第1話:時計塔の異変
過去の機械文明の遺産が今も息づく広大な世界、アウガルド。
そこは多種多様な種族が共存し、古代技術が現代の魔法や独自の文明と融合して発展を遂げてきた、混沌と秩序が入り混じる世界だった。
獣人やエルフ、ドワーフ、そして人間がそれぞれの文化や技術を持ち、互いに影響を与え合いながら暮らしている。
各地ではそれぞれの種族が固まって暮らしている一方、文明の発展した中央部では様々な種族が集まり、それぞれの文化がうまく調和されている。
しかしその一方で、世界の辺境には未開の地や、古代技術が暴走した危険なエリアが存在し、未だ解明されていない謎が数多く眠っている。
そんな世界の一角にある国エスペリアは、古代遺跡から発掘された機械を動力として発展した、黄昏の空を思わせる穏やかな国だ。
しかしその平和な国の裏側では、古代技術を独占しようとする王家と、その技術を研究し広く世界に広めるべきだという科学技術院の間で、水面下の権力争いが繰り広げられていた。
首都カレドニカは、古代技術を駆使した巨大な建造物が立ち並び、国の権威と繁栄を象徴する場所だった。
一方、国の中央より少しはずれた場所に位置する小さな町ルミナは、夜になると古代の機械が放つ柔らかな光で満たされ、まるで星が地上に降りたかのように輝いていた。
獣人族の商人が行き交い、エルフの吟遊詩人が歌を奏でるこの町では、水道や電力といった便利な生活が古代の技術によって支えられていた。
ただしそれは、いつ止まるとも知れない危うい均衡の上に成り立っていた。
「ったく……こんな重い荷物、俺一人で運べる訳ないだろ!」
町にある何でも屋の事務所で、鍛えられた肉体を持つ男アッシュは額の汗を拭いながら、不満げに呟いた。
彼の目の前には、依頼人から預かった巨大な鉄の塊が積み重なっている。
その隣で、書類に目を落としていたショートカットの知的な女シエルが、ため息まじりに返した。
「だから頭を使えって言ったでしょ。この書類にある通り、正しい手順を踏んで運ばなきゃ、途中でバランスを崩して町の道がふさがれるわよ。そうなったら迷惑料を請求されるだけじゃ済まなくなるわよ。」
力自慢のアッシュと頭脳明晰なシエル。
彼らは互いの欠点を補い合い、この町の小さな困りごとから大きな依頼までを解決する、唯一無二のコンビだった。
元がルミナの生まれであるということもあり、町の住民からの信頼は厚く、今では何か困ったことがあったら二人に頼むというのが町の常識になっていた。
結局、アッシュはシエルの指示に従い、頭を使いながら荷物を運び終えた。
日が暮れかけ、事務所の窓から差し込む夕日が床に長い影を落とす。
アッシュは疲れて椅子に深く腰かけ、大きく伸びをした。
「ふぅ……今日はやたらと重い依頼が多かったな。晩飯は肉に決まりだぜ!」
豪快に笑うアッシュに、シエルは淡々と書類を整理しながら答えた。
「いい加減にしなさい。経費を計算したら、今月の赤字を補填するだけで精一杯よ。今日の晩ご飯は野菜スープで我慢なさい。」
「えぇーっ! そんな殺生な……!」
アッシュが口を尖らせる。
赤字に関してはほぼアッシュの豪快な食事によるものであり、シエルが怒るのは当然である。
「野菜スープなんて食ってたら俺の体が使い物にならなくなっちまうよ……」
ぼやきながらアッシュが窓の外を眺めた、その時だった。
突然、部屋の中を照らしていたライトがふっと消える。
それに続いて、店の軒下や街路灯の明かりが、まるで誰かに命じられたかのように次々と消えていく。
「なんだ、停電か?」
「何かしら。今日電気が止まるなんて連絡なかったはずだけど。」
外を見ると、突然灯りが消えた店からたくさんの人が出てくる。皆困惑しているのが分かる。
「ちょっと待って。そういえば時計塔の鐘って鳴った?」
「そういえば鳴ってないな。いつもだとそろそろ鳴る時間のはずだけど……」
町の中心にある時計塔。
この町のシンボルの一つでもあるのだが、その巨大な時計塔の鐘の音が、いつまで経っても鳴らない。
その正確な時を告げる音が止まったことで、町全体がざわつき始める。
「ひょっとして町の機械が全部止まったのか?」
アッシュは部屋の中の機械を確認する。そして冷蔵庫が動いていないのを見ると、「マジかー!」と叫んだ。
シエルは冷静ながらも、顔に僅かな緊張を浮かべ「まさか……」と呟く。
「アッシュ、時計塔を見に行くよ。」
「おう、これは一大事になる気がするぞ!」
町中が静寂に包まれる中、アッシュとシエルは事務所を飛び出し、町の広場に向かった。
広場の中央に設置されている時計塔。
いつもはその音は町中に響き渡るほどなのだが、今はただ静まり返っているだけだった。
夜空を背景に、いつもは光を放っているはずの文字盤が、今はただの黒い円盤のように見えた。
「おい、本当に全部止まってるぞ……こんなこと、今まで一度もなかった……」
アッシュが不安げに呟く。
彼は王都で働いていたことがあるから、国の機械インフラが安定していることを知っていた。だからこそ、この異常事態が信じられない。
「町のインフラは、この時計塔の歯車が奏でる振動で動いているわ。時計塔が止まったということは、全ての歯車が停止したということ……原因を調べないと。」
時計塔のそばに町の人々が集まり始めた。
様々な種族の人々が動かない時計塔を見て、不安そうな顔で立ち尽くしている。
「一体何が起きたんだ?」
「明かりが消えたぞ!」
「このままじゃ、水道も止まっちまう!」
混乱が広がる中、一人の老人がアッシュとシエルの元に駆け寄ってきた。
彼は時計塔の管理者で、顔には焦りの色が浮かんでいる。
「アッシュ、シエル! ちょうどいい所に来てくれた! 時計塔が止まっちまったのにワシじゃ原因が分からないんだ! 頼む、なんとかしてくれ!」
老人はアッシュにすがりつくように言った。アッシュは老人の肩にそっと手を置き、力強く頷いた。
「任せてくれ、爺さん。必ず俺達がなんとかする。俺達は何でも屋だからな!」
アッシュは老人に笑顔で答えた。
一方シエルは老人の言葉に耳を傾けながら、すでに頭の中で状況を整理していた。
時計塔の故障は、単なるアクシデントではないかもしれない。
人為的な可能性もある。
ひょっとして誰かが時計塔に細工した?
そんな事をして誰が得をするというのか。
アッシュとシエルは人々の不安な視線を受けながら、時計塔の内部へと足を踏み入れた。
そこは普段は規則正しい歯車の音が響き渡っている空間なのだが、今はただ静まり返っているだけだった。
二人は階段を登り、時計塔の一番上まで登る。
そこには時計塔を動かす大小の歯車があるのだが、今はその動きを止めていた。
「おい、シエル。どうすればいいんだ?」
アッシュが巨大な歯車を指差しながら、途方に暮れたように言う。
彼は力で解決することしか知らない。
しかし、ここは彼の得意な戦場ではなかった。
シエルはそんなアッシュを無視し、機械の仕組みを観察する。そして、ある結論に達した。
「……何者かに、盗まれたのよ。」
シエルが指差したのは、巨大な歯車が噛み合っている中心部分。そこには、本来あるはずの小さな歯車がごっそりと抜き取られていた。
アッシュとシエルは抜き取られた歯車の痕跡を見ながら固唾を飲んだ。
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