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死神とは、壮絶な死を迎えたものが選ばれやすい。
そして自害したものがもっとも選べれるという。
そして元は人間であることが多い。
天使とは全然違うものだ。
「アルノルトも、元は人間だったのかしら」
どうでも良さげに桜色の髪をくるくる指で弄りながら呟く。
「さくら、お行儀が悪いわ」
緑髪で天使特有の瞳の水色、そして二対二枚の翼のエリート天使、恵美が嗜めるようにさくらに告げる。彼女は天使としては中間の位置にいるが有能だ。一応と心のなかで付け加えるが。
ここは楽園、色とりどりの花が咲く庭園。天使たちのお茶会。と言っても今回は三人だけだが。
「菓子がうまいぞ、さくら」
銀に輝く短髪の女性、こちらも二対二枚の翼の天使がタルトを頬張りながら言う。こちらは文句無しに有能だ。ちょっぴり天然だが。そして大食いだ。そのタルト何個目?
「梨里、あなたも食べながら話すのは辞めなさいな」
「すまない、だがさっきからお菓子を食べないじゃないか、さくらは」
心なしか萎れた顔をして恵美とさくらに向けて話す梨里。胸が大きく大人っぽい雰囲気の梨里が子犬のように見えて、胸がない恵美とさくらはない胸を押さえる。ギャップが可愛いが、心が痛い。格差が憎い。
「天使に胸なんか関係ない、関係ない」
「そうね? その通りよさくら、いいこと? 胸は天使には関係ない」
「……? 何の話だ?」
さくらがブツブツと定まらない瞳で不気味に呟けば、恵美もハイライトのない瞳で同意する。梨里はその空気漂うふたりを不思議そうに眺めながら首を傾げた。
三人が揃うと定期的に起こることなので慣れてほしい。
「「なんでもないわ」」
ふたりが揃って返す。この話題は危険だ。
黒曜だって天使だ、胸の大きさなんて気にしないはずだ。だって天使は恋をしない。大丈夫、大丈夫。さくらは自分に言い聞かせる。
大丈夫って、何が? ジジジ、ノイズが走る。
おかしい、今何を考えた?
「黒曜のこと考えてたって顔、してるわね」
呆れたような恵美の声が聞こえた。
今、何をしている? お茶会だ。
誰としている? 恵美と梨里だ。
「……あ、ごめんぼーとしてた」
へらりと情けない笑顔でさくらはふたりに話しかける。一瞬前の思考を覚えていない、そんな自覚すら無く。恵美と梨里は険しい表情を一瞬したがなんでもないように微笑んだ。
「どんくさい子ね、上級天使なんだから、もっとシャキッとしなさい」
「そう言うな恵美、さくらはこういうところが可愛らしいのだから」
梨里が立ち上がり手がそっとさくらに伸ばされる。思いのほか優しく頭をなでられ、目を細める。気持ちがいい。
「手慣れてるねえ」
「大牙によくするからな」
とても優しい顔だ。
大牙は梨里と同じ大樹の実から生まれた弟たる天使だ。彼は梨里とは逆に幼い外見をしている。人間でいうと十代前半? というやつだろうか。梨里は二十代だと思う。だけど髪色は同じ銀に輝く少年だ。似ていてまるで本当の姉弟のようだ。仲も良い。
だけど大牙はさくらにはあまり、近付いてくれない。いつもびくびくした泣きそうな顔でこちらを伺っている。何か怖がらせる事をしただろうか?
「理解できないわ、姉弟仲良くなんて!」
恵美がドンッと拳をテーブルに打つ。
また始まった。さくらは撫でられたまま困ったように恵美を見た。
「弟なんてものはね、生意気なだけなのよ!」
「可愛いだろ、弟」
「それは大牙くんだからでしょ!」
弟可愛い勢梨里と弟生意気勢恵美の戦いが始まってしまった。さくらには弟のいる姉の気持ちはわからない。なにせ世界で一番かっこいい兄がいるもので。
「理久なんてねえ、私のことを頭の足りない脳筋だって言うのよ!」
「事実じゃないか?」
「事実じゃないの?」
恵美の怒りの声に、キョトンと梨里とさくらが答えた。事実じゃないの?
「なんですってえ!? 理久だって考えなしだわ!」
「いや、理久の方が物事深く考えてるわよ?」
思わず素で答えた。恵美は猪突猛進で頭に血が上ると敵の中に飛び込んでいき、拳をふるいだす。それを理久が必死になって追いかけサポートしている。考えなしの脳筋は何も間違っていない。むしろ優しい言い方だ。
理久は恵美と同じ大樹の実から生まれた弟たる存在である。金髪で眼鏡をかけた恵美と同じくらいの青年だ。外見年齢が近いとやはり衝突しやすいのだろうか。
黒曜曰く仲の悪い姉弟天使である。
うーん、と考える。
さくらは黒曜が年上の役割じゃなくても大好きな自信しかなかった。いつも優しくて暖かい瞳をしてさくらを見つめる。そっと伸ばされる手がいつも優しい。
「恵美と理久は不思議ねえ……」
能天気に言うさくらに、複雑そうな表情で恵美と梨里は見つめた。
「さくら達の方がおかしいでしょ」
その呟きはさくらの耳に入らなかった。なにせ黒曜のことを考えていたので。