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一人きり⑤

 その日から二日後、突然屋敷にやってきたのはフルディムの実兄ジョシュア。


 実はサフィリナの十四年という人生の中で、ジョシュアと会うのはこれが初めて。それどころか伯父の名前なんてほとんど聞いたことがないし、そもそもフルディムは家族と絶縁していて、彼らのことを他人より他人と言っていたほど不仲だ。その証拠に、ジョシュアは実の兄弟であるにもかかわらず、葬儀にさえ顔を出さなかった。


 それなのに、葬儀がすべて終わった今になってやってきたのだから、皆がジョシュアを警戒するのは当然だ。


 ジョシュアを応接室に案内し、向かいあって座るサフィリナ。サフィリナの横にはセージが座り、サフィリナの後ろにはジュエルスが立っている。


 ジョシュアはセージやジュエルスをギロリと見て、威嚇するように声を荒らげた。 


「なぜ、この場に部外者がいるのだ?」


 そう言って不機嫌な顔をしたままセージを睨みつける。それに対してセージは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を発した。


「貴公とこうして顔を合わせるのは初めてですな。私はセージ・コッシャ・ロジカと言います。フルディムとは生前親しくしていまして、もしものときは頼む、と彼から言われていたのですよ。なにせ、彼はずいぶん前に実家と絶縁しているもので、頼れる身内はいませんからね」


 ジョシュアはその言葉が気に入らなかったのか、鋭くセージを睨みつけ舌打ちをした。


「は? なにがもしものときは頼む、だ。勝手に絶縁したのはやつのほうだろう。こちらから関係を絶ったわけではない。それをまるでこちらが悪いと言わんばかりだ。勘違いも甚だしいとはこのことだよ。だいたい、こちらが歩みよってやっているんだから、感謝くらいしてもいいんじゃないのか?」


 そう言ってジョシュアはサフィリナに鋭い視線を送り、サフィリナはビクッと肩を震わせた。セージはサフィリナをジョシュアの視界から隠すように身を乗りだした。


「ああ、こんな言葉を聞いたことがありますか? 血のつながった他人より、血のつながらない隣人」

「は?」

「まったくかかわりを持たない親族より、長く親しくしていた他人のほうが信頼できるという例えですよ」


 セージのその言葉にジョシュアが目をつり上げた。


「きさま、よくも――! ロイカだかなんだか知らんが、人さまの家のことに口を出すようなまねをするな、迷惑だ!」


 ああ、だからこんなに横柄な態度をとっているのか、とセージは盛大に溜息をついた。


 貴族の名前を覚えるのは基本中の基本。ましてやロジカは貴族の中でも名家中の名家で、ロジカを名乗れば、誰もがセージがホルステイン侯爵であると理解するというのに、ロイカだと? 聞き間違いが微妙すぎて笑える。


「私はホルステイン侯爵セージ・コッシャ・ロジカといいます」

「ホルステイン侯爵、だと?」


 そこでジョシュアはようやく目の前の男の身分が、自分より高いことを理解した。それに自分より身分の高い相手に対して、無礼極まりない態度をとっていることにも気がついたようだ。ただ、だからといって卑屈にへりくだる気はないらしく、むしろ腹立たしく思っていることがはっきりとわかるくらい頬を引きつらせているのだから、肝が据わっているというか、怖いもの知らずというか。


「家名を言えば皆、私がホルステイン侯爵であることを理解すると思いこんでおりましたが、いやはやお恥ずかしい。爵位まで告げないとわからない人がいるなんて、私もまだまだですな」


 セージはそう言って首をすくめた。


「くっ――!」


 ジョシュアが悔しそうに顔を真っ赤にしてセージを睨みつける。


 ホルステイン侯爵家は、過去には筆頭侯爵にもなったことがあるほど力のある家門。残念ながら、一時期勢いを失くし、筆頭侯爵の座は明けわたしたが、前侯爵の代から行われている領地改革により、今では最盛期の勢いを取りもどしているし、国王からの信頼も厚く、いつ筆頭侯爵に返り咲いてもおかしくないと言われている状況だ。


