美しく輝くあの人は⑦
後日、マニシャに対して無礼を働いた令嬢たちや、ジュエルスに絡んだ子息たちの家に、ホルステイン侯爵家、バートン伯爵家から抗議文が送られた。それにより、彼らはもちろんその家族も、社交界で肩身の狭い思いをすることになるだろう。
また、先日のパーティーでアンティオーク・シークレットのドレスを身にまとい、サフィリナと共に登場したマニシャは、これまでとは違う意味で話題の人となった。それにより、マニシャとその周囲の人たちとのあいだにいろいろな変化が生まれた。
まず、マニシャに対するいやがらせが大幅に減った。完全になくなったわけではないが、いずれそれもなくなるだろう。また、マニシャと距離をとっていた人たちが、少しずつマニシャと言葉を交わすようになった。これまでの無礼に謝罪をしてくる者もいて、そのたびにマニシャは瞳に涙を浮かべていた。
マニシャ自身も変化する努力をした。一番手っ取り早いのが見た目だ。これまで目立たないようにと、落ちついた色のドレスを着て、化粧も極力薄くしていたが、それをやめた。
背筋を伸ばし、口角を上げて、しっかり声を出すよう心掛けた。相手の目を見て話しをするようになり、自分が至らないことを隠さず、理解を求め、謝罪をして教えを乞い、その立場にふさわしい人間になるべく努力をしたのだ。
もちろんそんなマニシャを誰もが受けいれたわけではない。己の不足を補うための努力は、陰ですることこそが美徳とする人たちもいるのだからそれは仕方がない。しかし、そうではない人たちはマニシャの努力を認め、助けることをいとわなかった。
「サフィリナさまのおかげです」
王都にあるネルソン男爵邸の応接室。
サフィリナの向かいに座るマニシャは、かわいらしく笑った。
人の力を借りろと助言をしてくれたのはサフィリナだった。完璧なケイトリンと少し頼りないマニシャ。そんなデコボココンビでもいいではないですか、と背中を押してくれたのだ。
しかしサフィリナは首を振る。
「マニシャさまの努力のたまものですよ」
明るく人懐こい本来の姿を取りもどしはじめると、距離のあった人たちもマニシャを色眼鏡ではなく、人柄で見てくれるようになってくれたという。
「エルとの関係も、ずいぶんよくなりました」
出あって結婚をしたときの、なにもしがらみがなかったあのころよりもずっと。
「私だけが苦しんでいると思っていたんです。住む世界が違うとか、欲張った罰だとか、そんなことを考えると本当につらくて。だけどそれを口にしたら、捨てられるんじゃないかって不安になって」
しかし、それはジュエルスも同じだった。記憶を取りもどすたびに混乱をして、後悔をして。だけどそれを口にすればマニシャをかなしませてしまう。両親に苦しい思いをさせてしまう。だからなにも言わずに、一人で抱えこんでいた。
「今は、言いたいことを言うようにしています。一昨日は喧嘩もしました」
「まぁ」
それにはサフィリナも驚いたようだ。
「私、きっと完璧な侯爵夫人にはなれないと思います。でも、侯爵夫人っぽくはなれると思うんです。それでいいかなって」
マニシャはそう言って笑う。
「そうですね。それでいいと思います。誰だって完璧にはなれませんから」
サフィリナも笑った。
「ありがとうございます。私が前向きになれたのはサフィリナさまのおかげです。それなのに、私はサフィリナさまに本当にひどいことを……」
「マニシャさま。それについては謝罪をいただいていますし、もう終わりにしようと約束したではないですか」
「は、はい。すみません」
マニシャは、指輪を捨ててしまったこと、ジュエルスを奪われたくなくてサフィリナを傷つけたことを正直に話し、涙ながらに謝罪をした。その事実を知って、やっぱりつきあいは断る、と言われれば本当に残念だが仕方がない、と覚悟をして。
しかし、サフィリナは「正直に話してくれてありがとうございます。これで私たちはもっと仲良くなれますね」と笑ってくれた。このときすでにサフィリナに敬愛の念を抱いていたマニシャは、サフィリナの懐の深さにますます心酔したのだ。
ドアをノックする音がした。サフィリナが入室を許可すると、侍女のリリが顔をのぞかせる。
「バートン伯爵が奥さまをお迎えにいらっしゃいました」
「あら、もうそんな時間なのね」
サフィリナがそう言って時計を見ると、午後三時を過ぎていた。
「サフィリナさま、楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ。また遊びにいらしてくださいね」
「もちろんです」
外に出ると、ジュエルスが馬車の前に立って待っていた。
「お待たせ」
「もう少しゆっくりいらしてもよかったのですよ」
マニシャがそう言うと、ジュエルスがハハハと笑う。
「楽しい時間を邪魔してしまって悪かったね」
マニシャにそう言って、それからサフィリナに視線を向けた。
「サフィリナさま、妻のために時間を作ってくれてありがとう」
「とんでもない。私もマニシャさまが遊びに来てくださるのを楽しみにしているのですから」
「それはよかった」
ジュエルスはそう言って横に立つマニシャと見つめあい、微笑みあう。
「では、帰ろうか?」
「ええ」
二人は馬車に乗りこむと、サフィリナに手を振ってその場をあとにした。
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