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狙われたドレス④

 静まりかえった店内に残ったサフィリナとドナヴァン、そしてセージ。外には二人の騎士が立っている。


「あぁあ、明日は営業できそうにないわね」


 ジョシュアの前で毅然とした態度を崩さなかったサフィリナは、店を見まわして明るい口調で首をすくめた。


「サーニャ」

「仕方がないこととはいえ、やっぱりガラスを割られるのは困るわ。扉を開けておけばよかったかも」


 そう言って笑顔を見せる。


「リナ――」


 セージが手を伸ばすより先にサフィリナを抱きしめたのはドナヴァン。


「頑張ったな」

「……」


 ドナヴァンの腰に手を回したサフィリナは、ぎゅっとシャツを握りしめた。


「私はひどい姪なのかしら? 伯父を罪人に仕立て上げた悪い女かしら?」

「いいや。彼は自らその道を選んだだけで、サーニャはなにもしていないだろう?」

「でも」


 犯人をおびき出す、なんて軽い気持ちで流した噂につられた相手が、伯父だなんて想像したくもなかった。


「ポートニア伯爵家はどうなるかしら?」

「没落は免れないだろうな」


 セージが答えた。


 サフィリナはその声を聞いて、慌ててドナヴァンから離れる。すっかりセージがいることを忘れていたようで、その顔が少し赤い。


「もともと、没落寸前だったんだ。それがこんな問題を起こして……。もしかしたら、彼は自棄になっていたのかもしれないな」


 真相はこれからわかるだろうが、あながち間違ってはいないかもしれない。そう思えるほどポートニア伯爵家が困窮していたのは事実だ。


「そう、かもしれませんね……」


 ポートニア伯爵家は父フルディムの実家だし、できれば没落の道を回避してほしいという思いはある。でも父を侮辱した人を助ける気はない。


「セージおじさま、今日はありがとうございました」

「リナの頼みなら喜んで引きうけるよ」


 もしセージの協力がなければ、ドナヴァンと二人で伯父と対峙しなくてはならなかった。そうなれば、危険な状況になっていたかもしれない。それに、ひと晩中店を警備をするために騎士まで連れてきてくれたのだから感謝しかない。


「これくらいなんてことはない。むしろ、リナの役に立ててうれしいよ」


 セージの心にどっしりと腰を下ろした罪悪感は、どんなに時間がたっても消えることはなく、ケイトリンがサフィリナとの関係を改善していく中、自分にはそのチャンスさえ与えられないことを歯がゆく思っていた。だから、こうしてサフィリナから相談をされたことは、なによりもありがたかったし、確実に不安を取りのぞいてあげたいと思っていたのだ。


「またなにかあったときには相談してほしい。私はいつでもリナの味方だ」

「ありがとうございます」


 サフィリナは懐かしい笑顔に安堵し、素直に感謝の気持ちを伝えた。


「そろそろ行きましょうか」


 サフィリナがそう言って外に出ようとした。


「その前に、少しいいかい?」


 セージが声をかけたのはドナヴァン。


「俺になにか?」

「君と話をしたくてね。なに、時間はとらせないよ」


 そう言ってサフィリナを見る。


「わかりました。そちらの部屋でどうぞ」


 サフィリナが示したのは、ジョシュアが来る前に控えていた事務所。


「ああ。では、少しお借りしよう」


 そう言ってセージが歩きだすと、ドナヴァンもそのあとに続いた。


「……」


 二人を見おくったサフィリナは、店に置かれているソファーに腰を下ろす。


 果たしてあの二人が話をすることとはなんだろうか? 盗み聞きをする気はないけど、気になるのは仕方がない。物音を立てずに耳をすましてみたが、残念ながらあちらの声はこちらまで聞こえなかった。


