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天使の恋と悪魔の故意  作者: わん8
1天使よ××することなかれ
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 さくらは吐息を漏らす。なんだか最近変だ。理由は分かっている――黒曜だ。黒曜がなんだか少しだけ遠い。

 朝いつだって黒曜はさくらに柔らかく微笑みながら「おはよう、さくら」と言う。だからいつもさくらは黒曜の手を握って「おはよう、黒曜」と笑って返すのだ。それが、今日は目が合う前に視線を逸らされた。おかしい。

 

 胸の奥に小さな棘のような違和感が残る。


「黒曜!」

 違和感を確かめようと姿を見かけた瞬間に呼び止めようと声をかけると、ぴくりと黒曜の肩が揺れた。でも振り返らずに、どこか急いたように「用事を思い出した」と言って、そのまま廊下の向こうへ行ってしまう。


「え……?」

 

 思わず立ち尽くす。胸が妙にざわついて、呼吸が浅くなる。ドクン、ドクン。心臓の音が嫌に耳に響く。

 昨日まで、こんなことはなかった。

 だって、だって、錬金術がうまくいけば――黒曜は失敗ばかりするが――いの一番に見せてに来てくれていた。物によってはそれはさくらへの贈り物にだってなっていた。失敗すれば――こっちは頻度が高い――「なあ、聞いてくれ」と愚痴をこぼしてきていた。「どうしても上手くいかなんだ、いつだって全力でやっているのに……」とさくらに寄りかかりながら。さくらがぼんやりしていれば、髪を軽く撫でて「さくら、大丈夫か?」と声をかけてくれていた。


 そう、黒曜はずっと、さくらのものだった。

 

 それが今日は、黒曜にさくらは明らかに避けれらている。

 昼になってもそれは変わらなかった。

 さくらの隣の席が空いている。いつもなら当然のように座る場所なのに、黒曜は反対側の長机に腰を下ろし、梨里と何かを話していた。いつものぼんやりした表情ではなく、どこか真剣な眼差しだが、視線はこちらに一度も向かない。こんなことは、いままでなかった。

 どうして?

 わけがわからないまま口に運ぶ、大好きなパンケーキ。味がしない。胸の奥が、じくりと痛む。

 梨里の弟たる大牙が、居心地悪そうに隣に座った。さくらと黒曜を前にするとはじめからおどおどしていた少年。

「す、すみません、姉さんが黒曜さんに用があるらしくて……」

 言い訳のような言葉が聞こえる。実際に言い訳なのだろう。

 ふざけないで。

 喉の奥まで言葉がせり上がったのに、声にならなかった。代わりに、視界の端がちらついた。

 

 ――ジ、と小さなノイズが走る。


 くらり、とめまいがした。

 ……まただ。

 最近、時々こうなる。胸がざわつくと、決まって世界が一瞬だけ歪む。でも、それを誰かに言うほどのことでもない。きっと疲れているだけだ。

 だけど、黒曜の横顔や背中だけを見つめるうちに思い始めている。


 置いていかれたような気がする。

 理由も分からず、何も知らされず、ただ距離を置かれる――その事実が、さくらには思った以上に苦しかった。

 妹としても、もう見て貰えないの?

 ドクリドクリと嫌な音が聞こえる。

 妹なら、傍に居られたのに。


 胸が痛い。息が詰まる。

 黒曜が遠くなるのこと、それがとてつもなく怖い。


 その感情に名前をつけようとした瞬間、頭の奥で強いノイズが弾けた。


 ――ジジッ。


「っ……!」


 思わずテーブルに手をつく。

「さくらさん!?」

 なにか声が聞こえる。いや、違う。視界が白く霞み、耳鳴りがした。世界が、ほんの一瞬、壊れかけたみたいに揺れる。ドクン、ドクン、鼓動が鳴る。

 

 ……だめだ。


 これ以上考えちゃいけない気がすると、気付いてしまった。

 理由は分からない。でも、分かってしまったら、何か取り返しのつかないことになる――そんな予感だけが、胸の奥でじっと息を潜めていた。


 それでも。考えずにはいられない。


 どうして。


 どうして、私を見てくれないの? 黒曜。


 さくらは胸を押さえながら、心の中で訴え続ける。答えにならない問いが、何度も、何度も繰り返されていた。

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