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一人きり⑥

 血をわけているだけの他人のくせに。


 この部屋にいるジョシュア以外の人間は、皆同じことを考えただろう。だが、貴族のあいだでは、血のつながりが最も重要とされているのも事実。


「親を亡くした子どもの未来は悲惨だ。狡猾な大人たちはこの機を逃すまいと、なにもわからないのをいいことにお前に群がるだろう。お前はそんな大人たちに振りまわされ、あらゆるものを搾取される。それもこれも、お前を守る大人がいなくなってしまったからだ。私はそんなお前が憐れに思えてならないのだよ。だから昔のことは忘れてやることにした。私がお前を守ってやろう」

「……私を、守る?」

「ああ、そうだ。感謝しろよ。私がお前の後見人になってやると言っているのだからな」

「え……?」


 サフィリナはあまりのことに唖然として言葉を失い、セージは顔をゆがめて口を開く。


「後見人? あなたが? まさか、いまさら彼女の伯父を気取るつもりか?」

「気取るもなにも、実際私はサフィリナの伯父ですからな」

「……っ」


 なぜこの男はこんなにも図々しくなれるのか、セージにはまったく理解ができない。しかし、言っていることは間違っていないから、余計に腹が立つ。


 そのジョシュアは、ようやくここに来た目的を口にすることができて満足そうだ。


 後見人ということは、サフィリナの面倒をジョシュアが見るということ。それに財産管理もジョシュアが行うということだ。


 サフィリナもようやくジョシュアがここに来た目的を理解した。

「フルディムが行っていた事業だが、今のままでは廃業、もしくは譲渡することになるだろう」

「そんな――」

「当然だ。経営者が死んで、一人残った娘が未成年なのだからな」


 確かに、経営者を失った会社がそのまま経営をしていくことはできないし、サフィリナが跡を継ごうにも王国の法で、未成年は親権者や後見人の同意なく会社を継ぐことも、経営することもできない。しかし裏を返せば、親権者や後見人からの同意を得られれば、サフィリナが会社を継いで経営を続けることができるということだ。


 その考えに至ったサフィリナは、ジョシュアの不敵な笑みに躊躇しながら口を開いた。


「……伯父さまが後見人になってくださるということは、私が会社を経営することに、同意をしてくださるということですか?」


 しかしジョシュアは、なにをばかなことを、と鼻を鳴らす。


「私が同意したとしてお前になにができる?」

「え?」

「お前が会社を継いで、なにかあったら誰が責任をとるんだ? お前か? いったいお前になにができるんだ?」

「それは……」


 子どものお前にできることなどなにもない、とサフィリナを見おろすジョシュアの目が語っている。サフィリナは悔しくて思わず歯を強く食いしばった。


「そこで、ひとつ提案があるのだが」


 突然口調を柔らかくするジョシュア。サフィリナは警戒した視線をジョシュアに向ける。


「……提案とは?」


 聞きたくないと思いながらも、求められるままにジョシュアに問う。


「私が事業を引きつごう」

「なにをっ――!」


 ジョシュアの言葉にサフィリナだけでなく、セージやその場にいた使用人たちもぎょっとした。


「なにも驚くようなことではあるまい。私はサフィリナの伯父でフルディムの実の兄だからな。サフィリナの後見人になるのだから、私ほど適任者はいない。そうではないか? それにサフィリナだって、このまま父親が大切にしてきた会社を失いたくはないだろう?」


 下卑た笑みを口の端にのせて、もっともらしいことを言うジョシュアに、サフィリナは必死に抵抗をする。


「……会社は父のものです。そして、その意志を継ぐのは嫡子である私の務めです」

「だから、未成年のお前にできることはないと言っているだろう!」

「それは……」


 これまでフルディムの仕事をずっと見てきたし、いろいろなことを学んできたつもりだったが、なにができると聞かれて答えられるほど仕事を熟知しているわけでも、世の中を知っているわけでもない。未成年のサフィリナを信用してくれる大人がいるとも思えない。


