第11話:忘れられたメロディ
穏やかな昼下がり、アッシュとシエルの何でも屋の事務所は、いつものように静けさに包まれていた。
シエルの元同僚であるエレナの来訪。
その一件以来、二人の間にはこれまで以上に確かな絆が生まれていた。
しかし、仕事がないのは別の話。
様々な書類作業を片付けたり、過去の資料から古代遺跡の文明について情報を仕入れようとしているシエルと違い、アッシュは暇を持て余してソファに寝転がっていた。
「シエル、そろそろお昼にしないか? 腹が減りすぎてこのままじゃ俺の筋肉がギブアップしちまう。」
アッシュが腹をさすりながら言うと、シエルは手元の資料から顔を上げた。
「何言ってるのよ。朝から人を集めてパーティーでもやるのかってぐらいの量、食べてたくせに…」
シエルはアッシュの朝食を思い出しゲンナリした。
お互いの起床時間が違う為に朝食は別々にとっているのだが、今日のアッシュが買ってきた朝食の量はすごかった。シエルは呆れるを通り越していた。
「それにもうすぐ新しい依頼人が来るわ。何でも屋は、いつでも仕事を受けられるように準備しておくのが鉄則よ。」
「依頼人? 今日そんな予定あったのか?」
「ええ、お昼に一件相談が入ってるわ。もうそろそろ来る頃だと思うけど…」
シエルがそう言って、時計を確認した時だった。コンコン、と事務所の扉がノックされる。
「お、来たか。」
「みたいね。どうぞ。」
シエルが立ち上がり扉を開けると、そこには一人の若い女性が立っていた。
彼女は手にフルートケースを抱え、どこか繊細そうな雰囲気を漂わせている。
「すみません。何でも屋はこちらで間違いないでしょうか?」
「ええ、そうです。連絡をいただいていたアミナさんでしょうか?」
「はい、私が連絡をさせていただきました。」
「分かりました、どうぞ中へ。」
シエルに案内されてアミナは中に入る。その顔を見たアッシュが突然「ああっ!」と大声をあげた。
「何よアッシュ。お客さんに向かって失礼よ。」
「シエル、お前その人知らないのか!? 王都で有名なフルート奏者のアミナ・リファードだぞ!」
王都で騎士をやっていた頃、護衛任務で彼女の演奏を一度だけ聴いたことがあった。
聴く者の魂にまで響くような、あの澄んだフルートの音色。
まさか、こんな小さな町で再会するとは……。
一方研究で忙しかったシエルはそんなことなどまったくの無知であった。
「まさかこんなところでアミナさんに会えるとは…あの、サイン貰っていいですか!?」
「アッシュ、そんなのは後にして。彼女は今依頼人として来てるのよ。」
アミナをソファに案内するとシエルはその向かいに座る。アッシュも慌ててシエルの隣に座る。
「それで今回の相談内容はどんなことでしょうか?」
シエルが尋ねると、アミナは困り果てたような顔で語り始めた。
「そちらの方が言われたように私はフルート奏者としてこの国を周っています。今回この町で演奏する事になって早速練習を開始したのですが…」
アミナの口が止まる。
「何か問題でもあったんですか?」
「ええ。実は練習中に奇妙な音が聞こえてきて困っているんです。」
「奇妙な音?」
シエルはアッシュと顔を見合わせる。
「はい。すごい大きな音という訳ではないんですが、やはり演奏中に聞こえてくると気になってしまって集中できないんです。」
アミナはフルートケースを抱えながら、不安そうにシエルを見つめた。
「建物の老朽化ってことも考えられるけどな…でも演奏する場所って町のコンサートホールだろ? あそこは最近建て直したばかりだったよな。」
「そうなんです。だから余計に気味が悪くて…演出の方々に話をしたんですがあまり相手にしてもらえず…」
「なるほど。それでアミナさんが自ら来たって訳か。」
「はい。なんとかなりませんでしょうか?」
アミナの言葉に、シエルは真剣な顔で頷いた。
「分かりました。私たちに任せてください。すぐに調査に向かいます。」
「本当ですか! ぜひよろしくお願いします!」
アミナは安堵の表情を浮かべると、事務所を出ていった。
「んじゃ俺たちも早速行ってみるか。」
「そうね。困ってる人を助けに行きましょうか。」
二人も支度をするとコンサートホールへと向かった。
コンサートホールはアッシュたちがルミナの町に戻る少し前に改築をしており、様々な音楽家がここでコンサートをしてきた。
だが、これまでにそんな報告は一度もなかったと言う。
二人は受付で軽く話を聞いた後、実際にホールの中に入ってみた。
ホールは非常に大きく、座席もたくさんあり、町の人間が全て入っても余るんじゃないかというほどだった。
「アッシュさん! シエルさん!」
舞台から二人を見かけたアミナが声をかける。
「早速来てくださってありがとうございます。」
「それで、一体どんな音がするんだ?」
アッシュはステージを見上げながら、アミナに尋ねた。
「私だけが聞こえているのか、二人にも確認してほしいんです。よかったら耳を澄ましてみてください。」
「ああ、任せてくれ。」
アッシュはそう言って、目を閉じた。アミナは一度深呼吸をすると、フルートを構え演奏を開始した。
心に沁みるような綺麗な演奏ではあったが、確かに微かな「カタカタ」という音が聞こえてくる。
「アッシュ、聞こえる?」
シエルが確認するように尋ねると、アッシュは目を開け、静かに頷いた。
「ああ。聞こえるぜ。不思議な音だ。昔、王都にいた頃に聞いたことのある、特定の機械が発する音に似てるな。」
「機械の音?」
「ああ。思い出せないんだけど、どこかで聞いた事があるんだよな…」
アッシュはそう言って、音のする方を探るようにゆっくりと歩き始めた。
シエルは設備の調査を進めるが、どこにも異常は見られない。
「こっちだ。」
アッシュは舞台へと上がり、その床に耳をつけた。
「この床下だ。ここから聞こえる。」
アッシュが床板を指さすと、シエルはそこに耳を近づけて音を聞く。
「確かに何か機械の音がするわ。でも、どうしてこんなところに?」
「さあな。でも、この音は昔の記憶が正しければ、蓄音機の音だ。」
アッシュはシエルにそう告げると、迷うことなく両手で床板を掴んだ。
「ちょっとアッシュ、何を…!」
「ここを引っ剥がすのが一番早い!」
シエルの言葉を遮り、アッシュは力任せに床板をはがす。豪快な音を立てて床板がめくれる。
「あんた……ここを壊したら、いくら賠償金払わなきゃいけないか分かってるの?」
シエルが呆れたように言うと、アッシュは笑顔で言い放った。
「そんなもんは後で考えろ。それより、これを見ろよ!」
アッシュが指差す先をシエルが覗くと、そこには埃まみれの古びた蓄音機があった。
「ちょっと待って。なんでこんな所に蓄音機が?」
「建て直した時に、ここも直してるはずなんだけどな。誰かが意図的に置いたとしか考えられないよな。」
アッシュは床下に降りると蓄音機を抱え上げて登って来た。
「それにしてもどうしてこれがフルートの音に反応するのかしら……?」
「さあなあ。そんな蓄音機なんて聞いたことないぞ。」
「これはちょっと持って帰って調べてみないといけないわね。」
二人は埃まみれの蓄音機を呆然と見つめていた。
この蓄音機が、一体どんな音を奏でるのか。
そして、この音の裏に隠された真実とは。
それは、まだ誰も知らない物語の始まりだった。
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