 そんなセージに不快な顔をして食ってかかったのだから、立場的にとてもまずい状況である、ということをジョシュアは理解しなくてはいけないのだが、彼の様子を見る限り、そんな考えには至っていないようだ。その証拠に、ジョシュアがセージに謝罪や弁解をすることはなく、それどころかいまだに不機嫌な表情のまま。


「伯父さま、今日はどのような用件でお越しになったのでしょうか?」


 ピリピリとした空気の中を割って入ったのはサフィリナ。


 突然早朝にジョシュアから先触れが届き、昼には本人が来るなど、まったく先触れが意味をなさない状況で、どうにか体裁を整えたというのに、それに対してジョシュアからの謝罪はない。それどころか、部屋の中をじろじろと見まわして舌打ちをし、壁に飾られた絵画を見てフンと鼻を鳴らし「生意気だ」と吐きすてるなど、彼の態度は不遜無礼で不愉快極まりない。


(こんな人がお父さまと兄弟なんて信じられない。……すごくいやな感じだわ)


 彼の高圧的な態度と、人を威嚇するような視線のせいで、サフィリナの体はずっと強張っていて、強く嚙みあわせているせいか奥歯が痛い。


「親を亡くした姪を心配して来てやったというのに、ずいぶんな態度だな」


 ジョシュアはイライラした口調で乱暴に言いはなった。どのような用件で、なんて言う気の強い姪の態度が気に食わないのだろう。


 しかし、葬儀に顔も出さず、今このときまでお悔やみの言葉も、励ましの言葉も口にしていないジョシュアに、怒りが湧いているのはこちらも同じ。それに、心配して来てやった、とは? 本当に心配していたとしても、言葉の棘が鋭利すぎて素直に受けいれるのは難しい。


 それでも心の奥に渦巻くわだかまりを抑えて、静かに謝罪の言葉を口にする。


「まだ、気持ちの整理がついておらず……申し訳ありません」


 彼が本家の当主ということを考えれば、これ以上関係をこじらせるのはいいことではないし、サフィリナが少し我慢をしてやり過ごせばいいだけのこと。


「フン、まぁいい。それでサフィリナ、お前は何歳だ」

「……十四です」


 それを聞いて、うむとうなずいたジョシュアは、少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「まだ子どもだな。それなのに孤児となってしまっては、これから先が大変だろう」

「――っ!」

「伯爵、言葉を慎みたまえ!」


 悪意のあるジョシュアの言葉に怒りをあらわにしたセージが声を荒らげる。


 自分が孤児と呼ばれるなんて思ってもいなかったサフィリナは、顔を真っ青にしてぎゅっとドレスを握りしめた。


「はっ? 本当のことではないですか、親を亡くしたのですから。ああ、孤児という言葉が気に入らないのなら、みなしごという言い方もありますがな」


 ジョシュアはそう言って、サフィリナを侮蔑するようにチラッと視線を送る。


「なんて失礼な人なんだ、あなたは!」


 たまらずセージが身を乗りだした。


「私は失礼なことなんて言っていませんよ。それどころか、そのことを理解していないサフィリナに事実を教えてやったのですから、親切なくらいです」


 ジョシュアはそう言って口角を上げた。


「だからといって、そんな言い方をする必要はないはずだ!」


 普段穏やかなセージだが、ジョシュアの前ではそうはいかないようだ。


 サフィリナは真っ青な顔をしてうつむいている。


(両親を亡くしたから孤児……? みなしご、ということなの?) 


 確かにジョシュアの言うとおりだ。サフィリナは孤児になってしまったし、もっと言えば大切な家族を失い天涯孤独。


「しかし、血をわけた身内はいる。それが私だ」


 そう言って、ジョシュアは得意げに胸を張った。


読んでくださりありがとうございます。

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