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天使の恋と悪魔の故意  作者: わん8
1天使よ××することなかれ
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7

 鈍い音が聞こえる。

 外を見やればざーざーと淡く光る雨が降っている。白い宮殿のような場所から眺められる、この雨が大樹を、そして果実を育てるのだ。

 なので、ニコニコと笑いながらさくらは雨を指し示し言った。

「本日は恵みの雨でございまーす」

 我ながらいい笑顔だったと自負するのだが、聞いた相手は気に入らなかったらしい。

「……さくら、誤魔化されないんだぞ」

 ムスッとした声音で理久がこたえた。

「悪かったとは思ってるけどさ、黒曜の奴、あんなに怒ることないじゃないか!」

 理久が頬を膨らませている。まったく可愛くない。黒曜に怒られたという苦情を自分に持ってこないで欲しいとさくらは微笑みながら考える。

 何故、黒曜は、さくらが倒れたときに居合わせただけの理久――と恵美に怒ったのか。彼は理不尽なことをする天使じゃないのに。

「僕も悪かったよ、君を利用しようとして」

 利用……? さくらは怪訝な顔で理久を見据えた。

「報われない思いなんて、無駄だからね。きれいさっぱりおさらば……といきたかったんだけどね」

 ふふ、と理久が笑う。

「恵美も、こっち側だったらしい。なら、時間の問題だ」

 さくら、と優しく理久が呼んだ。

 ビクリっと肩が揺れる。

 なんて穏やかな表情をするんだろう。最期を覚悟した青年を幻視した。まったく馬鹿げてる。天使に最期だなんて、戦いで死ぬほど天使と悪魔の間に激化するような隔たりなどそこまで無い。悪魔のはぐれが悪巧みをしたからと殺すことはあれど、地獄を管理する悪魔と天国を管理する天使が本気の殺し合いをするなどしない。お互いに不便なことになるとわかっているからだ。それだけのはずだ。なら、この顔はなんなのだ……?

「君は、そのままが一番だよ。心は自由であるべきだと思ってる。でも、君はそのままがきっと良いんだろうね。僕らがいなくなったら……」

 一度言葉が切れる。

「僕らがいなくなったら、きっと君達は、特に君は僕達を忘れてしまうけど……覚えていて、君は自覚しちゃいけないんだ」

 どこかで見たことのある、紅色の光が理久の瞳でチカチカ光る。理久は、何を言っているんだ。

 忘れてしまう、誰と誰が。理久達がいなくなる? どういうことだ。

 思考が巡り巡って混乱を起こし、ふと悟る。


 理久は、堕天を仄めかしている。

 

 どうして?

「何が、あったというの? 理久、おかしいよ……」

 冷や汗が止まらない。

「さくら、天使はね、恋をすると、いや、恋を実らせると堕ちるんだよ」

 優しく、優しく、理久が囁く。聞こえなくても良いと思ってるような声量で。

 ドクン、ドクン。

 心臓が嫌な悲鳴を上げる。

「またね、さくら。僕と恵美は君の記憶から居なくなるけど」

「まって、りく、ともだちが、いなくなるなんて、いやよ」

 ふふっと笑う理久にさくらは戸惑う。

「友達、か……もう、僕たちは何度も……君達を……」

「理久?」

 消え入りそうな理久の言葉は最後まで聞けなかった。

 ジジジ。

 ノイズが聞こえてくる。

 

「理久」

 どこからともなく現れたらしき恵美の声が聞こえる。


 ジジジ。


「行きましょう」

 恵美が理久の手を握り込み、ふとさくらを見る。


 ジジジ。


 さくらに伸ばされる、恵美の片方の手。頬を優しく撫でてくれる手。恵美の手。

「ごめんね、さくら。私のお友達」

 ドクン、ドクン。


 ジジジ。


「ねえ、待ってよ、恵美、理久、わけが、わからないの……! さっきから変な、音がして、よく聞こえな……」

 恵美の手を握りしめようとしたら離される。


「さようなら」

 ドクン。

 理久と恵美の姿はまるで、そうまるで人間の恋人同士のように寄り添っていて――恋をしているようだ。

 ドクン。


 ジジジ、ジジジ。

 強く、ノイズが走る。


 目眩がして座り込んだら、知らない天使が堕天して翼が散っていくさまが見えた。

 目が紅く輝く。

 天使の輪が割れる。

 服も白基調の服から、黒基調の服に変わる。


 意識がブツリと切れた。


 夢を見るようにふわふわとしながらも、動きは滑らかに手が剣を握っている。

 金髪の悪魔の青年と、緑髪の悪魔の女性を狙う。

 殺さなければならない。

 ガキンっと金属同士のぶつかる音が響く。

 金髪の悪魔は不憫なものを見る目で、さくらの剣を剣で狙う。それをかわすと緑髪の悪魔が悲しそうに足払いをかけてきてよろける。そこに畳み掛けるように拳が腹に決まった。

 身体が動かなくなる。

 これではいけないと動こうとする。

「だめよ、さくら、寝ていなさい」

 優しい声が聞こえた。聞き覚えがあるのに、覚えていない声だ。

 ゆっくりまぶたを閉じる。


「さくら!」

 黒曜の声が遠くで聞こえ、優しい声の持ち主はさようならと言いながら去っていくのがわかった。

 誰だったんだろう? 私は、何をしていたんだろう? そんなことを考えながらまぶたを開く。

 黒曜が手をかざして、己に癒しの力を使っていた。自分は下手を打ったらしい。

「ごめんね、黒曜」

「さくらのせいじゃない、恵美と理久は」

「恵美と理久って? ……誰それ?」

「……!」

 きょとりと返したさくらに、驚いた表情を一瞬浮かべ息を呑んだあと、へニャリと黒曜が笑って言った。

「誰だっけかな……」

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