美しく輝くあの人は⑤
ジュエルスが険しい顔をして早足で廊下を進んでいる。ふと視線の先に三人の令嬢がこちらに向かって歩いてきていることに気がついて、さらに足を速めて令嬢たちのほうへと歩みを進めた。
「失礼」
ジュエルスに声をかけられて、令嬢たちは一瞬慌てた様子を見せたが、赤いドレスの令嬢がほかの令嬢たちより一歩前に出て膝を折った。
「バートン伯爵、初めてごあいさつをさせていただきます。私は――」
「すまないが、今は急いでいて」
「あ、申し訳ございません」
あいさつを止められた赤いドレスの令嬢が顔を赤くしてうつむいた。
「私の妻を捜しているのだが、どなたか見かけてはいませんか?」
その言葉に令嬢たちは互いに目を合わせる。
「奥さまでしたら、ずいぶん前にあちらに歩いていかれましたが」
黄色いドレスを着た令嬢がそう言って、西のほうを指さした。
「西側にも休憩室がありますから、そちらに向かわれたのではないかと存じます」
それを聞いてジュエルスが眉間にしわを寄せる。
「そうでしたか。では、そちらに行ってみます。教えてくれてありがとう」
ジュエルスはそう言うと踵を返して、西側にある休暇室へと向かった。
「なによ……! あんな女のなにがいいのよ!」
令嬢たちは悔しそうに遠くなる背中を見つめていた。
早足で令嬢が言っていた休憩室に向かうジュエルスの顔が、焦りでゆがむ。
西側の休憩室はパーティー会場からは少し離れていて、あまり利用者がいないため、いかがわしいことに使われて問題になったこともある場所だ。
そのためそちらの休憩室は使わないように、とマニシャに伝えておいたし、マニシャもわかっていると言っていたのに、まさかそちらに行ってしまうとは。
(慣れない場所で間違えてしまったのか)
「クソッ」
休憩室に行くと言って会場を離れてから、ずいぶん時間がたっている。それなのになかなか戻ってこず、変なことに巻きこまれていなければいいのだが、と心配をして捜しまわっているジュエルスは、先ほどのマニシャの元気のない様子を思いだして舌打ちをした。
今日はどんなことがあっても、マニシャから離れるべきではなかったのに。
サフィリナを目にして、マニシャは動揺してしまったのかもしれない。彼女を見つめるジュエルスを見て、不安になってしまったのかもしれない。
(なんでそれに気がつかなかったんだ)
サフィリナが頑張っていることは知っていたし、彼女とは離縁して以来会っていなかったから、久しぶりに彼女の姿を見て、懐かしい思いがこみ上げたのは確かだ。ロイヤル・パープルのドレスを作った事実に驚いたのも確かだ。
でも、自分の内から溢れたものは恋情ではない。友人の活躍がうれしかっただけ。自分よりずっと前に進んでいるサフィリナが眩しかっただけだ。
そしてその瞬間、自分のサフィリナに対する感情がはっきりわかった。もう、彼女に対して昔のような感情はないのだと。
しかし、ジュエルスの気持ちを知らないマニシャは、サフィリナを見つめるジュエルスをどんな気持ちで見ていただろうか?
