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いつかもう一度笑いあえたら  作者: 三毛猫 寅次


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二人の未来②

 それからも何度かドナヴァルトが帰ってこないことがあった。


 ある日の夜遅く、目を覚ましたエルシアは下の階がうるさいことに気がついた。


「どうしたのかしら?」


 もしかしたらドナヴァルトが帰ってきて、またブランドンに叱られているのかもしれない。


 なんといっても今回は一か月近く家を空けていたのだから、ブランドンの怒りはとうに沸点を越しているし、簡単には許してくれないだろう。


 まぁ、いつも簡単ではないけど。


 エルシアは慌ててベッドを抜けだすと、階段を下りて声のする部屋の前まで来た。


 もしドナヴァルトが責められていたら、いつものようにエルシアが涙を流しながら部屋に飛びこんで、ブランドンにドナヴァルトを許してもらおうと思ったのだが――。


「ドナヴァルト、いったいなにが不満なんだ」


 兄エドガルドの声。


「……今の状況を望んでいないのです」


 すると机を叩く大きな音が聞こえた。


「わがままを言うな! お前には兄を支え、プリシパル家と領地を守るという重要な役目があるのだぞ!」

「そうよ。それに、私たち家族にだってあなたが必要なのよ」


 ドナヴァルトを説得するカナリカの声がずいぶんと必死で、部屋に入るのをためらうエルシア。


 部屋の中ではドナヴァルト一人に対して、それぞれ違う表情をした三人が対峙していた。


「いえ、兄さんは私の助けなど必要としていないはずです」

「なぜそんなことを言うのだ!」


 エドガルドはドナヴァルトの言葉にひどく傷ついた顔をしている。


「兄さんは、私を嫌っていますから」

「そんなことはない! ただ……お前が、貴族としてのプライドを持っていないことが許せないだけだ」


 優秀であるにもかかわらず、貴族然としていないことが腹立たしく、恵まれた環境を手放して、わざわざ苦労する道を選ぶ弟が許せないだけ。決して嫌っているわけではない。


 しかしそんな思いをこの弟は理解する気なんてないのだろう。


「私のわがままをお許しください。私はやはり職人になることを諦めることができないのです」

「ドナヴァルト! いい加減にしなさい!」


 ブランドンの鋭い声にエルシアの肩がビクッと震える。


 これまでもブランドンがドナヴァルトを怒鳴りつけることは何度もあったが、それでもこんなにも怒りに満ちた声ではなかった。


「これ以上くだらないことを言うのなら除籍をする」

「あなた!」

「父さん、なんてことを言うのですか!」


 カナリカとエドガルドがぎょっとしてブランドンを見る。


「うるさい! 私の言うことは絶対だ! もしこれ以上、職人になりたいなんて言うようなら、お前を除籍して家族の縁を切る!」


 エルシアはドアの向こうで、ひゅっと息を飲んだ。


(お父さまはまったくわかっていないわ。そんなことを言ったらお兄さまは、その言葉を嬉々として受けいれてしまうのに!)


