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悲痛な叫び声に、ぼんやりと目を開く。
「さくら!」
空色の瞳が紅く輝いて見えた。いや、錯覚だ、だって彼は、黒曜だ。瞳の色だって天使は皆、水色だ。だから堕天の兆しなんてないのだ。
なんだか黒曜の顔は泣きそうな顔だとさくらは思った。
「こくよう……? どうしたの? どこか痛いの? だいじょーぶよ、私がそばにいるからね」
ふわふわとした声音でさくらが話しかけながら黒曜に手を伸ばす。
黒い髪を撫でようとして届かないことに気付き、残念な気持ちになって手を下ろそうとすると黒曜が身を屈めた。ああ、これなら届くわ。さくらはそっと撫でる。
「いたくない、いたくない、すぐによくなるからね」
「……痛かったのは、さくらだろう?」
くしゃりと顔を歪めて笑う黒曜にキョトンとした顔で見返すさくら。
痛かったのは自分の方? さくらは首を傾げ、自分がベッドに横になっていることに気付いた。
「な、なにごと!?」
ガバリと急いで身を起こそうとし、音を立てて頭をぶつける。
「んぎ!」
「ぐっ」
うめき声が重なる。
なんだなんだ!? と混乱するも黒曜の痛がっている顔を発見し、黒曜の額とさくらの額がぶつかったのだ、と遅ればせながら気付いた。
「ご、ごめん! 黒曜大丈夫!?」
黒曜の顔を見ながら言うと、はっとした表情をしたかと思うと顔を背けられた。黒曜のさくらとおそろいの十字架のピアスが揺れる。耳がほんのりと赤い。よく見ると顔も赤い。
「黒曜具合悪いの?」
「……違う、違うから、気にするな」
どこか困ったような声音で返された。
そんなに痛かったのだろうか?
今度は黒曜を避けるようにしてゆっくり体を起こし、体の位置を安定させる。
手を伸ばし、黒曜の耳を引っ張りこちらを向かせる。赤いだけあって熱もこもっているようだ。
「うわっ!?」
「どうしたの?」
黒曜の慌てた声を無視して聞く。
「ング……あー、ああ、さくら、おまえ倒れたんだよ」
目を揺らしながら黒曜は口を開く。
黒曜の体調を聞いたのだが? と思いながらも自分が倒れたことには引っ掛かったのでさくらは怪訝な顔で首を傾げ、黒曜の言葉をただ繰り返した。
「倒れた?」
「そう、急にな」
「きゅ、急に?」
なにがあったのか、思い出せない。
ズキッと頭が痛む。
「ちょ、ちょっと待って。私? えと、理久が……難癖つけてきて、それで……?」
何故? 何故思い出せない? おかしいのでは?
「恵美が来て?」
これは何かがおかしい。まるで、思い出せないようにプログラムされているかのようだ!
「さくら!!」
強い声音で名前を呼ばれ、頭を誰かに抱き込まれる。
なんだか心惹かれる匂いがする。
ああ、なんて、心地良い、好きなあたたかさ。
「何も、そう、何も思い出すな」
ゆっくりと、言い聞かせるように言葉が落ちる。
「さくらは、俺達は、そのままでいいんだ。何も気付かず、ただいれば良い。存在すれば良い。でも、もし……もし、も」
もし? 顔を上げようとすると抱きしめているらしき腕の力が強まった。ちょっと苦しい。
「もしも気付いてしまったら、必ず俺も、共に……」
なにやら悲痛な声だ。何かを訴える声だ。
――愛しい言葉のはずだ。
ジジジ。
ノイズが走る。
嫌だ、やめて、この黒曜の言葉はきっと大事な宝物なの! さくらの心が悲鳴をあげるのに、それに反してどんどん冷めていく感情。心が冷える。
ジジジ。
ああ、そう、なんだっけ?
「ごめん、何を言っているのか、わからない」
腕が離される。泣きそうな顔の黒曜と目があった。もう黒曜の頬も耳も赤くはない。むしろ、青白かった。
「それで、それで良いんだよ、さくら」
×している。
黒曜の瞳が紅く輝いた気がした。