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なぜ私が③

 クローディアの苛立ちはいまだに収まっていないが、サフィリナの言葉には一定の理解を示した。


 フンと鼻を鳴らし、給仕係を呼んでグラスを手にする。


 そのあいだ、サフィリナは周囲に視線を走らせ、途中で止めた。


 お目当ての人物を見つけたようだ。


「では、私はそろそろ失礼しますね。あいさつをしたい人がいるので」

「あなた、こんな地味なパーティーで会いたい人なんているの?」

「もちろんですわ。私はそのために来ているのですから」


 サフィリナの言葉を聞いて、ヨハンが言っていたことを思いだした。今回は人脈作りのためのパーティーだと。


「あなたなんかとつながりたいと思う人がいるのかしら? ああ、もしかして結婚相手でも探しているの?」


 男性が多いし平民もいる。こんな場所に参加する独身女が必死になることなんて、結婚相手を探す以外にあるはずがない。


 考えてみればサフィリナにはぴったりのパーティーではないか。


 そう思うとおかしくて、思わず吹きだしそうになる。


 しかし、クローディアより先に笑ったのはサフィリナ。


「まさか結婚相手探しだなんて。私、そんなことに時間を割いていられるほど暇ではないんですよ」


 そう言いながらサフィリナが差しだしたのは、会社と自身の名前が書かれた名刺。


「なによ、これ。……アンティオーク・カジュアル?」


 顔をゆがめたクローディアがサフィリナを見る。


「私が経営しているブティックです。よろしかったら遊びにいらしてください。その名刺を従業員に見せてくだされば、少しですけどサービスさせていただきますわ」

「……は?」

「ああ、見うしなってしまうわ。ごめんなさい。私は失礼しますね」


 サフィリナはそう言って踵を返すと、早足で人ごみの中へと去っていった。


「経営している……? アンティオーク・カジュアルを……?」


(彼女があの店の経営者だというの? ここには仕事で来ていると?)


「なによ……なによ――!」

「クローディア!」


 思わず名刺を握りつぶそうとしたところで、聞きなれた声がクローディアを呼んだ。


 声のしたほうへ視線を向けると、そこには興奮気味に瞳を輝かせた友人のライラ。


「あなた、ネルソン男爵と知り合いだったの?」


 サフィリナと話をしているところを見たのだろう。


「すごいわ。彼女やり手の経営者よね? え、もしかして名刺をもらったの?」


 クローディアの手に握られている小さな紙を見て、ライラは瞳を輝かせた。


「え、ええ」


 クローディアは頬を引きつらせながら肯定した。


 ライラは興奮を隠せないようで、熱心にクローディアの手元を見つめている。


「もしかして、お店のことで話をしていたの?」

「ええ、まぁ。……私たちは友達だから、サービスするって言っていたわ」

「本当に? 素敵! ねぇ、もしアンティオーク・カジュアルに行くときは、私も一緒に連れていってくれない? ね? いいでしょ?」

「まぁ……いいけど」


 ライラは男爵夫人で、それほど裕福ではないし、生活水準はクローディアとさほど変わらないが、最近夫であるメリエット男爵の事業が順調で、密かにクローディアはライラを疎ましく思っていた。


 ライラがクローディアを下に見ているような気がしたからだ。


 しかし今は、クローディアを見つめるライラの視線が別のものに変わっている。


 羨望、憧れ、嫉妬。


(ああそうよ、これよ。この視線こそが、私が特別な存在であることの証なのよ)


