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美しく輝くあの人は⑥

 パーティー会場は先ほどと変わらず賑やかだ。


 ジュエルスが周囲を見まわすと、自身の両親と前ペリエティ公爵夫妻が談笑している。しかしマニシャの姿はない。


 ふと、急に会場の一部からざわめきが聞こえ、人々が同じ方向へ視線を向けていることに気がついて、ジュエルスもそちらに視線を向ける。

 

 次第に人々が道をあけるように二手にわかれ、そこからすっと姿を現したのは、真っ青な美しいドレスに身を包んだ、見なれているはずの見なれない女性。


「え……? マニシャ……?」


 どうなっているのだ? あのドレスは? 彼女が着ていたのはベージュ色ではなかったか? もしかして、これが彼が言っていた魔法か?


 いくつも疑問符が浮かぶが、なにひとつ答えは出てこない。


 しかし、真っ青なドレスは彼女にとてもよく似合って、化粧は普段よりずいぶん濃く施されているがまったく違和感なく、ドレスに合わせて変えた髪型のせいか、ジュエルスが知るマニシャよりぐっと大人っぽく見えた。


 そして、彼女の手をとって一緒に歩いているのはサフィリナ。


 サフィリナは、マニシャを気遣うように寄りそい、ときどきマニシャに話しかけ、二人は楽しそうに笑いあっている。


「もしかして……あなたの連れというのは」

「ええ、サフィリナですよ」


 黒髪の男は、優しい笑みを浮かべてサフィリナを見つめる。


 ケイトリンとセージが二人のもとに向かっているのが見えた。


 前ペリエティ公爵夫妻、現公爵アレクサンドロや弟のマシュート。ほかにも見しった人たちが二人を囲んでいる。


「我々も行きましょうか?」


 黒髪の男もそう言って彼女たちのもとに向かった。


「え、ええ――」


 急く心とは裏腹に、ジュエルスの脚はゆっくりと一歩一歩確かめるように進んでいく。鼓動は大きくとても速い。


 信じられない光景を目にして、それでも信じられず、二人の姿から目を離すことができずにいると、涙がこみ上げて視界がぼやけ、慌ててうつむいてごまかした。


 顔を上げると、視線の先に黒髪の男に笑顔を向けているサフィリナ。その隣で、マニシャがジュエルスを見て微笑んでいる。


 あんなに緊張していた彼女からは、想像できない柔らかい笑顔だ。


「ドナ、どこに行っていたの?」


 サフィリナは、黒髪の男にかわいらしい顔をして聞いた。


「ああ、彼と会ってさ」


 そう言ってジュエルスのほうを見る。サフィリナもジュエルスを見てそれから変わらぬ笑みを見せた。


「バートン伯爵、お久しぶりです」

「……お久しぶりです、ネルソン男爵」

「勝手に大事な奥さまを連れだしてしまったことを、お詫びいたします」

「いえ、とんでもない。それで、彼女が着ているドレスは?」


 ジュエルスはそう言って、再びマニシャに視線を向けた。


「いかがですか? 当店の新作です。奥さまによくお似合いでしょう?」

「ええ……とてもよく似合っています。すごくきれいです」


 マニシャ自身も、いつもと違う自分の姿に少し自信がついたのか、堂々として見える。


「こちらを、奥さまにプレゼントさせていただきたいと思っていますの」


 サフィリナがそう言うと、様子を見ていた周囲の人々からざわめきが。二人のあいだに親交があったことに驚いているのだろう。


 実際にはまったく親交などなかったが、それは昨日までのこと。


 この調子で三人のあいだにまったく遺恨がないことをアピールしつつ、店や商品をしっかりと宣伝していくつもりだ。


「これからもごひいきにしていただけるとうれしいですわ、マニシャさま」


 サフィリナがそう言うとマニシャもニコッと微笑む。


「こちらこそ、これからも仲良くしてくださいませ」


 サフィリナは心の中でぐっと拳を握った。その調子です、マニシャさま、と。


 過去の出来事によってできあがった高い壁を取りはらって、いい関係を築いていきたいと思っているのが、今の二人の素直な気持ちだ。


 それに、二人の関係が良好であることを周囲に知らしめることで、マニシャに付けられた『人の夫を略奪した卑しい平民女』という印象はかなり変わってくるはず。


 サフィリナにしても『平民に夫を取られた惨めな女』――なんてことを言う人は、今ではほとんどいないが、未来の侯爵夫人と親しくすることで、店や商品の価値がさらに上がり、ドレスを着てもらうことで宣伝効果も生まれ、いいことしかない。


