第25話:反撃の狼煙
闇に包まれた牢獄は、湿った空気と絶望の匂いに満ちていた。
アッシュ、クロエ、そしてルーシェは、冷たい鉄格子の中で静かに座り込んでいた。
「シエルさんは...大丈夫なのでしょうか...?」
アッシュは、隣の独房から聞こえるクロエの不安げな声に、何も答えることができなかった。
シエルがアーサーに連れ去られたあの瞬間、アッシュの胸には、拭い去ることのできない後悔が残っていた。
「心配いらないわ。シエルはきっと、何か考えがあってアーサーについていったんだから。」
ルーシェが、静かな声でアッシュに語りかけた。
その言葉に、アッシュは顔を上げた。
「そういえばなぜ、アーサーはこんなことを...? 領主になったばかりの頃は、街の人々を大切にしていたと聞くが。」
アッシュの問いに、ルーシェは自嘲気味に笑った。
「彼は...元々、水の精霊の力を研究していたわ。この街で水の精霊を信仰するようになったのも、彼の提案だったの。彼は、この街を精霊の力で豊かにし、人々の生活を向上させることを理想としていた。」
彼女は、遠い過去を思い出すように言葉を続ける。
「だけど、ある時、悲劇が起きた。精霊の力が暴走し、街の一部が洪水で壊滅的な被害を受けた。その時、アーサーの家族が...巻き込まれてしまったの。」
ルーシェの声が震える。
「彼は、精霊の力を制御できなかった自分を責めた。そして、精霊と共存するのではなく、完全に支配するという、歪んだ考えに取り憑かれるようになった。それからよ...彼は、手段を選ばなくなった。」
アッシュは、言葉を失った。
アーサーの歪んだ理想の根源が、悲しい過去にあったことを知り、彼の心は痛んだ。
しかし、同情するわけにはいかない。
「それでも、彼のやっていることは間違ってる。多くの人々の命を犠牲にしていい理由にはならない。」
アッシュの言葉に、ルーシェは強く頷いた。
「ええ、その通りよ。だから私は、彼を止めようとした。だけど...一人じゃ何もできなかった。」
ルーシェは、悔しそうに拳を握りしめた。
その時、クロエが独房の鉄格子を掴み、叫んだ。
「大丈夫です! ルーシェさん、一人じゃありません! アッシュ様と私がいます! 私達の力で、必ずアーサーを止めましょう!」
クロエの真っ直ぐな言葉に、ルーシェは目を見開いた。
その瞳には、再び希望の光が宿る。
「そうだな。俺達の力でなんとかアーサーを止めよう。」
アッシュの言葉には力がこもっていた。
翌朝、夜が明け、彼らは牢獄から引きずり出された。
そして、連れて行かれた場所は街の中心にある広場。
泉のあるその場所は即席で作られた処刑場と化していた。
広場には、大勢の兵士達だけでなく街の人間が集まり、不気味な空気が漂っている。
「おいおい、随分と人が集まってるな。」
「あの兵士達はきっとみんなアーサーの実験台にされてる連中よ。命令に忠実なのね。」
「...なんでお二人ともそんなに冷静なんですか。私達これから殺されると言うのに...」
三人は広場の真ん中に膝まづかされる。
目の前にはこの日のために用意されたのか豪華な椅子があり、そこにアーサーが座っていた。横にはシエルが立つ。
「アーサー。まさかあなたがこのような事をされるとは思ってもいませんでした。」
「ルーシェ、私は君に何度もチャンスを与えたつもりだ。だが、君はそれをことごとく跳ね除けてきたのだ。これはその報いなのだよ。」
そう言うとアーサーは右手を大きく上げる。
それを合図に三人の兵士が剣を持ってそれぞれアッシュ達の横に立つ。
「くそ、このままここで終わっちまうのか...」
「アッシュ様、私は最後にアッシュ様のそばで死ねて本当です。」
「バカ、変な事言うな!」
処刑直前まで会話を続けるアッシュ達を見つめるアーサー。
その顔には不適な笑みが浮かんでいる。
「これが、反逆者の末路だ!」
テリオの声が、広場に響き渡る。
三人の兵士が剣を振りかぶった。
終わったか、アッシュが覚悟を決めて目を瞑った時だった。