 エルシアはそうなる前にドナヴァルトを止めようと、部屋に入って父を説得しようとしたが、間に合わなかった。


「わかりました。私のことは除籍してくださってけっこうです」


「ドナヴァルト!」


 三人の声がほとんど同時に頑なな男の名を呼んだが、当の本人は静かに頭を下げ、踵を返した。と、部屋に飛びこんできたエルシアと視線がぶつかる。


「おにい、さま……?」

「……エルシア、ごめんな」


 ドナヴァルトはそう言うと、そのまま屋敷を出ていこうとする。


「待て! ドナヴァルト! 本気じゃないよな?」


 エドガルドがドナヴァルトの腕を強く引いて、彼の歩みを止めた。


 しかし、ドナヴァルトは瞳を揺らすエドガルドの腕を自身の腕から離し「すまない」とだけ言って部屋を出ていってしまった。


「ドナヴァルト!」

「放っておけ! あんなやつ、もう家族でもなんでもない!」

「あなた、なんてことを言うのですか! それでも父親ですか?」


 そのとき初めてカナリカは、ブランドンに対して憤慨の意思を示した。二人は結婚して二十五年以上たつがこのようなことは初めてだ。


 ブランドンはそれに驚いて一瞬は怯んだものの、ますます声を大きくする。


「うるさい! 私の決定に従わないのなら、お前たちも出ていけ! そのときはお前たちも縁を切られると思え!」

「父さん!」


 ブランドンは顔を真っ赤にして荒々しくドアを開けて部屋を出て、大きな音を立ててドアを閉め、大きな靴音を鳴らして自室へ行ってしまった。


 そのとき、すでにドナヴァルトの姿は屋敷の中にはなく、部屋に残されたカナリカとエドガルドは呆然と立ちつくしていた。


 エルシアは、兄を止めることができなかったことをかなしみ、その日から数日間泣きつづけていた。


 兄ドナヴァルトの生死もわからないまま五年。


 そのあいだ、エルシアはなにかに取りつかれたように自身を磨くことに没頭した。


 その甲斐があったと言っていいのか、社交界にデビューすると、家柄と容姿も手伝って求婚が殺到した。


 その中でエルシアが選んだのは、コルトン侯爵家の次期当主アンダーソン・トール・ステイプル。


 少々高飛車なところはあるが、美形だし、なによりエルシアにあまり関心がないことが気に入って、彼からの求婚を受けることにした。


 アンダーソンと婚約したことで、エルシアはますます注目される存在になった。彼女が身に着けるもの、彼女が好んで食べるものなど、周囲の人は常に注目をしている。そうなると、ありきたりのものを手に入れるわけにもいかなくなっていった。


 あるとき、隣国ザンブルフ王国で、とあるブティックのオーナー主催のパーティーが開かれるという情報を得た。そのパーティーは一風変わっていて、ドレスや小物をお披露目するショーも行われるとか。


 興味を持ったエルシアは、すぐに伝手を使ってそのパーティーの招待状を手に入れ、ザンブルフ王国へと向かった。


「少し遅れてしまったわ」


 初めて自国以外のパーティーに参加するため、ドレスや装飾品を入念にチェックしていたら、ホテルを出る時間が遅くなってしまったエルシア。


「まぁ、一人で参加するから少し遅れて入ったほうが目立たなくていいわね」


 婚約者のアンダーソンからは「そんなことのためにわざわざ外国に赴くつもりはない」と断られてしまったのだ。


(こちらとしてもつまらなそうな顔をして参加されるより、一人のほうがずっと気楽だけど)


 パーティー会場であるネルソン男爵邸に到着したエルシアは、緊張した面持ちで華やかな会場に足を踏みいれた。


 どうやらショーが始まったばかりのようだ。


 慌ててエルシアは席を探して辺りを見まわす。そして、空いていた一人席に座って、視線を会場の中央に向けた。


 そこには、広がりのないすらりとした黄色いドレスを着て、短いランウェイを歩く美しい女性。


 柔らかくたわむツバの広い真っ白な帽子をかぶり、手に持つ白いカラーの花束がドレスによく合っていて、上品な印象だ。 


 エルシアの隣に座る女性が溜息をついて、自身の隣に座る男性に話しかけた。


「ホルステイン侯爵夫人よ。素敵ね」

「ああ。彼女があんな色のドレスを着るのは珍しいが、よく似合っているな」


 そんな会話が聞こえる。


 次に姿を見せたのは、マーメイドラインに腰の部分に幾重も布を重ねた黒いドレスを着た令嬢。


 しかし、男性のスーツならともかく、女性はこういった場所で黒い色のドレスは着ない。なぜなら、黒は地味で暗く、華やかな場所には似つかわしくないから。


 だが、その考えは間違っていたようだ。


「素敵。黒が全然地味に見えないし、とても品があるわ。あれは刺繍? レースかしら? 銀色がよく映えていて、とてもきれいだわ」


 こんなドレスならぜひ着てみたい。それにあの小さなバッグの細かいきらめきはいったい? もしかしてガラスビーズ? それにしてはずいぶんと小さい粒だが。


(気になるわ!)


 エルシアはショーを食い入るように見つめ、数えきれないほどの溜息をついた。その興奮はショーが終わっても冷めることはなく。


「わざわざ足を運んだ甲斐があったわ」


 一人二人と席を立ち、会場が徐々にショーからパーティーへと様子を変えていっても、エルシアはその場を立つことが惜しく感じるほど、ショーの余韻に浸っていた。


読んでくださりありがとうございます。

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