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天使の恋と悪魔の故意  作者: わん8
1天使よ××することなかれ
2/8

2

 

 門を守る瞬間、兄と己の二人きり、というわけにはいかないらしい。

 

「今日もご苦労さんで、湿気た面してよくもまあ根暗に門の前にいるもんだ」

 鼻で笑う、死神特有の紫のコートを着る青年、アルノルトが皮肉げに言う。死んだ人間の魂を裁判にかけるついでに寄り、こちらを皮肉るのだ。めんどくさい奴だ。でも悪いやつじゃない……ような気がする。

 

 死神は死ぬ予定の、いや死んだ人間の魂を刈り取るのが仕事である。そして天の裁判を受けさせ天国か地獄かを定めるのだ。天国に行く場合はそこから身内や大切な人を見守ったり守護したりするらしいがそれは割合する。

 

「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」

 ふんっと睨み返す。負けないわよ。

「……さくら」

 黒曜の静止の声を無視する。さくらは心のなかで兄に謝ってからアルノルトに告げる。

 調子に乗らせてマウントを取られたくない。

「あなたの方がよっぽど湿気た面して根暗に魂回収してるみたいじゃない?」

「やりたくてやってるわけじゃねーな、お勤めしなけりゃこの首輪さんがキリキリと首を締めてくるしな」

 オレンジ色のアシンメトリーな前髪を揺らし、アルノルトは指でコンコンと己に付けられている首輪を叩く。また鼻で笑ったあと後方を指した。

「それに監視がいる」

 灰色のうさぎの人形を模した顔に紫のポンチョとそれを止める緑のリボン。ごく一部の死神につけられるというお供のうさぎだ。つぶらな瞳でこちらを、いや、アルノルトを眺めている。この人形は罪を犯した、あるいはその危険がある死神につけられるという。

「監視、ねえ? お母様とやらにご執心だからでしょ? もうやめたら?」

「あ? オマエに母上の価値が分かるわけがない」

「禁忌を犯した愚かな女、天使の中では評判よ」

「……ああ、たしかに天使共はオマエらには殊更強く言い聞かせるだろうな? 禁忌を、犯すことなかれ、愚かな女と同じになるな……ってな」

 冷めた表情のアルノルトにさくらは怪訝な顔を向けた。彼はさもありなん、そんな顔をしている。黒曜も眉をしかめてアルノルトを見ている。

 アルノルトの"母親"は禁忌を犯した罪深き死神だ。トラウマから自分の子供の顔を認識できないという弱者らしい。そして人間の男――子供をアイした愚かな女。

「どういう意味? 私達は人の寿命を捻じ曲げて生かそうなんて馬鹿なこと考えないわよ、それも何? 人間の男のためだっけ? くだらない」

 

「間違えるな、人間の子供に、だ」

 

 やけに怒気のこもる声音でアルノルトが告げてきた。何を怒っているのかしら? さくらは内心で首を傾げる。伝わってくる感情は怒気と嫉妬……だろうか? 意味が分からない。自分が認識されないから? それとも、アイを欲している?

「母上は子供に同情したんだろ、幼い子供に。男に狂ったみたいな言い方すんな」

「あら? そうなの。人間の年齢なんてどうでもいいものに、あなた達は気にするのね?」

「悪いな? アンタ達みたいなシステマチックな育ち方は、俺達はしていなくてね」

 おかしな物言いをする。さくらは微笑んだ。

 この素晴らしさがわからないのだろうか。

「システマチック? いいえ、私達は効率的な部分はあれど、楽園の育ちよ? 機械的なんかじゃなくて安息って感じね」

「決められた姿に生まれて、成長もしない、そんな効率化があってたまるか」

 吐き捨てるようにアルノルトが毒づく。

 なぜ嫌悪を向けられなくてはならないのか。さくらは腹が立って言う。

「どうせ私達が羨ましいんでしょ? 子供は無力だもの」

 子供は何もできずに守られるだけ……そういうものらしい。子供は非効率的だ。すぐに役目を果たす必要のある天使とは大違いだ。

「そうだな……少し羨ましくはあるな? 俺があの頃、大人であれたなら……母上が絶望する前に全てを壊せたからな」

「……はあ?」

 素直かと思ったら、なんだか不穏だ。破壊するために大人でありたかったなんて。恐ろしい男だ。

「に、人間に固執するのもどうかと思うけど、」

 目線をウロウロさせて、口が勝手に開いた。

「お母様に固執するあなたもおかしいわ」

 言葉が続き、それを聞いたアルノルトの紫の瞳がこちらを見据える。

「お前達は毎回それを言うな」

 毎回? 何を言っているのだろうか。この返答は、

「私は今初めて言ったわよ? それに達って、黒曜は何も話してないじゃない。他の天使と間違えてない?」

 怪訝な気持ちでさくらはアルノルトを眺めた。

「アンタ達で間違ってないぜ」

 へっと嘲笑うような顔で吐き捨てて、アルノルトは背を向けた。

 もう用はないと言わんばかりに。

「ちょっと!」

 さくらの制止の声も聞かずに去っていくアルノルトに、さくらはなんて失礼なやつなんだと憤慨しながらも役目を放棄することもできずに留まった。

 兄との至極のときを邪魔されたことが不満でいっぱいで、さくらは自分の気持ちを落ち着かせるのに手一杯になっていて気付かなかった。


「……さくら、俺達は、本当に……俺達か?」

 黒曜の不安そうな声に。

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