人々の群衆の中から矢が何本も飛んできた。
「武器を取れ! 今こそ暴君アーサーを倒す時だ!」
どこからともなく、男たちの声が聞こえた。
それは、アーサーの圧政に苦しむレジスタンスだった。
彼らは、アッシュたちを救うため蜂起したのだ。
飛び出してきた民衆達と兵士達の戦いが始まる。
その隙に一人の民がアッシュ達に近づくと後ろ手に結ばれていた縄を解く。
アッシュは、処刑台の近くに転がっていた剣を拾い上げ、兵士たちに切りかかった。
クロエは、杖に魔力を込め、兵士たちを足止めする。
ルーシェもまた、剣を手に取り、見事な剣さばきで敵をなぎ倒していく。
「ルーシェ! 行くぞ!」
アッシュの言葉に、ルーシェは頷き、二人は息の合った動きで兵士たちを突破していく。クロエも後を追う。
「アーサー! 覚悟しろ!」
アッシュとルーシェはアーサーに向かっていく。
その二人の前にテリオが立ちはだかる。
「テリオ! そこを退きなさい!」
ルーシェの言葉にテリオは嘲笑を浮かべる。
「お前たちがアーサー様と戦えると思っているのか? この私がそんな事させんぞ!」
テリオは自ら剣を抜き、ルーシェに襲いかかった。
だが、ルーシェはテリオの攻撃をかわし、カウンターでテリオの剣を弾き飛ばす。
「なんだと!?」
「テリオ! あなただってアーサーがおかしくなっているのは分かっているのでしょう! もう抵抗はやめなさい!」
「うるさい! 俺はこの街を、この国を変えるのだ!」
テリオは再びルーシェに斬りかかるが、その動きには、以前のような狂気的な力はなかった。
彼の心は、ルーシェの言葉に揺らいでいるようだった。
「アッシュ様! 今のうちにアーサーを!」
クロエの声が、二人の背後から響く。
アッシュはテリオをルーシェに任せ、アーサーに向かって走り出した。
「覚悟しろ、アーサー!」
アッシュの叫びに、アーサーはゆっくりと顔を上げる。彼の目は、冷たい光を宿していた。
「アッシュ...王都にいた頃に貴様の事は噂で聞いていた。最年少で副騎士団長になったというお前の剣の腕の事をな。そんな者がまさかこうやって私に歯向かう事になるとはこの世界はまだまだ面白いな。」
「ルーシェからお前の過去は聞いた! だがお前のやっていることは間違っている!」
アッシュの口から過去という言葉が出てきた瞬間、アーサーの表情が変わる。
「黙れ! 貴様に何がわかる! 私は...私は、すべてを失ったのだ! だが、これで新しい国を作れる...そして、誰もが私にひれ伏すのだ!」
アーサーはそう叫ぶと、シエルに向けて剣を突きつけた。
「アッシュ、選択肢をやろう。お前が私に歯向かうというのならこの女の命はない。だが、お前が私と共に進むというならこの女の命は助けてやる。」
その言葉に、アッシュは動揺した。
自分がこれ以上動いたらシエルの命が危ない。
だが、アーサーと共に動くという事はこの国を滅ぼす事になる。
「王国の軍務大臣にまでなった男がそんな卑怯な手を使うのかよ...」
「なんとでも言え。私は私の目的を果たしたいだけだ。」
アッシュは動きを止めどうすればいいか考えた。
その時剣を突きつけられていたシエルが口を開いた。
「随分と勝手な事を言ってるけど私はそんなか弱い女じゃないわよ。」
そう言うとシエルは懐から素早くナイフを取り出した。そしてそれでアーサーの剣をはじく。
「シエル、流石だぜ!」
シエルがアーサーから離れたと同時にアッシュは一気に距離を詰めると全力で剣を振る。
アーサーはそれを自身の剣で受け止めた。
互いの力が拮抗する。
「アーサー! 悪いがあんたと俺には決定的な差がある! 俺は一人じゃない! 俺には仲間がいる!」
「くだらない! 仲間などいなくても絶対的な力があれば全て手に入れる事ができるのだ!」
仲間を持つ者と拒絶する者、二人の最後の戦いが始まったのだった。
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