自分が不甲斐ないばかりに、マニシャにつらい思いをさせ、どんどん思いつめていく彼女に寄りそうこともできず、挙句にこれだ。
「マニシャ……すまない」
心が急き、ジュエルスの足が速度を上げる。が、そんなジュエルスの足を止めさせたのは、向かう先からこちらに向かってきた二人の男性。
二人はジュエルスの前に立ちはだかり、進路を塞ぐような形になった。
「おや、バートン伯爵、どちらへ?」
どこかで見たことがあるな、と二人の男の顔を見ながら記憶をたぐるが思いだせない。
しかし、わざと道を塞ぐように立つ二人には、なにやらジュエルスに対して浅からぬ恨みでもあるようだ。
「妻を捜していましてね」
「ああ……男爵令嬢から乗りかえた平民女ですか」
一人の男がニヤニヤと気持ちの悪い顔をしている。
「別の女と子ども作って正妻を追いだすとか、やることがえげつないですよ、伯爵」
もう一人の男も口角をゆるめ、ぷっと吹きだしている。
「本当、いい趣味してるよな」
酒に酔っているのか顔を赤らめ、下卑た笑みを浮かべた男たち。
「なにが言いたい?」
「なにが言いたい? だってよ。あんたおもしろいな」
そう言って二人は声を上げて笑いだした。
「なにがおかしいんだ?」
「だってよぉ、クローディアを突っぱねて冴えない女と結婚をしたと思ったら、そいつも追いだして、卑しい平民女とのあいだに子どもを作ったんだぜ。笑うしかないだろ。なぁ」
男が隣の男に同意を求めると、相手の男も楽しそうにうなずいた。
(ああ、なるほど)
クローディアの取り巻きだったか。
「私のことをなんと言おうとかまわないが、妻を侮辱するのはやめてくれないか?」
「は? 平民だろ?」
「彼女は伯爵夫人で、未来の侯爵夫人だ」
握りしめる手に力を入れて怒りを抑え、平静を装うジュエルスのこめかみに血管が浮かぶ。
「卑しい平民から侯爵夫人か。女は楽なもんだぜ。体で男を陥落させりゃあ侯爵夫人になれるんだからな」
「あんたも気楽でいいよな。好き勝手しても爵位が転がりこんでくるんだからよぉ」
「羨ましいなぁ」
「あ、でも女の趣味は悪いと思うぜ」
「確かに、ハハハハハ」
男たちがそこまで言ったところで、ジュエルスの怒りが我慢の蓋を外した。
ぐっと男たちに詰めより、一人の胸倉をつかみ、振りあげた右手を思い切り振りぬく。
酔った男はまったく反応できずに左の頬を殴られ、口からなにかが飛んでいった。
「お、お前――」
もう一人の男が慌ててジュエルスにつかみかかろうとした、そのとき。
「こんな所でなにをしている」
ジュエルスの背後から声がして、男の動きが止まった。
「まさか宮殿内で喧嘩か? こんな日に騒ぎを起こして、陛下や王妃殿下の耳にでも入ればただではすまないぞ」
少し鋭い口調の声の主は、長身で黒髪の男。見たことのない顔だ。
黒髪の男は、ジュエルスに殴られてぐったりしている男をチラッと見て顔をしかめ、それからその連れを見た。
「誰かに見られる前にここを離れたほうがいいんじゃないか。……君の連れは、粗相をしているようだしな」
殴られた拍子なのか倒れこんだ拍子なのか、男は失禁してしまったようだ。
「な、なにやってんだよ」
「ク、クソ……」
失禁した男が顔を赤くして、慌てて立ちあがる。
「酒はほどほどにしたほうがいい。このことを黙っていてほしかったら、彼に余計なちょっかいをかけないことだ」
黒髪の男が言うと、男たちは苦虫を潰したような顔をして、逃げるようにその場から立ちさった。
「……」
ジュエルスは二人の後ろ姿を見て、それから黒髪の男のほうへ向きなおる。
「ありがとうございます。我を忘れて事を大きくしてしまうところでした」
そう言って頭を下げた。
「ああ、気にしなくていいですよ。私はあなたのことを捜していたので」
「え? 私を?」
黒髪の男がうなずく。
「あなたの奥さまは、私の連れと一緒にいるので心配しなくていい、と伝えようと思いましてね」
「あなたの? それは……」
「あなたが最も信頼できる友人です。とりあえず会場に戻りましょう」
そう言って黒髪の男は踵を返して歩きだす。
「待ってください。あの、妻は……」
「きっと素敵な魔法にかかった奥さまに会えますよ」
そう言って男はスタスタと会場のほうへと歩いていく。
ジュエルスは顔をわずかにゆがめながら、男のあとに付いて会場へと戻った。
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