第13話:解き明かされる過去
コンサートホールから事務所に戻ったアッシュとシエルは、埃まみれの古びた蓄音機をテーブルに置いた。
一見すると何の変哲もない蓄音機だ。
しかし、埃まみれで古びたその外観とは裏腹に、シエルの目には古代技術の可能性を秘めた宝物のように映っていた。
「蓄音機を調べるのもいいんだけど、それがなんであそこにあったのかが謎だよなぁ。」
シエルが蓄音機を調べているのを見つつアッシュが呟く。
「確かにそれも謎なのよね……いったい誰があんな所にこれを置いたのかしら……?」
シエルも同じ事は思っていたらしい。
彼女は指先で蓄音機の表面をなぞり、その精巧な作りに感嘆の息を漏らす。
「とりあえずまずはこの蓄音機自体の謎を解かないとしょうがないわね。他の問題はそれからよ。」
シエルは丁寧に上から蓄音機を覗いていく。
「しかし一体、どうしてこれがフルートの音に反応するのかしら? 見た目はただの蓄音機なのに、そんな機構は聞いたこともないわ。」
シエルが蓄音機をひっくり返して底面を調べた時、彼女の視界にある物が飛び込んできた。
「アッシュ、ちょっとこれ見てくれない?」
「どうした?」
彼女の声は、いつになく真剣な響きを帯びていた。
アッシュはソファから立ち上がり、シエルのそばに駆け寄る。
「これどう見ても鍵穴よね……?」
「ああ、確かに鍵穴っぽいな……シエル、お前の力でこの鍵を開ける事できないのか?」
「そりゃまあ完全に分解してしまえば開ける事はできるけど。でもここまで古い蓄音機って結構価値あるのよね。下手に壊したくはないと言うか……」
「確かにそうだよな……どうするかこれ……?」
二人は顔を見合わせ、この不可解な発見に頭をひねった。
その時コンコン、と事務所の扉がノックされた。
「開いてるよ!」とアッシュぁ声をかけるとゆっくりと扉が開き、心配そうにアミナが顔を覗かせた。
「アッシュさん、シエルさん。蓄音機の事、何か分かりましたか?」
アミナの真剣な問いに、アッシュが答える。
「ああ、アミナさん。今ちょうど蓄音機について色々調べてたんだけど、ちょっと妙なものが見つかってさ。」
「妙なもの……ですか?」
「とりあえずこっちに入ってきてよ。」
アッシュに言われアミナはゆっくりと事務所に入ってくる。
「ここなんだけどさ、なんか鍵穴みたいなものがあって。これについて今シエルと考えてた所だったんだ。」
アッシュが蓄音機の裏面を指差す。アミナはじっくりとその鍵穴らしきものを見る。
「なんでしょうね……? でもこの形どこかで見た事あるような……?」
「本当か!? 何か思い出せないか!?」
アッシュに言われ、アミナは頭の中から記憶を引っ張り出そうと考える。そして何かに思い当たったのか、ハッとした表情になった。
「もしかして、これ……」
アミナは自分のバッグから、祖母が大事にしていた日記を取り出した。
それは古い革でできており、日記の脇には小さな鍵が挟まっていた。
アミナは震える手でその鍵を外し、蓄音機の鍵穴と見比べる。
「これは……祖母が日記に挟んでいた鍵です。何に使うのかわからなかったのですが、この形……」
彼女が呟いた通り、鍵の形状は蓄音機の鍵穴と、複雑な模様に至るまで完璧に一致していた。
「嘘だろ……」
「偶然にしては、あまりにもできすぎているわ……」
アッシュとシエルも驚きを隠せない。
アミナは、祈るように震える手で鍵を蓄音機の鍵穴に差し込んだ。
そして、ゆっくりと息を吐きながら、回してみる。
カチッ、と、まるで長年の封印が解かれたかのような確かな手応えとともに、鍵が開いた。
それは単に底面をロックするだけでなく、中の機構を固定していた蓋を解除したようだった。
鍵が開いた底面をゆっくりと開けてみると、中には一冊の小さなノートが入っていた。
シエルはそれを取り出すと、パラパラとめくってみる。
「……アミナさん、これはあなたが読むべきものよ。」
そう言うとシエルはアミナにノートを手渡した。
アミナはそれを受け取ると、1ページずつゆっくりと読み始める。
