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なぜ私が②

 華やかな社交シーズンが始まり、一段と賑やかになった王都はお茶会やパーティー、クラブの集まりなどが連日どこかで行われていた。


 クローディアは賑やかな中心街の端に構えた小さなブティックで、予算内に収まるドレスを見つけることができ、社交界復帰後初めてのパーティーに出席をしている。


 周囲の女性が着ているドレスと自分のドレスを見くらべて、クローディアは内心ホッとした。


 クローディアが着ているドレスは、既成品のため少しダボついているが、デザインは流行りのスタイルだし、レースがふんだんに付いていて、少し少女じみている気もするが、クローディアの容姿ならまったく問題なく、まぁまぁといったところだ。


 夫のヨハンが着ているスーツは五年も前に買ったもので、型は古いが質のいい布で作られているためくたびれた印象はない。


 ヨハンいわく、大切なときにしか着ないので長持ちをしているのだとか。


(だからって、そんな古い型のスーツなんて着ている人いないわよ。恥ずかしい)


 ここに来る前に散々ヨハンに文句を言ったが、まだ言いたりないクローディアは、ヨハンの突きでた腹を見て小さく舌打ちをした。


「あ、ちょっとあいさつに行こう」


 ヨハンが知人を見つけてそちらに向かおうとする。しかし、クローディアはその場から動こうとしない。


「ディア?」

「私は行かないわ」

「え?」

「あなたが一人で行けばいいわ。私は休んでいるから」


 そう言って踵を返し、給仕係が運ぶトレイの上から白ワインが注がれたグラスをひとつ取ると、それを一気に飲みほし、グラスを返して新しいグラスを手にした。


 そしてヨハンをチラッと見て、彼が行こうとしている方向とは反対にスタスタと進み、壁際に置かれたイスに座ってそっぽを向く。


 あの様子では、なにを言っても彼女がイスから動くことはないだろう。


 ヨハンはクローディアを連れていくことを諦め、一人で知人のもとに向かうことにした。


 クローディアはチラッとその姿を見てフンと鼻を鳴らす。どうでもいい相手に愛想笑いなどする気はないのだ。


「まさか、おばさまたちが来ないなんて」


 セージとケイトリンが出席するという情報を友人から聞きだしたから、ヨハンの誘いに応じてパーティーに参加したというのに、もともと彼らが出席する予定はなかったというから腹立たしい。


「二人に会ったらちゃんと謝って、もう一度仲良くしてほしいってお願いするつもりだったのに! だいたいなんなのよ、今日のパーティーは?」


 ダンスよりも話をしている人のほうが多く、装飾は華やかではないし料理も地味。女性が少なく中高年が多い。平民もいるようだ。


「最っ悪! なによ」


 久しぶりの社交界だというのに期待外れもいいところだ。


 イライラしたクローディアは、手にしたグラスを傾けて酒を一気に飲みほし、辺りを見まわして給仕係を探す。


 ふと、離れた所でヨハンが何人かの男性と話をしているのが見えた。


 そういえば会場に入る前に「今日は人脈作りのための重要なパーティーだから、頼むよ」とヨハンが言っていたような気がする。


「なにが人脈よ」


 ヨハンは望む仕事に就けないと理解したのか、将来有望な企業に投資をすることにしたらしく、今最も彼が注力しているのは節約と人脈作りだ。


「お金もないのに投資だなんて、絶対成功しないわよ」


 クローディアは大きく溜息をついた。


「あら?」


 視線の先に思いがけない人物を見つけて、クローディアの口角が上がる。グラスを近くにいた給仕係に渡し、その人物のもとへ。


「サフィリナさん」


 クローディアが声をかけるとサフィリナが振りかえり、「あら」と少し驚いた顔をして、それからニコッと微笑んだ。


「クローディアさま、お久しぶりですね」


 二人が顔をあわせるのはあの事件のとき以来。


「本当ね。まさかこんな所で会うとは思わなかったわ」

「そうですね。確かに、クローディアさまが参加するようなパーティーではありませんものね」


 サフィリナはそう言ってニコリと笑った。


「は?」


 クローディアはサフィリナの意味ありげな言葉に苛立ち、頬をヒクヒクと痙攣させる。


(なによ、その態度。私だってこんなパーティー来たくなかったわよ。……それにしてもなんなの、そのドレス!)


