おでこを赤くさせながらアッシュはグギギと歯を食いしばる。


「彼はどうしたというのかね…?」

「彼は前回の件についてかなり怒っていましてね。当然私も怒っていないわけではないので早めに内容を話していただけるとありがたいのですが。」


そう口にするシエルも顔では笑顔を作っていながら今にも怒りを爆発させんとばかりの雰囲気を醸し出していた。

それに慌てた領主は服の乱れを直すと、改めてシエルに向かう。


「そ、そうだな。実は今回の依頼なのだが私の娘の護衛をお願いしたいのだ。」

「娘さんですか…?」


その依頼は何でも屋メンバーの表情を崩すのに十分だった。

ただ一人シエルを除いて。


「実はな。王都に住むアウシュバーン家という貴族がいるのだが、先日そこの当主と話をする機会があってな。向こうに妙齢のご子息がいるそうで是非うちの娘と一度顔を合わせてほしいとお願いをされたのだ。」

「なるほど、つまりお見合いですね?」

「そうだ。だが、この見合いを潰そうと考えている貴族もいるという事がとある情報筋から入ったのだ。アウシュバーン家は王都でも次期最相候補とも言われている家だ。そこになんとか取り入って自分達も見返りを貰おうという下種な考えをもった連中もいるらしい。」


シエルは自分の読みが当たった事に内心喜んでいた。

戦争ならば自分達に依頼を持ちかける事もない。

兵士も冒険者も使わず自分達に依頼しようとするなら何かの輸送、もしくは護送だと考えていた。


「よく分かりました。兵士や冒険者を使うと目立ちすぎてしまうから私達に依頼をしてきたという訳ですね。」

「その通りだ。前回も思ったが君は頭の回転が早いようだね。」


シエルの先を読む頭脳に領主はにんまりと笑みを浮かべる。

正直言って気持ち悪い。

領主でなければアッシュをけしかけて二度と近寄りたくならないようにするレベルだ。

そのアッシュが再び声を上げた。


「おい、それじゃあ下手したら町一つが滅ぶってどういう事だよ! あんたの娘がもし襲われたとしても町は滅びないだろ!」


その質問に領主は下種な表情から真剣なそれへと変える。


「アウシュバーン家の当主はえらく真面目な人間でな。万が一娘が襲われてお見合いが破談になったとなれば私の首は飛ぶだろう。そうすればこの町は他の町と合併されルミナの町はなくなってしまう。」

「そんなアホな事する訳ないだろ! あんたが首を切られれば別の領主が来るだけだろうが!」

「アホは君だよ。こんな田舎町の領主になりたがるような奇特な人物は私ぐらいしかおらん。王都だってそれほど人がいるわけではないのだよ。」


その領主の瞳には真剣に町を守りたいという想いが秘められていた。

一方でなるほど確かに、とシエルは頷く。

特に観光名所もないこのルミナの町で領主をしても入ってくる金など微々たるものだろう。

それに比べれば王都で貴族をやっている方がよっぽど儲かるはずだ。

そう考えるとこの領主は結構いい人間なのかもしれない。


「とにかく、このお見合いは絶対に実施させなければならないのだ。成功するか失敗するかなどは二の次だ。王都まで娘を送り届けてほしい。この通りだ。」


領主が民に頭を下げる、これほど珍しい光景はない。

ここまでしてもこの領主はお見合いを実施させたいらしい。

町を守るためなのか、それとも自身を守るためなのかは置いといて。


シエルは少し考えた後、ニッコリ笑って答えた。


「…分かりました。その依頼引き受けます。」


その言葉に頭を上げた領主の顔に笑みがこぼれる。

後ろではアッシュが「勝手に決めるな!」と怒鳴っているがこの際無視をする。


「ただし、料金はかなりのものをいただきますのでご承知おきくださいね。」

「分かっておる。無事見合いができれば安い物だ。」


領主は手を差し出す。

その脂ぎった手を嫌々ながらシエルは握る。

こうして何でも屋の新たな依頼が成立したのだった。

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