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美しく輝くあの人は①

 一か月後に迫った王妃テレシア主催のパーティーは、サフィリナにとって特別なものとなる。


 なぜなら、その日に披露するドレスは、フルディムから引きついだ夢と、マックトンの研究の成果を形にした特別なもので、間違いなく人々から注目をされる素晴らしいものだからだ。


 そして、その特別なドレスを身にまとうのは王妃テレシアだ。


「レイラ、作業は順調?」


 縫製工房の一室で、特別なドレスを仕立てているのは、従業員の針子とデザイナーのレイラ。


「あと二日で仕上がる予定です」


 今作っているドレスはテレシアが着用するため、ファイネルコットンではなく絹で作られている。


 もとより、今回注目されるべきは染料であって布ではないのだから問題はない。


 それにやはりいいものにいいものをあわせれば、さらにいいものができあがるというものだ。


「染めた色と布の艶が合わさって本当に美しいです」


 絹の柔らかい手触りを生かしてマーメイドラインにすることが決まっている、王妃テレシアのドレス。


 さてどんな仕上がりになるのか、今から楽しみだ。


「サフィリナさまのドレスも仕上がっていますよ」


 そう言ってレイラが出してきたのは、真っ青なドレス。


 オフショルダーで裾に向かってフレアが華やかに広がり、全体に濃紺の糸で大きな刺繍を施し、布を重ねてひだを強調した珍しいデザイン。


 ウエスト部分には細かくカットを入れた、いくつものクリスタルがきらめいている。


「まぁ、本当に素敵ね」


 サフィリナはうっとりと溜息をついた。


「ありがとうございます。それと、こちらが予備のドレスです」


 そう言ってレイラが予備の黒いドレスを指さした。


 黒地のビスチェには白い糸で美しい刺繍が施され、スカート部分は白地の布に黒のオーガンジーを幾重にも重ね、上品さと華やかさを演出している。前の部分が短くなっているのが特徴的だ。


「こちらも素敵だわ」


 黒というのがまたいい。黒は不幸があったときに着ることが多いことから暗い印象があり、女性にはあまり好まれないが、実際には洗練されていてとても上品だ。


「ありがとうございます」


 どちらも素敵だが、サフィリナの好みとしては黒いドレス。しかし、やはり青いドレスを選ぶほうが無難だろう。


 なぜなら青いドレスには、ファイネルコットンがたっぷり使われているのに対して、黒いドレスはオーガンジーと刺繍がメインのため、ファイネルコットンは使っていない。


 ブティックと商品を宣伝するなら青いドレス一択。


 しかし、レイラの考えは違うようだ。


「ファイネルコットンにこだわる必要はないと思いますよ。すでに、アンティオークの商品は広く周知されていますから」


 サフィリナが黒いドレスに惹かれていることに気がついているのだろう。


「フフフ、ありがとう。でも、やっぱり私は青を着るわ。だってとても素敵だもの」


 サフィリナはそう言ってニコッと笑った。


 翌日、久しぶりにドナヴァンの家に足を運んだサフィリナ。


「サーニャ!」


 設計図と睨めっこをしていたドナヴァンが、少し乱れた髪と、しわの寄ったシャツでサフィリナを出むかえた。


 しかし、サフィリナのしかめた顔を見て「はいはい」と首をすくめ、踵を返して浴室に向かう。


「まったく……」


 少し目を離すとこれだ。


 ドナヴァンは作業に夢中になると時間を忘れてしまうし、食事を取ることも忘れてしまう。体を清めることなんて頭の片隅にも浮かばない。


 そのため、エリスが毎日口うるさく声をかけて、食事をさせたり、体を清めさせたりしている。


 その甲斐もあって、最近はずいぶんまともな生活リズムになったようだが。


「でも、結婚してもこんなことだったら困るわ……」


 そこまで口にしてはっとする。


(やだ、私ったら。べつに私たちは結婚を約束したわけでもないのに)


 恋人関係になった二人だが、将来のことを話しあったことはない。


(ドナはどう思っているのかしら?)


 今の関係でも十分幸せだし、将来を約束してほしいなんて思ってもいない。


 それに、いまだにドナヴァンは自分のことをほとんど話さない。家族のことだって、前に妹と兄のことを聞いて以来まったく聞いていないし。


 しかし、二人が結婚をすることになれば、家族になにも言わないというわけにもいかないだろう。それでも、詮索しないでくれと言うのだろうか?


(そうだとしたら、私はドナにとってかなり都合のいい女ね。秘密を黙認しろということなのだから)


 べつに無理やり聞きだそうなんて思っていないし、秘密を抱えているから信用できないなんてこともない。ドナヴァンはドナヴァンだ。


 でもやっぱり、この関係はなにかの拍子に崩れてしまう脆さを抱えていて少し不安になる。


 そんなことを悶々と考えていたところ、体を清めたドナヴァンが手に箱を持ってサフィリナのもとへやってきた。


「お待たせ」


 白いシャツに黒いズボン。伸ばしっぱなしの髪は無造作に束ねられているが、適当に拭いているせいで毛先から水が滴っている。


(本当に手がかかる)


 なんて心の中で呟きながら立ちあがって、イスに座ったドナヴァンの後ろに立ち、肩にかけてあるタオルを手にし、結わいた髪をほどいて髪を拭きはじめたサフィリナ。


 そのあいだ、ドナヴァンはされるまま大人しくしている。


「ありがとう」


 ドナヴァンの声が楽しそうだ。


(ドナはわざと髪を拭かないのよね)