 身頃は黒いベルベットで、胸元には金の糸で繊細に編まれたレースが施されている。腰から切りかえしたスカート部分の艶やかな生地は、絹? いや、そうではないようだが初めて見る生地だ。


 それはデザインも同じ。飾り気もなく派手でもないシンプルなデザインなのに、なぜか目を引いてしまうドレスはとても上品で、サフィリナを知的に演出している。

  

 しかも、サフィリナの手に収まっているバッグ。あれは先日、買い物をしているときに見たパッシャードの新作ではないか。


(なんでこの女が持っているのよ!)


 パッシャードはクローディアの憧れのブランドで、そのデザインが似合う年になったら、絶対に手に入れたいと思っていたのだ。


 それをサフィリナが持っているなんて。


 クローディアは悔しそうに顔をゆがませ、サフィリナを睨みつけた。


 しかしサフィリナは、目の前にいるクローディアには関心がないのか、辺りを見まわしてばかり。


 そして、ようやくクローディアに視線を戻したかと思うと、少し申し訳なさそうな顔をした。


「人を捜しているので、これで失礼しますね」


 そう言ってこの場をさっさと立ちさろうとする。


(ああ、逃げるのね。私を相手にするのは気まずいからって)


 それに気がついて、クローディアはとっさにサフィリナの腕をつかんだ。


 サフィリナは驚いて振りかえる。


「久しぶりに会ったんですから、もう少しお話をしましょうよ」


 クローディアがそう言うと、サフィリナは少し困った顔をした。


「……少しだけなら」


 明らかに気乗りがしていないとわかるサフィリナの態度。それがますますクローディアを喜ばせる。


 嫌いな相手が困っている姿ほど楽しいものはないのだ。


 だからもっともっと困らせてやることにした。


 この場で、サフィリナが触れられたくないと思っているあの話を、皆に聞かせてあげるのだ。


 そうすればサフィリナの醜くゆがんだ顔を見ることができるし、少しはクローディアの鬱々とした気分が晴れるかもしれない。


 クローディアは口角を上げ、息を吸って大きめに言葉を発した。


「そういえばサフィリナさん、ジュエルスと離縁をしたんですってね?」


 こんな場所でそんなことを言われれば、いたたまれなくなるだろうし、返事にも困るだろう。


 しかしサフィリナは表情も変えず、「ええ」とさらりと答えた。


 クローディアは予想外の反応に眉根を寄せる。


(なによ、平気そうな顔をして)


 サフィリナの惨めな姿を見たかったのに。


 だからクローディアはもっと声を大きくした。


「平民女に寝とられたって聞いたけど」


(ほら、慌てなさいよ。ほかの人に聞かれて笑われなさいよ!)


 しかし、サフィリナはきょとんとした顔。


 周囲の人もチラッと二人に視線を向けたものの、たいして興味がないのかすぐ視線を戻して、それぞれ会話を再開した。


「……まぁ、クローディアさまったら、ずいぶん古いお話をされるのですね」

「は?」


 サフィリナはクスクスと笑い、クローディアは顔をゆがめた。


「ここにいらっしゃる方たちは新しい話がお好きですのよ。そんな旬の過ぎた話をすると、クローディアさまが笑われてしまいますわ」


 サフィリナは本当に楽しそうに笑っている。


「なにがおかしいのよ! あなた、私をばかにしているの?」


 すると今度は困ったような顔をするサフィリナ。


「いやですわ、教えて差しあげているのです。社交界は常に新しくておもしろいことを求めています。いつまでも昔のつまらない話を掘りかえしていると、飽きられてしまうのですよ」


 そう言ってサフィリナはニコリと柔らかい笑みを見せた。


 顔を真っ赤にして体を震わせるクローディア。


 情報に疎くてつまらない人間と言われたのだから、悔しいし腹が立つ。あんなことがなければ、こんなこと絶対に言わせないのに。


「調子に乗らないで! 私はこれまであなたのせいで社交界に出られなかっただけよ」


 クローディアが憎々しげにサフィリナを睨みつける。


 しかしサフィリナは、少し困った顔をするだけ。


「まぁ、そうでしたわね。でも、私もクローディアさまのおかげで、ずいぶんな目に遭いましたのよ? まさかお忘れではないでしょ?」

「――っ!」

「ですから、ここは痛み分けということでよろしいのではなくて?」


 これ以上のいがみ合いなどなんの意味もない。今はそれぞれ違う道を進んでいて、今以上に近づくこともないのだから。


 サフィリナはニコリと笑ってクローディアを見つめ、クローディアはぐっと口をつぐんだ。


読んでくださりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
サフィリナがこんな受け応えできるようになったことに感心した。 トレーシーの悪意は誉められたものでは無いが、表向きであっても彼女は教養を身に付け淑女たる振る舞いができる人だった。マニシャは今のところケイ…
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