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無能の策略、有能の奇跡

「勇者様、ついに魔王軍幹部との直接対決となります。何卒、お力をお貸しください!」

国王の言葉に、玉座の間に集まった重臣たちの視線が田中に注がれる。今回の相手は「黒曜の騎士」。

「黒曜の騎士はどのような魔族なのでしょうか?」

田中は冷静に情報を集めようとした。

「黒曜の騎士は、かつて我が国の第二都市を滅ぼした魔族です。その強力な闇の魔法に当時の我々は何もできず逃げるしかありませんでした。街を滅ぼした後は、長い間どこかへ行っていたのですが、再び戻ってきたようで…これ以上やつに国を破壊されるわけにはいきません。」


田中は内心(なんか強そうだな…本格的にヤバいんじゃないか?)と冷や汗をかいていた。しかし、これまでの成功体験が、彼の口から見当違いな自信に満ちた言葉を吐き出させた。

「普通に考えれば、光属性の攻撃が有効でしょう。しかし、それでは相手も対策済みかもしれません。」

田中はゲームでよくある属性相性を思い浮かべながら、さも深遠な考察をしているかのように顎に手をやった。

「ここは…あえて、こちらも闇でぶつかるというのはどうでしょうか? 闇対闇…相手の虚を突き、混乱を誘うのです」


会社で、競合他社と同じような企画を出して「君のは二番煎じだ」と叱責された経験から、「あえて裏をかく」という発想だけは染み付いていた。中身は全く伴っていなかったが。

案の定、国王は目を輝かせた。

「なんと!闇に闇をぶつけると!常人には思いもよらぬ奇策!さすがは勇者様!」

ガレスも腕を組み、唸る。

「毒を以て毒を制す、ということか…!敵の最も得意とする土俵で戦いを挑み、その上で勝利する…!これ以上ない示威行為となりましょう!」

エルミナも感嘆の声を上げた。

「闇属性魔法の使い手である黒曜の騎士に対し、同じ闇の力で対抗する…それは、より根源的な闇の理解、あるいはそれを凌駕する何かをお持ちでなければ不可能な芸当…!勇者様は、我々の知らない力を秘めていらっしゃるのですね!」


(いや、単に思いつきで言っただけなんだが…なんかすごい壮大な作戦みたいになってる…)


田中は引きつりそうになる口元を必死で抑えながら、内心で焦っていた。もう後には引けない。

「ま、まぁ、最後に頼りになるのは自分自身だから、各々自分の考えを大切にして下さい。」

田中は、テキトーに考えた作戦がうまくいかなかった時のために、保険を貼っておくことしかできなかった。


数日後、田中はガレス率いる騎士団、そしてエルミナと共に、黒曜の騎士が拠点にしているという廃都へと向かった。道中、石ころにつまずきそうになった田中を、騎士の一人が慌てて支えた。

「勇者様、お足元にお気をつけて!」

「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていてね…この先の戦いのことを」

田中がとっさに言い訳をすると、騎士は感銘を受けたように言った。

「なんと…!この道中ですら、既に黒曜の騎士との戦術を練っておられたとは!我々も見習わねば!」

(いや、ただボーッとしてただけだ…)


廃都は、かつて栄えたであろう面影を残しつつも、不気味な静寂に包まれていた。崩れかけた建物の間を進むと、広場のような場所で、彼らはついに「黒曜の騎士」と遭遇した。漆黒の鎧に身を包み、不気味なオーラを放つその姿は、田中の想像を遥かに超える威圧感を放っていた。

「…貴様らは、自らの国の領土1つ守れなかった弱き王に仕える者達だな」

黒曜の騎士が地響きのような声で言った。

(うわ…なんか声も怖いし、絶対強いってこれ…)

田中は完全に気圧され、黒曜の騎士に目をつけられないように騎士達の後ろに隠れた。

ガレスが剣を抜き、騎士たちも戦闘態勢に入る。

「勇者様、ご指示を!」

ガレスが田中に鋭い視線を向ける。田中はパニックになっていた。

「え、ええと…エルミナ君、例の…闇の力で…こう、なんというか、先制攻撃を…」

曖昧極まりない指示。会社で部下に仕事を丸投げする時の上司のような口ぶりだ。しかしエルミナは真剣な顔で頷いた。

「はっ!勇者様のお言葉、承知いたしました!我が闇魔法の真髄、お見せしましょう!」


エルミナが呪文を詠唱し、黒い靄のようなものが黒曜の騎士に向かって放たれた。しかし、黒曜の騎士はそれを鼻で笑うかのように、腕の一振りで霧散させてしまう。

「フン、その程度の闇で我に挑むとは、片腹痛いわ」

黒曜の騎士が巨大な黒い剣を振りかざし、強力な斬撃を放ってきた。騎士たちが盾を構えて防御するが、数人が吹き飛ばされる。


(だ、駄目だ…全然効いてないじゃん…俺の作戦、やっぱり無意味だった…!)