読み進めるにつれて、その声は震え、瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていった。
ノートには、祖母の深い愛と、フルート奏者だった愛する人との思い出が、まるで一篇の詩のように記されていた。
『愛する人へ。この蓄音機は、あなたと私が出会ったこの舞台の床下に、永遠に私たちの愛の音色を響かせ続けるでしょう。この音は、あなたと私だけの愛の歌。たとえ私たちの体が朽ちても、この旋律は決して消えることはありません。この想いを、いつか誰かが再び見つけ、この物語を語り継いでくれることを願って。』
そして、ノートの最後のページには、こう書かれていた。
『この蓄音機を動かすためには、思い出の音色を記憶した特別な欠片とあなたのフルートが必要になります。あなたと私が出会った奇跡を象徴する、世界でただ一つの欠片、それにその音を奏でるキッカケとなるフルート。この二つを私の最も大切な宝物である日記と共に、いつかこの物語を継ぐ人に託します。』
アミナはノートを抱きしめ、嗚咽を漏らした。
それは、悲しみではなく、祖母の深い愛情に触れた感動の涙だった。
「……そうか。おばあ様は、この蓄音機に自分たちの想いをこめてたのね。」
アミナがそう呟くと、シエルは蓄音機の側面にある、小さな凹みに目を留めた。
それは、ノートに記されていた「特別な欠片」をはめ込むための場所だと、直感的に理解できた。
「アミナさん、その欠片はどこに?」
シエルが尋ねると、アミナは震える手で祖母の日記の表紙をめくる。
そこには、光沢を放つ小さな欠片が貼り付けられていた。
「これです。おばあ様は、日記とこの欠片を、私のフルートケースに入れてくれていたんです。」
シエルは欠片を蓄音機の凹みにはめ込む。
蓄音機はその欠片を飲み込み、後はキッカケとなる音を待つだけとなった。
「私のフルートは祖母の形見なんです。恐らくこれを吹けば……」
アミナはフルートを取り出すと優しい音色を奏で始めた。
すると、これまでカタカタ言っていた蓄音機から完璧な音色が空間に響き渡る。それは、心に沁みるような、優しくも切ない音色だった。
「こりゃ驚いた……まさかこんな仕掛けがあったなんて……」
「ええ、アミナさんのお婆様は素晴らしい技術の持ち主だったのね。」
アッシュとシエルも驚くしかできない。
蓄音機からの音色が鳴り終わり、静寂となった中アッシュが声を出す。
「でもさ、どうやってアミナさんのお婆さんはあのコンサートホールにこの蓄音機を置いたんだ?」
「想像でしかないけど誰かにお願いしてたんでしょうね。今回アミナさんがあのホールに来なければこの蓄音機はあの場所で永遠に封印されていたんだと思う。」
「すごい偶然だよな……運命と言ってもいいのかもしれない。」
アミナは余韻に浸った後、フルートを片付けると蓄音機を持って立ち上がる。
「お二人のおかげでこうやって祖母の大切な物に出会う事ができました。この蓄音機は私が持っててもいいですか?」
「もちろん。それはアミナさんが持っていくべきだ。」
アッシュの言葉にシエルも頷く。
アミナは頭を下げて礼を言うと事務所を出ていった。
「なんていうか……ああいうのっていいよな。俺たちにも親の形見とか残ってたらよかったんだけどな。」
「いい話に水を差すようで悪いけど、アッシュ?」
シエルは後ろに影を作りながらニッコリと微笑む。
「コンサートホールの修理代。当然あなたの給料から払ってもらうわよ?」
「修理代……? ああああああっ!」
アッシュの悲痛な叫び声が、平和な事務所に響き渡る。
その叫び声を聞きながら、シエルは微笑んだ。
この日常こそが、彼女が古代技術の力で守りたいと願う、かけがえのない宝物なのだから。
そして、アッシュは、そんな彼女の笑顔を守るためなら、いくらでも働くと、心の中で密かに誓うのだった。
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