美しく輝くあの人は⑧
春の日差しで熱を帯びた体に、優しい風が気持ちいい日のネルソン男爵のタウンハウス。
しかし、穏やかな外の様子とは違い、タウンハウス内は明日のパーティーの準備で、使用人たちが忙しなく動きまわっている。
屋敷の主で、パーティーの主催者であるサフィリナも、食べ物や飲み物、会場の装飾やテーブルの配置など、確認することが山積みで朝から動きっぱなしだ。それに夕方からはドレスの最終確認もしなくてはいけない。それまでに会場の準備を終わらせておきたいところ。
サフィリナは束になった紙をめくりながら、ひとつひとつチェックをしている。
「楽団は明日の午前中。外国からのお客さまは……全員ご参加いただけそうね。……花は……早朝で――」
「サフィリナさま」
真剣な顔をして紙を見つめているサフィリナに声をかけてきたのはデザイナーのレイラ。
「レイラ、準備は順調?」
「はい、皆さまに試着をしていただきましたが、問題ありませんでした。あとは小物を合わせて何回かリハーサルをしていただく予定です」
「そう、わかったわ」
サフィリナは満足そうにうなずいた。
実は今回初の試みとして、ドレスを紹介するためのパーティーを開く予定なのだ。
これまで絵画や宝石を紹介する展示会はあったが、ドレスを、しかもパーティーで紹介するのはサフィリナが初めて。
ドレスをハンガーやトレソーにかけて展示するのだが、それ以外に何人かの夫人や令嬢に新作ドレスを着てもらい、ランウェイを歩くショータイムも設けることになっている。
つまり女性たちにショーモデルになってもらうのだ。
そのため人々の関心もかなり高い。
それに、今回のパーティーはドレスをお披露目することだけが目的ではない。
実は、ショーモデルを務める女性たちが身に着ける予定の靴やアクセサリー、バッグや帽子などの小物類は、質やデザインはいいのに知名度が低いせいで手にとってもらえないブランドばかり。
それを惜しいと思ったサフィリナは、それらを女性たちに身に着けてもらい、その素晴らしさを紹介したいと考え、各企業に参加を呼びかけた。
企業にしてみたら、サフィリナが関心を持ってくれたことだけでも意味があるのに、多くの人の目に触れるチャンスを得ることができるのだから、参加しない理由はないし、それによりサフィリナやほかの企業とつきあいができるのなら願ったり叶ったり。
企業は、即座に参加を快諾した。
(初めてのことばかりだからもっと混乱をするかと思ったけど、いい感じだわ)
サフィリナは手際よく作業を進めていく使用人たちの様子を、満足そうに見ている。
そんな中、やることもなくプラプラしているのはドナヴァン。
「ドナ」
「やぁ、サーニャ」
なにか手伝うことはないかと思ってウロウロしてみたが、使用人たちのほうがドナヴァンよりよほど手際がよく、あまり役に立てなかったため、部屋に戻ろうとしているところだそうだ。
(ドナは落ちつかないみたいね)
その理由は、明日のパーティーに出席しなくてはならないからだろう。
実は、アンティオークの商品が広く知られるようになると、紡績機や織機にも注目が集まるようになり、それらを作った職人とぜひ話がしたいという声が多く聞かれた。
そのため、パーティーにドナヴァンも出席することになったのだが、ドナヴァンから参加の同意を得ることは簡単ではなく、なにかと理由を付けて返事を渋っていたのをどうにか説得したのだ。
王妃主催のパーティーの際には、パートナーを快く引きうけてくれたのに、なぜ今回はあれほど頑なにいやがったのかはわからないが。
「一日だけ頑張ってちょうだい」
「わかっているよ。サーニャに恥をかかせるわけにはいかないからね」
なんて言ってサフィリナを抱きしめているが、サフィリナにしたら、それならダダをこねずに素直に参加してくれればいいのに! と言いたいくらいなのだけど。
「サーニャ、明日頑張ったらデートをしないか?」
「デート?」
「ああ、最近まったく二人で過ごしていないだろ?」
言われてみれば、明日のために忙しく動きまわっていて、ドナヴァンと一緒に出かけたのがいつなのか思いだせないくらいだ。
「いいわ、そうしましょう」
「よし」
ドナヴァンはぱぁっと顔を輝かせた。
うん、うれしそう。
二人のやりとりをこっそり盗み見していた使用人たちが、心の中で呟いた。
儚げで守ってあげたくなる雰囲気を持つサフィリナと、知的で頼りになるドナヴァン。
二人の関係を知らない人が見たら、彼らの人柄をそんなふうに判断するのだろう。が、実際はしっかり者のサフィリナが、マイペースで甘えたがりが見え隠れするドナヴァンをコントロールしていて、外見の印象とは少々異なる。
しかし二人の交際は極めて順調。
使用人たちも、二人の仲睦まじい姿には見なれてしまっていて、少しくらいイチャイチャしていてもまったく気にしない。
むしろ、いつドナヴァンがプロポーズをするのか? のほうが気になっていて、ドナヴァンが久しぶりに屋敷にやってきたこの機に、しっかりしろと発破をかけたいくらい。
だいたいドナヴァンはのんびりしすぎなのだ。
二人が恋人関係にあると知っていても、サフィリナに求婚してくる男性があとを絶たないというのに、いまだに将来の約束さえしていないなんて。
誰かに奪われてもいいのか? それともなにか? サフィリナが自分から離れていくことなんてない、と高を括っているのか? 甘い! 乙女心は秋の空!
なにがあるかわからないのが人生だ。
キラリと鋭く瞳を光らせた使用人たちは、互いに目を合わせて無言でうなずいた。
パーティーが終わって落ちついたら、ドナヴァンを呼びださなくては!
なんて、意志疎通をしている使用人たちに、気が付かないサフィリナとドナヴァン。
「じゃあ、俺は部屋に戻るよ。皆の邪魔をしたくはないからね」
「ええ、わかったわ」
ドナヴァンは機嫌よく階段を上っていき、サフィリナはその背中を見おくって、再び手にした紙に視線を落とした。
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