 久しく味わっていなかった快感に、クローディアの頬が緩み、それを堪えようとするとヒクヒクと震える。気を抜くニヤニヤしてしまいそうで、思わずうつむいた。


「ネルソン男爵って本当にすごいわよね。アンティオーク・シークレットも彼女が経営しているのよ?」

「え? アンティオーク・シークレット?」

「そうよ。アンティオーク・カジュアルよりずっと高級なお店よ。利用客だって高位貴族や力のある人たちばかり。私たちにはとても……あ、でも!」


 ライラは名刺を見てそれからクローディアを見た。


「あなたはネルソン男爵から名刺をもらっているんだから、紹介されたのと同じじゃない?」

「え?」

「社長から名刺をもらっているんだから、特別顧客ってことでしょ?」


 ライラはそう言って羨ましそうにクローディアを見つめる。


「ね、ねぇ、もしシークレットに行くなら、私も、ね?」


 媚びるようにクローディアを見つめるライラ。


 クローディアはいい気分になって口角を上げた。


 サフィリナの店というのは気に入らないが、ライラが羨ましがるような店に行けるのは悪くない。それに顧客が高位貴族ばかりというのも気に入った。


「ええ、もちろんいいわよ。一緒に行きましょう」

「やったぁ。あー、やっぱり持つべきものは友人よね。しかも有名ブティック店の社長と知り合いの友人。最高!」


 ライラはそう言ってクローディアに抱きついた。


「ちょっとライラ、大袈裟よ」


 ライラは友人が多いから、このことを人に話して噂になれば、クローディアをばかにしていた令嬢や夫人たちも、クローディアにすり寄ってくるはずだ。


 まさかこんなつまらないパーティーで、こんなに大きな収穫があるとは。


 ケイトリンに会えなかったことなんて帳消しにしてしまうほどの素晴らしい再会に、クローディアはおおいに満足をした。





 手持ちのドレスの中で一番華やかなドレスを着たクローディアは、昨日手に入れたサフィリナの名刺をバッグに入れて、アンティオーク・シークレットに向かっている。


 聞いた話では完全予約制ということだが、サフィリナの名刺があるのだからその必要はないだろうし、特別な個室に通されるはずだ。そうしたら満足いくまで試着をしよう。


 買い物を控えるように言われていても関係ない。妻が身ぎれいにすることを快く思わない男なんているはずがないのだから。


「本当、節約節約ってうるさいったら」


 今朝も、ドレスを見に行くと言ったらヨハンが青い顔をしていた。


 投資の話があって人と会うから出かけられると困る、とかなんとか言っていたが知ったことではない。贅沢な生活もできないで投資なんてしてどうする。その金で好きなものを買うほうが、よほど価値があるというものだ。


「それにしても遠いわね」


 王都の中心から離れた貴族の居住区の近くにあるアンティオーク・シークレットは、三台の馬車を止めることができ、貴族居住区にタウンハウスをもっている貴族なら歩いていくこともできる。


 しかし、クローディアは中心街にあるホテルに泊まっているため、歩けばけっこうな距離だ。


 やっと着いたアンティオーク・シークレットの前には、二台の馬車が止まっていた。


「……フン」


 これ見よがしに派手な装飾をつけている品のない馬車なんて、羨ましくもなんともない。


 クローディアは、ガラスに映る自分を入念に確認して、それから店の扉を開けた。


(まぁ、悪くないわね)


 クローディアの視界に飛びこんできたのは、毛の短い硬めの赤い絨毯ときらめくシャンデリア。置かれている調度品はすべて家具の老舗ボンネルで統一されている。店内は明るく、飾られている生花はどれも瑞々しい。


「いらっしゃいませ」


 にこやかな笑みを浮かべてクローディアのもとへとやってきたのは、女性の従業員。


「本日はどのようなご用で?」

「ドレスを見にきたの」

「申し訳ございません。当店は完全予約制でして」


 従業員の物言いは至極ていねいだ。


「私、ここの社長と知り合いで、いつでも来てって言われているの」


 そう言ってサフィリナから受けとった名刺を渡した。


 それを見た従業員は、にこやかな笑みを崩さず納得したようにうなずく。


「これは、アンティオーク・カジュアルの名刺ですね」

「ええ、そうだけど」

「お客さまはお店を間違えていらっしゃるようです。アンティオーク・カジュアルは中心街にありますので、ご足労をおかけいたしますが、そちらでこの名刺を見せていただきたく存じます」


 そう言って入店を断る従業員。


「は? 私はこの店の社長から名刺をもらっているのよ?」

「ええ、こちらの名刺は私どもの姉妹店の名刺でございます」


 アンティオーク・カジュアルの名刺をもらったということは、そちらでサービスをさせていただきます、という意味だと従業員が説明をする。


 アンティオーク・シークレットは完全予約制だが、そもそも紹介をされないと顧客にはなれず、サフィリナからなにも言われていないということは、クローディアは紹介もされていないということ。


「なにそれ? 客を断るってこと?」

「申し訳ございませんが、当店の決まりでございますので」


 従業員が慇懃に頭を下げれば、ク ローディアは顔を赤くして怒りをあらわにする。


「私にこんな失礼なことをするなんて、あんたたちの社長に訴えるから」


 しかし従業員がその笑顔を崩すことはない。


「ぜひ、次はご予約をしてご来店くださいませ」


 そう言って頭を下げ、それ以上言葉を発しようとしない。


「――っ! もういいわ! こんな店二度と来ないわよ!」


 クローディアは踵を返すと大きな音を立てて扉を閉め、店をあとにした。


 早くその場から離れたくて、人通りの少ない道をズンズンと進んでいたが、次第にその歩みが遅くなる。


「なによ……!」


 悔しくて涙が溢れた。


「たかがブティックのくせに」


 なんて生意気で傲慢な従業員だろう。きっとサフィリナにそういうふうに教育されているのだ。媚びへつらう相手を選び、そうではない人をばかにして見くだす。


 それが彼らのやり方というわけだ。


「あんな店、潰れちゃえばいいのよ」


読んでくださりありがとうございます。

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