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狙われたドレス⑤

 ジョシュアの事件から数日後。


「では、伯父さまはドレスが欲しかったということですか?」


 ネルソン男爵のタウンハウスに、事の次第を報告しに来た刑務官の言葉に、素直に驚きの言葉を口にしたサフィリナ。いやがらせだろうと思っていたが、まさか本当にドレスを盗むために店に入ったなんて考えもしなかったのだ。


「どうやら、ご息女にドレスが欲しいと言われて、買うことができないので盗もうとしたようです」


 ポートニア伯爵家が、羽振りのいい生活から徐々に質素な生活になっていくと、周囲の人たちが距離をとるようになった。


 それは娘のレムリーに対しても同じだった。これまで親友だと思っていた令嬢や、自分に媚びていた令嬢が冷めた目でレムリーを見るようになり、話しかけても聞こえないふりをしたり、レムリーを見てクスクスと笑ったりするなど、明らかにレムリーを蔑視し始めたのだ。


 そのためつい見栄を張って、自分は従姉妹のサフィリナからアンティオーク・シークレットのドレスを何着もプレゼントされている、と言ってしまったらしい。するとそれを聞いた友人に「それならドレスを見せてちょうだい」と言われ、苦しまぎれに「いいわよ」と返事をしてしまったそうだ。


 それから毎日、自分たちはサフィリナの親戚なのにどうして店に招待もしてくれないのだ、従姉妹なのだからドレスくらいプレゼントするべきだ、とヒステリックにわめいた挙句、ドレスを手に入れてくれ、とジョシュアに涙ながらに訴えたとか。


 しかし、ポートニア伯爵家の財力では、とてもではないがドレスを買うことはできないし、ジョシュアがサフィリナに近づくことは禁じられていて、もし破れば経済制裁を加えるとまでセージに言われていたため、サフィリナに接触をすることができなかった。


「それで、店に?」

「本人はそう言っています」

「そうですか。……伯父さまはどうなりそうですか」

「まぁ、結局未遂ですし罪状はそれほど重くありません。しかし、もともと……まぁ、家があれですし……」


 刑務官は言葉を濁したが、要は罪状の重さに関係なく爵位と領地の返還は免れないだろう、ということのようだ。王都警団が決めることではないので口にはしないが。


「では、報告は以上になりますので、私はここで失礼します」

「わざわざご足労いただき、ありがとうございました」


 サフィリナは刑務官を見おくり、大きく溜息をついた。後味の悪い結末にどっと疲れ、ジョシュアに言われた言葉を思いだして気分も下降気味だ。


 それから二週間後。王都での仕事を終えたサフィリナは、チェスター領へと帰っていった。


 屋敷に戻っても、サフィリナの気分は下向きのまま。


「こういうときは、ドナの所に行くのが一番なのよね」


 なにをするわけでもなく、作業に没頭しているドナヴァンと少しずつ出来上がっていく道具を眺めているのが好き。仕事に集中しているときのドナヴァンは、サフィリナがそこにいることなんてすっかり忘れてしまうけど、そんなことまったく気にならないどころか楽しい気持ちになるのだ。


「放置されているのに楽しいなんて変な話ね」


 サフィリナはそう言ってクスッと笑う。


 それに、ドナヴァンと話をしていると気持ちが軽くなるし、やる気が出る。


「ドナは、私の精神安定剤みたいだわ。でも……仕事の邪魔になるわよね」


 ドナヴァンはどんなときでもサフィリナを歓迎してくれるが、迷惑がかかっていないわけではないはず。なぜなら、サフィリナが顔を出すと、作業の手を完全に止めてしまうことがあるからだ。


 それなのに「気にせずいつでも来てくれ」なんて言うドナヴァンの言葉を素直に聞いていいわけがない。それをわかっているのに、ドナヴァンに会いに行こうとしてしまうわがままな自分がいやになる。


「……本当に私ったら、ちょっと弱気になっているわね」


 ジョシュアの言葉が、乗りこえたはずのかなしみを連れてきた。


 ――お前には家族もいない。夫は浮気をして実の家族はあの世だ。もう、お前を愛してくれるやつなんていないんだ!


 その言葉に自分がどれほど傷ついたかを理解したのは、ベッドに入ってから。頭の中で何度もくり返される卑劣な言葉のせいで、その日はいつまでも寝つくことができなかった。


 無条件で愛してくれる家族がいない。そんなことにはすっかり慣れてしまったと思っていたのに、言葉にされると心の奥がズキリと痛んだ。泥棒騒動や犯人が伯父であったことによるショックも影響しているのだろう。


 その後もことあるごとにあの言葉を思いだし、サフィリナの気持ちを下降させた。


 サフィリナを傷つけるにはうってつけの言葉だったわけだから、ジョシュアにしたら一矢報いたと言ってもいいのかもしれない。本人がそれを知ることはないが。


「……ちゃんと理解しているわ。私が一人きりだと言うことは。……だからせめて、今私の周りにいてくれている人たちからだけは……」


 見すてられないようにしないと――。


 サフィリナは気持ちを切りかえるために、しばらく屋敷を出ることなく仕事に没頭していた。やろうと思えばいくらでもやらなくてはならないことがあって、余計なことを考えなくてすむ一番の方法だ。それに、頑張れば皆が自分を認めてくれる。


 今日もふと手を止めたときに、あの言葉が思いだされ、気がつかないうちに大きな溜息をついていた。そして少しでも気が晴れることを考えようとすると、決まって伸びっぱなしの黒髪をひとつに結わいて、サフィリナに笑いかけるドナヴァンの顔が浮かんでしまうのだ。


「なんだかドナに頼りっぱなしのような気がするわ」


 だって、気を抜くとドナヴァンに会いたくなってしまう。情けない。自分は皆を引っぱっていく立場なのに、ドナヴァンに寄りかかろうとしているなんて。


「しっかりしないと」


 そう言いながらも出てくるのは溜息ばかり。


「サフィリナさま、少し休憩をなさいませんか?」


 サフィリナの様子を見ていた侍女のリリが声をかけてきた。サフィリナが疲れていると思ったのだろう。確かに今のまま書類と睨めっこをしても、たいして捗らないだろう。


「ええ、そうね」


 サフィリナがそう言うと、リリはニコリと笑って厨房へお湯を取りに向かった。


 リリを見おくったサフィリナは、イスから立ちあがると窓の前に立ち、そこから庭園を見た。


「あ、クロッカスが咲いているわ」


 庭園に咲いているクロッカスは黄色と白だが、それ以外にも紫色やオレンジ色などもある複色で、早春の日を浴びて一斉に花を開かせる姿は潔く、春の訪れを一番に教えてくれる。


「つい最近まで冬だと思っていたのに、いつの間にか春になっていたのね」 


 気がつけばジュエルスと離縁をして、一人きりになってしまってから二年以上が過ぎている。そのときから今日まで、自分なりに消化し、前へと進んでいるつもりだったが、そんなことはなかったのだろうか。


「もっと頑張らないといけないわ」


 サフィリナが自分に発破をかけたとき、ドアが開き「そんなに頑張らなくてもいいと思うけど?」という声が聞こえた。



読んでくださりありがとうございます。

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