狙われたドレス③
羽交い絞めにされていたジョシュアは、床に座らせられ縄で縛られた。ジョシュアの両脇には騎士が立ち、逃げることも抵抗することもできない。
しかしジョシュアは消沈するどころか、憤怒をあらわにしてサフィリナを睨みつける。
「アンティオーク・シークレットに侵入したのも伯父さまですか?」
「……」
ジョシュアは口をぎゅっと結び、頬を痙攣させた。
「ポートニア伯爵家が財政難であることは聞いています。ですが、それがこんなことをしていい理由にはなりません」
「お前が意地を張って私の後見を断ることをしなければ、こんなことにはならなかった!」
「まさか、私のせいだとおっしゃるのですか?」
サフィリナはジョシュアの言い分に眉根を寄せ、セージは大きく溜息をついた。
「そうだろう? お前が私に事業を任せていればもっと利益を上げることができたし、こんなことをする必要もなかったんだからな」
その言葉を否定してもジョシュアを興奮させるだけだと思ったサフィリナは、そこには触れず溜息をついてどうにか心を落ちつける。
「では、なぜドレスを盗もうとしたのです。いやがらせですか?」
「……フン!」
ジョシュアはそれには答えず、そっぽを向いた。
(いやがらせでは……ない? もしかして、本当にドレスが欲しかったとか?)
思わずそんな考えがサフィリナの中に生まれたが、次の言葉でそれはかき消される。
「親が親なら子も子だ。俺を見くだすことで満足しているところなんて、傲慢なフルディムにそっくりだ。自分が優秀であることを鼻にかけ、人を見くだし、強欲に人のものを欲しがる。追いだされて当然の男だったが、お前もあいつと同じだ。親族でもなんでもない。いや……そもそも、お前には家族もいない。夫は浮気をして実の家族はあの世だ。もう、お前を愛してくれるやつなんていないんだ!」
下卑た顔でサフィリナを見て笑うジョシュア。
「いい加減に――!」
言葉と同時に飛びだし、ジョシュアを殴りつけようとしたドナヴァンより先に、サフィリナを侮辱し、自身の家族を侮辱した男を殴ったのはセージだった。
頬を思いきり殴られたジョシュアは、歯を飛ばしながら勢いよく倒れこみ、頭を床にしたたかぶつけた。
「おじさま……」
これに一番驚いたのはサフィリナ。温厚なセージがこんなふうに怒りをあらわにする姿なんて見たことがなかったから。
ジョシュアは床に倒れこんだままセージを睨みつけた。
「お前――! なにが後悔はさせないだ? 結局サフィリナを捨てたじゃないか! 私にこんなことをする資格があるのか? お前だってその娘を裏切っ――!」
「いいえ! それは違います!」
ジョシュアの言葉を遮ったサフィリナ。
「セージおじさまは、私にとっての最善を選んでくださいました。決して私を裏切ったわけではありません。伯父さまだって、セージおじさまにお世話になったはずです。違いますか?」
「くっ……!」
ジョシュアは悔しそうに奥歯を嚙んだ。
セージはサフィリナがジョシュアと決別をしたとき、ジョシュアがサフィリナに近づかないかわりに、ポートニア伯爵家に五年のあいだ経済支援をする約束をした。
ジョシュアはそれに大いに満足した。五年間は労せず生活ができるのだから、遺産や事業に執着する必要はない。
それどころか、サフィリナがジュエルスと婚約したことを知ると、五年の契約が過ぎても縁戚であることを主張すれば、彼らは支援を続けるはずだ、と愚かにも考えた。
だから、領地を豊かにして税収を上げることも、自身や家族が作った借金を完済して、地道に財政を立てなおそうという考えにも至らず、自分勝手な生活を続けていた。
そして五年後。ピタリとセージからの経済支援が止まると、慌ててセージに手紙を送ったが、約束を守るように、と記された手紙が送られてきただけで、以降一切返事は来なかった。
結果、ポートニア伯爵家の財政はひっ迫し、毎日妻と子に文句を言われている状態だ。
「……詳しい話は、王都警団でお話しください」
「お前、本気で伯父を突きだすつもりか?」
ジョシュアは明らかに失望した顔でサフィリナを見ている。
(親族じゃないと言ってみたり、伯父だと主張してみたり……。言っていることがコロコロと変わるのね)
こんな人がフルディムの兄で自分の伯父だなんて。いっそのことなにも関りを持たずにいてくれたら、こんなに空しい気持ちにならずにすんだのに。
そう思ってサフィリナは大きな溜息をついた。ジョシュアは、本当にサフィリナが自分を見すてるつもりである、と理解したようだ。
「親族じゃないと言ったことは取りけす。そうだ、今度私の家族を紹介しよう。サフィリナと歳の近い娘がいる。レムリーというんだ。とても優しい子でね。きっと仲良くできるはずだ」
「……」
しかし、サフィリナはジョシュアを感情のない瞳で見おろしたまま、口を開こうとしない。ジョシュアは望む言葉を得られないことに焦ったのか、声音を変え気持ちの悪い笑顔を張りつけた。
「今度屋敷に招待しよう。お前の父親が育った屋敷だ。見てみたいと思うだろ?」
しかしサフィリナは静かに首を振った。
「本気で私を見すてるのか?」
「伯父さま、これは犯罪です。見のがすことはできません」
「私はお前の家族だ!」
(自分勝手)
サフィリナが知る人の中で、彼ほどこの言葉がぴったりとあてはまる人もいないのではないだろうか? 自らを成長させようともせず、努力もしない。なぜひどいことをしたのに、謝ることもしないのだろう?
(この人はまったく変わる気がないのね)
それなら、サフィリナの意思も変わらない。もとより変える気なんてないけど。
「私の父は、ポートニア領の一部を分領されたら土地の一部を買い、そこで事業をする予定でした。ポートニア領は土地が広く、綿花を育てるには適した気候でもありましたから、きっとうまくやっていくことができたはずです。もし伯父さまが、父と手を取りあう道を選んでくださっていれば、きっと父はその気持ちを無下にはしなかったでしょう。その道を閉ざしたのは伯父さま自身です」
分領でなくても、フルディムが自由にできる土地を与えるだけでもよかったかもしれない。そうすれば税収という形でジョシュアは恩恵を受けることができたはずだ。
そのすべてを拒絶してなお、後悔も反省もなく人を傷つけようとする伯父に差しだす手を、サフィリナは持っていないのだ。
「もうお会いすることはありません」
サフィリナがそう言うと、二人の騎士がジョシュアの両脇を持って立たせ、王都警団へと連行していった。
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