「本当にこんな日が来るなんて、夢みたいよ」


 ケイトリンは瞳に涙を浮かべて、サフィリナとマニシャの手をとる。


 普通に考えればこんな場面なんて誰も想像できないだろう。しかし、目の前の若い二人は勇気を持って歩みより、こうしていい関係を築こうと努力している。


 もしケイトリンにこんなことができるかと聞かれれば、首を横に振ってしまうことだし、サフィリナとジュエルスの離縁だって、自分に置きかえれば、到底受けいれられることではなかったはずだ。


「私もこうして手をとり合えることを、心からうれしく思っています」


 サフィリナの言葉にマニシャも「私もです」とかわいらしく微笑んだ。


 三人の様子を見ていた周囲の人たちからは笑顔が生まれ、一方では悔しそうに顔をゆがめ、もしくは顔を青くしている。先ほどの三人の令嬢は――逃げるように会場を出ていった。


「あなたは彼女の……」


 サフィリナたちの様子を、少し離れた所で見ていたジュエルスは、同じく微笑ましげに様子を見ているドナヴァンに声をかけた。


 ドナヴァンは振りかえり、ニコッと笑う。


「サフィリナは私の恋人です」

「そうでしたか」


 彼女が自分の幸せをつかんでいることにホッとして、思わずドナヴァンに頭を下げた。


「こんなことを言える立場ではありませんが、彼女をよろしくお願いします。とても……大切な友人なんです」

「あなたの父上からも同じことを言われました」

「え? 父からもですか?」

「心配しなくても、私は彼女を幸せにしますよ」


 ドナヴァンに言われて、ジュエルスは少し苦笑いをした。


「ああ、そうそう。ちゃんと奥さまと向きあってしっかり話しあったほうがいいですよ」

「……っ」


(今日初めて会った人にこんなことを言われるなんて。……本当に間抜けだな、俺は)


 心の中で乾いた笑いをこぼしたジュエルス。それと同時に、ジュエルスの心を覆っていた霧がすっと消えていく。


「そうですね。そうしようと思います」


 ジュエルスはすっきりした表情でドナヴァンの言葉にうなずいた。


「……まぁ、俺も偉そうなことを言える立場ではないけど」


 ドナヴァンの小さな独り言は、ジュエルスには聞こえなかった。


「さて、そろそろうちのサーニャはお疲れのようだ」


 ドナヴァンがそう言って歩きだすと、その背中にジュエルスが声をかけた。


「近く、ネルソン男爵に会いに行ってもいいでしょうか? ちゃんと彼女に謝りたいのです」


 ドナヴァンは振りかえってジュエルスと目を合わせ、小さくうなずく。


「ええ、彼女がいいと言えば私はかまいませんよ。二人の問題に首を突っこむ気はありませんので。またお会いしましょう」


 そう言って手を振ったドナヴァンは、サフィリナの横まで行ってひと言ふた言言葉を交わすと、人々の輪からサフィリナを連れだし、会場を出ていってしまった。


 いったいどんな言葉で彼女を誘いだしたのか、彼らを見おくる周囲の人たちも一様にニコニコしている。


(いったい彼は……)


 見たことのない顔だから貴族ではないだろうが、それにしても……。


「エル」


 真っ青なドレスを揺らしてマニシャがこちらに向かってきた。うつむき気味だった顔を上げ、微笑む笑顔からは自信さえ感じさせる。


 彼女はこんなにも堂々とした人だったか、と改めてマニシャのことを知った気分だ。


「マニシャ、とてもきれいだよ」


 ジュエルスはそう言ってマニシャを抱きよせる。


「サフィリナさまが、私に勇気をくれました」

「そうか」


 マニシャはジュエルスの背に腕を回した。


「私、あなたとちゃんと話がしたいわ」

「俺も、君とちゃんと話がしたい」


 その言葉にマニシャが顔を上げた。


「気が合うわね」

「そうだな」


 そう言って互いに笑いあった。


読んでくださりありがとうございます。

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