田中は顔面蒼白になった。会社で渾身のプレゼンが社長に一蹴された時の、あの絶望感が蘇る。「君の考えは浅いんだよ」という幻聴まで聞こえてきそうだ。


黒曜の騎士の猛攻は続く。騎士たちは必死に抵抗するが、徐々に追い詰められていく。ガレスも額に汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべていた。

「こ、ここまでかぁ…」

田中が思わず弱音を漏らし、恐怖のあまりへなへなと腰を抜かして壁にもたれた。その瞬間だった。


ドサッ!


田中がもたれたのは、瓦礫の山から突き出ていた不安定な石の塊だった。それが田中の体重でバランスを崩し、転がり落ちた。さらにその石が、近くにあった別の瓦礫の山にぶつかり、ドミノ倒しのように大小様々な石やレンガがガラガラと崩れ始めた。

「な、何だ!?」

黒曜の騎士が一瞬、その音と振動に気を取られた。その時、崩れた瓦礫の一つ、手のひらサイズの鋭利な石片が、まるで意思を持ったかのように放物線を描いて飛び、黒曜の騎士の兜の、ちょうど目の部分の僅かな隙間に命中した!

「グッ!?」

黒曜の騎士が思わず顔を抑え、数歩後退る。黒曜の騎士は事態を把握しようとあたりを見回す。すると、漆黒の隙間から覗く瞳が、壁にもたれ込んだまま慌てふためいている田中を捉えた。

「そ、その姿…その異様な衣服は…まさか…!」

黒曜の騎士の声には、驚愕、そして何か別の感情が混じっているようだった。


「今だ!勇者様が隙を作ってくださったぞ!!」

ガレスは、黒曜の騎士が動きを止めたその瞬間を見逃さず、渾身の力で剣を振るい、黒曜の騎士の体勢を崩した。他の騎士たちも一斉に反撃に転じる。


(え? え? 俺、何もしてないんだけど…ただよろめいただけ…)


田中は訳が分からないまま、呆然とその光景を見ていた。

しかし、偶然はまだ続く。

黒曜の騎士はすぐに周囲の瓦礫を蹴散らしながら反撃しようとした。

その時、黒曜の騎士の近くの崩れかけた壁の一部がグラリと傾き、黒曜の騎士に向かって倒れ込んできた。

「ムッ!?」

黒曜の騎士は迫りくる壁を避けるために一瞬、意識をエルミナ達からそらした。その瞬間、エルミナが放った強力な光の魔法が黒曜の騎士を捉えた。

光の魔法を防御もなしに受けたことで闇の魔力を失った黒曜の騎士は、もはやガレスたちの敵ではなかった。ガレスの一閃が、黒曜の騎士の鎧の接合部を正確に捉え、騎士は大きなうめき声を上げて地に膝をついた。

「おのれ…!この黒曜の騎士が…こんな…偶然…のような…いや、やはりあの衣服…。まさか、これもまた…彼奴らの差し金だとでもいうのか…!? 我ら魔族は…いつまで…!」

黒曜の騎士は血走った目で田中を睨みつけ、そう言い残すと、悔しそうに黒い霧となって消え去った。後に残されたのは、呆然とする田中と、「彼奴ら?」「差し金?」と首を傾げるエルミナ、そして興奮冷めやらぬ騎士たちだった。


「や、やりました!勇者様!全て勇者様のお導きのおかげです!」

ガレスが感極まった様子で田中に駆け寄った。

「は? いや、俺はただ…」

「ご謙遜はやめて下さい。あれは、まさしく計算され尽くした行動!あえて闇の力で対抗し相手を油断させたところでご自身の体を囮にし、敵の注意を引きつけつつ、壁を崩壊させ、エルミナ殿が光の魔法を使う隙をお作りになられたのでしょう!」

エルミナも目を輝かせて続く。

「そして、私が放った光の魔法、勇者様が最初にあやつに闇の魔法は効かないことを身をもって教えてくださったからこそ、『自分の考え』で光の魔法を使うことを思いついたのです!」

騎士たちも口々に田中の「戦術」を称える。

「あの瓦礫の崩れ方、まるで勇者様が指揮しているかのようでした!」

「勇者様は、戦場の地形すらも味方につけるのですね!」

田中は、もはや自分の行動が何だったのかすら分からなくなっていた。しかし、結果として強大な敵を倒し、かつてないほどの称賛を浴びている。自分の考えた作戦は全く通じなかったのに、偶然が偶然を呼び、全てが自分の手柄になっている。


(この世界は、俺がただ存在し、何かテキトーなことを言ったり、ドジを踏んだりするだけで、勝手に良い方向に進んでいくようにできているのか?)


(異世界転生というと特別な力が与えられるのがお約束…俺がこの世界に来た時は女神様には会わなかったけど、俺のすべての行動が上手くいく奇跡の力を与えられたに違いない…!)


会社での日々が、まるで遠い昔の悪夢のように感じられた。あの頃は、どんなに真面目に考えても、どんなに努力しても、決して評価されなかった。それどころか、無能の烙印を押されるばかりだった。

しかし、ここでは違う。俺は「勇者」なのだ。俺の行動は、全て完璧だ。


田中は、ゆっくりと立ち上がり、服についた土埃を払った。その表情には、もはや焦りも不安もなかった。

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