一人きり④
執事のジェイスがフルディムとウテナ、そしてマリオンの遺体を運んできたのは、それから五日後のことだった。
さらに十日後、三人の葬儀が行われた。
喪主となったサフィリナは、普段の元気な姿など想像もできないほどに憔悴し、青白い顔をしていたが、それでも涙は見せず気丈に振る舞い、立派に喪主を務めあげた。
葬儀のすべてが終わり、弔問に訪れた人たちもいないネルソン男爵邸。寝しずまるには早いこの時間、普段ならどこかで笑い声が聞こえていたはずなのに、今はあのころには想像もしていなかった静寂が屋敷を包みこんでいる。
居間のソファーで、どことも言えない場所を見つめているサフィリナは、失意という暗闇の中に取りのこされていた。そこに思考はなく、感情もない。かなしみさえも闇に姿を隠し、一人ぼっち、という言葉だけがサフィリナにそっと寄りそっていた。それは孤独にも恐怖にも姿を変えることができ、それを意識してしまえばあっという間に飲みこまれてしまう、絶望にも似た存在だ。
ドアをノックする音が聞こえた。いや、正確には音はしているがサフィリナの耳には入っていない。だから返事もしない。再びノックをする音。それからしばらくして、ドアが静かに開いた。
部屋に入ってきたのはジュエルス。
ジュエルスがフルディムたちの訃報を聞いたのは、彼らが到着する予定だった日から五日後のこと。すでに数日続いていたパーティーは終わっており、招待客が思い思いの時間を過ごしている中、なにかあったのでは、と心配していた矢先の訃報に、ジュエルスの父セージは顔を真っ青にして座りこみ、しばらくその場を動くことができなかった。
それからセージは、すべてを妻ケイトリンに任せ、ジュエルスと共にネルソン男爵邸に向かった。しかし、どんなに急いでも屋敷までは一週間以上かかるため、ネルソン男爵邸に到着したときには葬儀は終わっていた。
セージはサフィリナに何度も謝った。自分が別荘に招待をしなければこんなことにはならなかったのに、と。
しかしサフィリナは、小さく首を横に振った。フルディムたちが盗賊に襲われたことが、セージの責任であるはずがないことくらいわかっている。だから、サフィリナは気丈にも「おじさまのせいではないので、ご自身を責めないでください」と微笑んだのだ。
「リナ」
「……」
サフィリナに声をかけても返事はない。ジュエルスはぎゅっと顔をゆがめ、拳を握った。
久しぶりに会ったサフィリナは、自分の記憶にあるかわいらしさをわずかに残し、美しく魅力的な女の子へと成長していた。もし二人の再会が、かなしみに包まれたこんなときでなければ、ジュエルスは顔を赤くして、きれいになったね、なんて普段絶対口にしないような言葉を紡いだだろう。
ジュエルスは静かにサフィリナが座るソファーまで行き、ゆっくりと彼女の横に腰を下ろし、表情のない顔を見た。どこを見ているわけでもないサフィリナの視界に、ジュエルスが入ることはなく、無力な自分が悔しくてぐっと奥歯を嚙んだ。ふと視線を落とすと、サフィリナの膝に置かれた手が固く握りしめられていた。
「リナ」
「……」
サフィリナから返事はない。きっと彼女の耳にはジュエルスの声が届いていないのだろう。でも、そうとわかっていても、ジュエルスは再びその名を呼ぶ。が、やはりその瞳にジュエルスを映してくれることはなかった。
「……」
(お父さま……お母さま、マリオン……)
なんでも許してくれる優しい父も、困った顔をしてサフィリナに小言を言う母もいない。サフィリナのことを「ねぇね」と呼ぶかわいい弟も、サフィリナを置いていってしまった。なぜ、こんなにも残酷な現実がこの世に存在するのか……。
「――エル……」
視線を前に向けたまま、サフィリナは独り言のようにジュエルスの名を呼ぶ。
「リナ、俺はここにいるよ」
サフィリナの手に自身の手を重ねたジュエルス。サフィリナはようやく、ジュエルスが自分の横にいることに気がついて、静かに視線をそちらに向けた。
「エル……私、一人になってしまったわ」
「……うん」
「一人きりになってしまったわ――」
言葉にすれば、ますます孤独とかなしみが押しよせるのに、過ぎたかなしみはサフィリナに涙を流すことさえさせない。そんなサフィリナが痛々しくて、思わず手を伸ばして抱きよせる。
「俺が一緒にいるよ、ずっと一緒にいるから」
「……ありがとう」
疲れきったサフィリナは、ジュエルスに抱きしめられたままいつしか眠ってしまった。
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