美しく輝くあの人は③
しばらく歓談を楽しんだところで、国王とパーティーの主催者である王妃テレシアの入場が伝えられた。
人々は一斉に期待した視線を王族専用の扉に向ける。
実はこのパーティーで、王妃テレシアが『なにか』をお披露目する、という話は聞いているが、それがなんなのかは知らされおらず、その噂の『なにか』は、いつ目にすることができるのか? と人々は、大きな期待を持って国王夫妻の登場を待っていたのだ。
そして十分に人々の視線を集めたところで、王族専用の扉が開き、そこに現れた国王夫妻の姿にどよめきが起こる。
ジュエルスも国王夫妻を見た瞬間に目を見はった。
王妃テレシアが身にまとったドレスは、体にぴったりと沿ったマーメイドライン。腰の部分にはリボンがあしらわれていて、柔らかいレースが華やかさを演出し、全体に美しい刺繍が施されていてとても豪奢だ。
しかし、その美しく豪奢なデザインより人々が驚いたのはドレスの色。
「紫色のドレス? もしかして、ロイヤル・パープル……?」
青みがかった深い紫色は、高貴な者だけが身に着けることを許された色で、権威の象徴。
しかし、唯一ロイヤル・パープルを作りだす知識と技術を持っていたトレイアル王国が滅亡したことで、その色は永遠に失われたと言われていたのに。
「今日は忙しい中、こうして集まってくれたことに感謝します」
本日のパーティーの主催者である王妃が声を発すると、男性は胸に手を当てて小さく頭を下げ、女性はカーテシーで返した。
「そして、誰も成しえなかったロイヤル・パープルの再現に成功し、本日のパーティーに花を添えてくれた、ネルソン男爵サフィリナ・ナーシャ・ラトビア、並びにマックトン・シルビ・ペスマン。あなた方の功績は、言葉では言いつくせないほど素晴らしいものです。ロイヤル・パープルを再現したという事実は歴史に深く刻まれ、その名は後世まで語りつがれていくことでしょう。これからも国の発展のために尽力してくれることを願っています」
サフィリナとマックトンの名が出ると、人々は彼らに視線を集中させた。
サフィリナは深く膝を折って美しいカーテシーでそれに応え、マックトンは胸に手を当てて頭を下げている。
「ということは」
「やはり、ネルソン男爵があのドレスを?」
「マックトン・シルビ・ペスマンってビンガムトン王国の?」
「彼は染色の第一人者ではなかったか?」
そんな声があちこちから聞こえる。
「では乾杯をしよう」
国王がグラスを上げると、招待客もそれに倣ってグラスを上げた。
それぞれがグラスを傾けパーティーが始まると、サフィリナとマックトンは一斉に人々に囲まれた。
「……リナ」
その様子を離れた所で見つめるジュエルスの表情は――。
マニシャがそれを確認しようとおそるおそる顔をあげると。
「……っ」
(エルはあの人のことを諦めきれていない)
ジュエルスはサフィリナを今でも愛し、生涯ただ一人と誓った幸せな時間を自ら手放してしまったことを後悔し、今も切なげに彼女を見つめている。隣にマニシャがいることなんてすっかり忘れて。
(きっと、今私がいなくなっても、エルは気がつかない)
あの小さな村で、二人手を取りあって過ごしていたころ、ジュエルスは間違いなくその熱っぽい瞳を自分に向けてくれていた。
あのころは手にした幸せが永遠に続くと思っていた。こんなふうに、誰かに嫉妬をして苦しむときが来るなんて思いもしなかった。
(やっぱり……)
マニシャがジュエルスを見つめても、彼はマニシャの視線に気がついてはくれない。だから腕を引いて声をかける。
「エル」
「え?」
少し驚いた顔をしてマニシャを見たジュエルス。
「私、ちょっと化粧を直しに行ってくるわ」
「ああ、そうか。わかった。でも西側の――」
「わかっているわ……!」
「そうか……」
「大丈夫よ。……子どもじゃないんだから」
マニシャはぎこちない笑顔を残し、その場を離れた。
迷いながらようやくたどり着いたのは、女性専用の休憩室で、ダンスで疲れた足を休めたり、化粧を直したり、ちょっと談笑したり、酒を飲んだり、と多目的に使われるため人の出入りも多い。が、今はパーティーが始まったばかりということもあって、マニシャ以外に利用している人はいない。
マニシャは柔らかいソファーに深く腰を下ろした。そして大きく息を吐く。
モニカの「胸を張ってジュエルスさまの横に立ち、前へ進むべきです」という言葉に勇気をもらって挑んだパーティーだったが、あっさりと玉砕してしまった。
会場の中心にいたサフィリナは輝いていた。ジュエルスとの別れなどひとつの通過点にすぎないのでは? と思ってしまうほど鮮やかに過去を捨て、事業を成功させ王妃の信頼を手に入れている。
彼女から奪った夫も、結局彼女に心を奪われて。
「なんて惨めなの」
マニシャは両手で自分の顔を覆って息を吐いた。
できることなら帰ってしまいたい。
だって会場に戻れば彼女がいる。彼女を見つめる夫がいる。彼女とマニシャを比べる人がいる。恥知らずと目で語り、卑しい盗人と嗤う人がいる。
怖い。苦しい。逃げだしたい。
「私はこんなこと望んでいなかった」
どんどん落ちていくマニシャの弱くなった心は、その場から立ちあがる勇気を奪っていく。
ただなにもせずこの場に居すわり、時間が過ぎるのを待つことができればどれほど救われるか。
「でも、エルが心配してしまうわね」
もし、ジュエルスがここまで迎えにきてくれれば。そうすれば、この部屋を出ていく勇気が湧くかもしれないのに――。
すると侍従の声がして、ノックもないままドアが開いた。入ってきたのは華やかに着かざった三人の令嬢たち。
「まぁ、先客がいらっしゃったのですね。まだ誰も来ていないかと思いましたわ」
そう言って令嬢たちは慣れたように、マニシャの向かいや横に座り、侍従に飲み物を持ってくるように指示している。
(ほかにも席はたくさんあるのに……)
なぜ、わざわざマニシャの近くに座るのだろう。
「初めてお会いする方ね」
侍従が部屋を出ていったのを確認して、黄色いドレスを着た令嬢がマニシャに声をかけた。
「わ、私、マニシャ・マホロア・ロジカと――」
「ああ、ジュエルスさまの後妻の?」
マニシャの言葉を遮ったのは真っ赤なドレスを着た令嬢。
「ああ、あの平民の?」
「まぁ、この人が?」
二人の令嬢は扇で口元を隠してクスクスと笑いあう。
「その伯爵夫人が、なぜお一人でこの場所に?」
「あ、あの」
赤いドレスの令嬢は名乗ることもなく言葉を続けた。
「サフィリナさまからジュエルスさまを奪って、さぞいい気分でしょうね」
「……っ」
(また、それ……)
もう、何度同じことを言われたことか。マニシャは震える唇をぐっと結んだ。
「平民のくせに」
「……っ!」
顔を真っ青にして、震える手を強く握りしめてうつむく。
すると部屋をノックする音。
「どうぞ」
令嬢の一人がそれに応えると、侍従が赤ワインを持って休憩室に入ってきた。
「ありがとう」
令嬢たちがそれぞれ赤ワインを受けとると、侍従はチラッとマニシャを見て、それから部屋を出ていった。
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