「話とはなんですか?」


 事務所に入ってしっかりドアを閉めたところで、ドナヴァンがセージに聞いた。貴族を前にしてもドナヴァンが臆することはない。


「君は……ドナヴァンと言ったかな? リナとはどんな関係なんだ?」

「雇用主と従業員ですよ」

「それだけか?」

「ええ」


 こんなときにそばにいてサフィリナを自然に抱きしめ、サフィリナも彼を頼りにしているようだし、はたから見ればそれだけだと言われて納得するのは難しいのだが。


「君は、どんな仕事をしているんだ?」

「紡績機や織機を作る職人です」

「おお、では君が細い糸の?」

「ええ」


 なるほどとセージはうなずき、それから目だけを動かしてドナヴァンを見る。


「それで君、家族は? どこの出身だね? これまでに異性との交際は?」


 セージは次々と質問をする。自分が納得するまで根ほり葉ほり聞くつもりなのだろう。これはまるで。


「なんだか、サーニャの父親みたいですね」

「私はそのつもりだ」


 そうでなかったら、こんなふうにドナヴァンと話をしようとは思わないだろう。


「リナは私の友人の大切な娘だ。一度はリナを手放してしまったが、私はあの子の幸せを望んでいる。今度こそ……本当に幸せになってほしいんだ」


 自分たちにはそうしてあげることができなかった。だから適当な男とつきあって同じことをくり返させたくはない。セージの瞳からはそんな切実な思いがありありとうかがえる。それならこちらもできる限り誠実に答えるべきだろう。


「私は、彼女に拾われてチャンスを貰ったのです。裏切るなんてことはありえません。それに……私はサフィリナを愛しています」


 たぶん、出あったときからずっと。


「……そうか」

「まだ気持ちは伝えていませんけど」

「は……? 君らは恋人同士ではないのか?」


 セージは驚いて少し声を大きくした。


「まぁ、そうですね」

「そのわりにはずいぶんと親密なようだが?」


 残念ながら彼女は恋に臆病になってしまったようで、と言えば、果たしてこのおせっかいな男はどういう態度を取るのだろうか。なんて意地の悪いことを考えつつ、当たり障りのない言葉で返す。


「それなりに頼りにしてくれていますが、彼女にその気がないので」


 こんなときにつきそってもらう相手が、それなり、であるわけがないだろう。が、本人がそう言っているし、サフィリナにその気がないなら、そういうことにしておくべきか。親代わりとしてはなんとなく複雑な心境だが。


「なんだか余計なことを聞いてしまったね」

「いえ」


 セージなりにサフィリナのことを思っているのだろう。まさか自分がサフィリナに結婚相手を紹介するわけにもいかず、彼女が一人でいることを心配している、なんて厚顔無恥なことを口にすることもできない。彼も苦しい立場だ。


「彼女のことを思うなら、静かに見守っていてください。そして、どんなときでも彼女の味方でいてあげてください」

「……ああ、そうだな。そうするよ」


 ドナヴァンの人となりを知り、彼がサフィリナにふさわしくないとわかれば、つきあいをやめさせるつもりだったが、どうやらセージの心配は杞憂だったようだ。それどころか、ドナヴァンはセージが思うよりよほど余裕のある大人の男性だった。それに立ち居振る舞いに品があって、育ちがいいことがわかる。


「すまなかったね。私は彼女の親代わりのつもりだが、実際にはその資格もない。でも、いつも彼女のことを気にかけているし、大切に思っているんだ」

「……そういうことは、私に言っても仕方がありませんよ」


 ドナヴァンに言われて、セージはぐっと言葉を詰まらせる。


「そうか……そうだな。……君は前夫のことも知っているのか?」

「ええ」

「そうか……」


 乾いた笑いをこぼしたセージは、ドナヴァンの肩をポンと叩いた。


「あの子を頼むよ。とてもいい子なんだ」

「知っていますよ」

「ハハハハ……また余計なことを言ってしまったな」


 そう言ってセージは部屋を出てサフィリナのもとへと向かった。




 その日セージは、自分の帰りを待っていたケイトリンに事の次第を説明した。ケイトリンは犯人の目星がついていたのか、納得したようにうなずいた。


「それで、その、リナと一緒にいた男性のことはなにかわかったのかしら?」

「……あ」


 セージはそこでようやく、ドナヴァンのことについてなにも聞いていないことに気がついた。


読んでくださりありがとうございます。

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