 サフィリナに髪を拭いてもらうことが好きらしく、ひどいときはまったく拭かずに、髪からボタボタと水を垂らしてニコニコしている。


 まぁ、そんな彼も嫌いじゃないけど。


 ドナヴァンの髪を拭いたサフィリナがイスに座ると、エリスがお茶を二人の前に置いた。それに、レーズンや柑橘のドライフルーツと砂糖、スパイスを巻きこんで型に敷きつめて焼き、シロップをかけたパン。


 ドナヴァンの朝食に用意されたものだが、すでに正午を過ぎていて、ティータイムの時間だ。


 二人に気を利かせてエリスは別の部屋に移動し、二人きりになったところで、ドナヴァンが抱えてきた箱をサフィリナの前に置いた。


「これは?」

「プレゼント」

「え? 私に? なにかしら?」


 サフィリナは頬を緩めながらリボンをほどき、箱の蓋を開けた。


「これ……」


 箱の中に入っていたのは、白いセットバックヒールの柔らかい曲線が美しいパーティー用の靴。


 甲と踝の部分にバラのモチーフが付いていて、靴全体にクリスタルガラスが散りばめられた華やかなデザインだ。


「素敵……。これを、私に?」

「ああ。気に入ってくれた?」

「ええ、とても気に入ったわ。履いてみても?」

「もちろん」


 そう言って靴を取りだしたドナヴァンが、サフィリナの前で跪いた。


「ドナ?」


 驚くサフィリナの顔を見あげるドナヴァン。


「あなたの足に触れることをお許しください」

「ええ……」


 サフィリナが少し頬を染めて返事をすると、ドナヴァンはニコッと笑ってサフィリナの靴を脱がし、プレゼントした靴をサフィリナに履かせた。


 サイズはぴったりだが、普段履く靴よりヒールがずっと高い。


 ドナヴァンの差しだした手をとって立ちあがったサフィリナは、少し恥ずかしそうにドナヴァンを見た。


「どうかしら?」

「ああ、とてもよく似合っているよ」


 そう言って満足そうな顔をしているドナヴァンを見ると、サフィリナまでうれしくなる。 


 それから靴の感触を確認し、少しスカートを持ちあげて靴の輝きを確認する。


「この靴を履いているだけで気持ちが高揚してしまうわ」


 クルッとターンをしてみたが、とてもいい感じだ。


「ありがとう、ドナ。大切にするわ」


 サフィリナは頬を染めてうれしそうに微笑んだ。




 ドナヴァンから靴をプレゼントされてから二週間後、レイラの縫製工房にやってきたサフィリナ。


「まぁ、サフィリナさま。いかがされましたか?」

「ちょっと確認に」

「ああ、気になりますよね。なんてったって王妃殿下のドレスですから」


 そう言ってレイラがサフィリナに座るようにイスを薦める。


「え、あ、違うのよ。その、王妃殿下主催のパーティーには、黒いドレスを着ようかなと思って」

「え? あ、ああ、そういうことでしたか」


 やはりまだ決めかねていたのか、とレイラは納得した。


「そ、それでね、靴と合わせてみたくて」


 そう言って大事そうに抱えていた箱の中から、白いバラのモチーフが付いた靴を取りだした。


「すてき! とてもきれいな靴ですね。わかりました。すぐにドレスをお持ちします」


 レイラはそう言うと早足で奥の部屋へ行き、いそいそとドレスを運んできた。


「こちらです」

「着てみてもいいかしら?」

「もちろんです」


 早速サフィリナはドレスを試着した。やはり黒のドレスは暗く見えないし、上品な印象だ。


 サフィリナは満足そうな顔をしてそれから靴にゆっくりと足を通す。


「わぁ、靴とドレスがよく合いますね。とても素敵です!」


 スカートの前の部分が短めに作られているため、靴がとてもよく見えるし、黒い色とのバランスもいい。


「とても素敵な靴ですね」

「ありがとう」


 そう言って頬を染めたサフィリナ。その様子を見てレイラはピンと来たのか、表情を緩めてサフィリナに聞く。


「ドナヴァンさんからのプレゼントですか?」

「え? ええ? どうしてわかるの?」


 まさか、レイラはサフィリナの心の中が読めるのか?


「フフフ、サフィリナさまの表情を見れば、すぐにわかります」

「私の表情?」

「はい。とても幸せそうです」


 思わずサフィリナの頬が桃色に染まる。


「フフフ。やっとお二人が両思いになって、ひと安心しました。すっごくヤキモキしていたので」

「え? レイラはドナの気持ちを知っていたの?」

「え? 皆知っていたと思いますよ?」

「皆?」


 想像もしない言葉に、サフィリナの声が大きくなった。


「ええ。お店の人たちはわかりませんが、少なくとも工場の人とか屋敷の人とかは知っていたんじゃないですか」

「うそ!」

「見ていればすぐにわかりますよ。それに、サフィリナさまがドナヴァンさんのことを憎からず思っていたことだって、皆さん知っていたと思いますけど?」


 とんでもないことをレイラがさらりと言って、サフィリナは顔を真っ赤にする。ジェイスだけではなかったのか。


「そんな……皆知っていたの?」

「おそらく? あ、結婚式のドレスは、私にお任せください。すでにいくつかデザインを考えてありますから」

「……」


 その日、サフィリナは恥ずかしさに身もだえながら、長い夜を過ごした。



読んでくださりありがとうございます。

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