 悔しいがジョシュアの言っていることはすべてそのとおりだ。


 サフィリナは、続く言葉が見つからず、膝の上で握りしめていた手にさらに力を入れて黙りこんだ。


 その沈黙を破ったのはセージ。


「残念ながら、サフィリナ嬢の意思を無視して、あなたが勝手に後見人になることはできませんよ、ポートニア伯爵」

「は? どういうことだ」


 サフィリナを消沈させ、すっかり自分のペースとなったところに水を差されて、ジョシュアの顔が不快にゆがむ。


「おや、ご存じないのですか? 我が国の法では、十四歳以上は本人の意思を尊重することが約束されているのですよ」


 十三歳までは、親族もしくは裁判所が指名した人物しか後見人になることはできないが、十四歳から成人する十八歳までは、当人の意思を最優先とすることが定められている。


 つまり、サフィリナ自身が後見人を指名することができるということだ。そして、双方が合意すれば、サフィリナが望む相手を後見人にすることができる。


「あなた以外の人間が後見人になる可能性も十分あるということです」

「ふ、ふざけるな! そんなこと許さんぞ!」


 ジョシュアは勢いよく立ちあがり、顔を赤くして唾を飛ばす。


「ハハハハ、べつにあなたから許しを得る必要はないと思うが」


 セージはそう言ってサフィリナを見た。


「リナ、どうする? 君が望むなら私が後見人になってもかまわない。それとも、伯父であるポートニア伯爵のほうがいいかな?」


 サフィリナは目を見ひらいて、セージをじっと見つめた。


「今すぐ決める必要はないから、時間をかけてよく考えてから結論を出しなさい」

「あんた、なに勝手なことを言っているんだ」


 怒りをあらわにしたジョシュアの大きな声が部屋の中に響く。しかし、サフィリナはジョシュアの声に怯えることもなく口を開いた。


「私……セージおじさまに後見人になっていただきたいです」

「おい、なにを言っているんだ!」


 セージは声を荒らげるジョシュアを無視してサフィリナを見つめた。


「そんなに簡単に決めていいのかい?」


 セージの言葉にサフィリナが力強くうなずく。


「私は、セージおじさまの慈悲にお縋りしたいと思います」


 慈悲なんて、と少し困った顔をしたセージだが、こちらも決心をしたようにうなずいた。


「よく決断したね。この選択を絶対に後悔させないよ」

「サフィリナ! お前、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」


 ジョシュアは体を震わせ、顔を真っ赤にしてわめき散らした。


「もちろんです。私のことですから」

「調子に乗るのもいい加減にしろ! 私が家族を亡くしたお前を憐れに思い、手を差しのべてやっているというのに、私をばかにするつもりか!」


 テーブルを挟んでサフィリナの向かいに立つジョシュアは、荒々しくサフィリナに近づき腕を伸ばしたが、それを素早く叩きおとしたのはジュエルス。


 それまで、ひと言も発することなく事の成り行きを見ていたジュエルスは、ジョシュアが動きだした瞬間に自身も動き、サフィリナを庇うように立ちはだかり、伸ばしてきたジョシュアの腕を叩きおとしたのだ。


「なんだ、お前! 邪魔をするな!」


 そう言ってジュエルスの胸倉をつかんだジョシュアだったが、ジュエルスにつかんだ手の親指を押さえつけられ、激痛に驚いて手を離した。


「いっ……! な、なにを――!」

「大人げないことはやめてください」


 ジュエルスの低く冷静な声。


「は? なんだと?」

「サフィリナに暴力を振るおうとするなら、俺は容赦しません」


 そう言って、自分より身長が高く、恰幅のいいジョシュアを鋭く睨みつける。


 ジョシュアは真っ赤な顔をして体を震わせた。


「関係のない子どもがしゃしゃり出てくるんじゃない! サフィリナ! お前もいい加減に目を覚ませ。こいつらは結局赤の他人だ。なにも信用できるものなんてないんだぞ」


 ジョシュアの言葉が鋭い剣となってサフィリナを攻撃する。でも負けるわけにはいかない。だからサフィリナは緊張と恐怖に体を震わせながらも、ジョシュアから目をそらすことはしなかった。


「伯父さま、ごめんなさい。でも私は、父が信じた人を信じます」

「なんだと!」


 ジョシュアのこめかみの血管が破裂するのでは? と心配になるほど浮かびあがり、目がありえないほどつり上がっている。


「ふざけやがって! 赤の他人なんか信用して、絶対に後悔するからな!」


 その言葉を聞いて、セージがぷっと噴きだした。


「赤の他人よりさらに他人の親族なんて、信用できるわけがないでしょう?」

「は?」

「これまでフルディムにかかわってこなかったのに、今になって身内面とは少々図々しくないですか?」

「なにを言っている! 私はこれまで、何度もフルディムに連絡をしたのに、あいつがそれを無視したんだ!」


 フルディムが事業に成功したことで、彼がどこでなにをやっているかを知ると、すぐに手紙を送った。しかし、一度も返事が来たことはなかった。


「ああ、彼から聞いていますよ。たしか、金の無心でしたか?」


 そう言ってセージが楽しそうに笑う。ジョシュアは羞恥で顔を赤くした。


「あ、あいつはそうやっていつも、私や家族を笑いものにしていたということか! 親子そろってなんて最低なやつらだ!」


 しかし、真っ赤な顔をして唾を飛ばしながらわめき散らすジョシュアに向けられる視線は、どれも冷ややかで、一人興奮していることが恥ずかしく感じるほど。


「――っ! クソッ! 不愉快だ!」


 ジョシュアは憤怒の顔をして吐きすて、大きな音を立てて部屋を出ていった。


読んでくださりありがとうございます。

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