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ドナヴァンとの出会い②

 翌日、再び工場に足を運んだサフィリナは、昨日と同じように、二度と来るな、と睨みつけられ工場を追いだされた。


「……やっぱりまったく話を聞いてくれなかったわね」


 工場に足を踏みいれたのはドナヴァンを探すためだったが、そもそも容姿や特徴を確認していなかったため当然見つけられるわけもなく。


「仕方ないわね、もう一度お店に行って――」

「調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 踵を返して昨日買い物をした店に行こうとしたサフィリナの耳に、男の怒鳴る声が聞こえた。明らかに揉めていることがわかる音と複数の声。サフィリナが声のするほうへ行くと、一人の男を二人の男が囲んでいるのが見える。


「やだ、喧嘩?」


 もちろんサフィリナの出る幕ではないが、多勢に無勢の状況は見すごせない。だからといってその場に乗りこんでいっても解決はしないだろう。


「お前、また社長に自分を職人にしろって言ったらしいな?」


 グレーの髭を蓄えた四十歳前後と思われる男が、顔に傷を負って地面に座りこんでいる黒髪の若い男に、強い口調で怒鳴っている。


「そりゃ、あの紡績機を作ったのは俺だし、あんたたちより技術があるんだから当然だろ?」

「なんだと!」


 挑発的な言葉にまんまと乗り、怒りで顔を真っ赤にして若い男の腹を蹴りあげたのは、頭に布を巻いた男。


「うぐっ……!」


 若い男が蹴られた腹を押さえてうずくまる。


「ふざけんな! たまたまできただけで職人になれるわけがないだろ。お前は雑用係で十分なんだよ」


 そう言ってグレーの髭の男が若い男の背中を踏みつける。若い男は顔を上げることもできないのか、うずくまったままだ。


「なんてひどい人たち……!」


 サフィリナは勢いよく飛びだし、「きゃー」と悲鳴をあげた。


「なんてこと! けがをしているじゃない!」


 そう言ってうずくまる若い男のもとまで早足で近づく。


「あなたたちなにをしているの? こんなにけがをしている人を放置するなんて!」

「は? あんた誰だ?」

「私は、ネルソン男爵サフィリナ・ナーシャ・ラトビアよ」

「だ、男爵? うそをつくな! 女のくせに!」


 この国で女性が爵位を継ぐことはめったにないのだから、当然そう思う人は多いのだが。


「あら、あなたたちご存じないのかしら? ネルソン男爵が女性であることは有名な話なのだけど」


 そう言われて、男たちは顔を見あわせる。


 ネルソン男爵が女性だろうと正直どうでもいいが、もし本当に目の前の女性が男爵だった場合、貴族に対する無礼で不敬罪なんてことにもなりかねない。それに、本当は貴族ではないとしても、身なりを見ればどこかの金持ちの令嬢であろうことは想像できるし、面倒なことにはなりたくない。


 男たちは急に先ほどまでの威嚇するような態度をやめた。


「それで、あなたたちはなにをしているの?」

「そ、そいつはここの工場の雑用係で、仕事をさぼっていたんで注意をしたんですよ」


 頭に布を巻いた男が工場を指さして言った。


「……そう。ずいぶんと乱暴に注意するのね」

「……いや」


 二人の男は、顔を引きつらせている。


「まぁ、いいわ。ところで、あなたたちこんな所で無駄に時間を潰していてもいいの?」

「い、いや、俺たちは今から仕事をするところで」


 男たちはそう言って、そそくさと工場へ入っていった。男たちの姿が見えなくなったのを確認してサフィリナが若い男に声をかける。


「あなた、大丈夫?」

「……腹が、いたい。あいつら、思いきり蹴りやがって……」

「あなたも挑発したじゃない」


 すると若い男が小さく笑う。見ていたのか、と。


「どうせ、なにをしたってやられるからね……」

「そう」


 男はゆっくりと顔を上げてサフィリナを見た。


 黒い瞳とすっと通った鼻筋に薄い唇。長めの黒髪をひとつに結わいたこの男が、店番の彼女が言っていたドナヴァンなのだろう。話の内容からしても間違いなさそうだ。


「ずいぶんやられちゃったのね」


 唇が切れて血が出ているし、頬も赤くなっているからそのうち腫れるかもしれない。


 サフィリナは持っていたハンカチで若い男の口の血を拭いた。


「汚れるよ」

「べつにかまわないわ。洗えばいいんだもの」

「そうか」


 男は腹を押さえながら起きあがって地面に座る。まだ痛みが残っているようで、何度か顔をしかめた。


「私はサフィリナ・ナーシャ・ラトビアよ。あなたは?」

「俺は……ドナヴァンだ」

「ドナヴァン。あなたが、丈夫な糸を作る紡績機を作ったのよね?」

「……まぁね。だからなんだって話だけど」


 ドナヴァンは小さく鼻で笑って、プイッと横を向いた。


 素晴らしいものを作った自負はあったし、大きな利益を上げることになったのに、社長はそれを評価してはくれなかった。職人たちは嫉妬からかこれまで以上にドナヴァンをこき使い、鬱憤を晴らすために毎日暴力を振るってくる。それを誰もが見て見ぬふりをする。


「なぜそんな扱いを受けているのに、ここにいるの?」

「……俺は道具を作る職人になりたくて家を飛びだしたからな。こんなことで逃げだすわけにはいかないんだ。ま、まったく職人になれる気がしないけど」


 そう言ってドナヴァンは乾いた笑いをこぼした。


「……ねぇ、それなら私のところに来ない?」

「は?」


 ドナヴァンは怪訝そうにサフィリナを見つめる。


「私があなたの面倒を見るわ」

「君が?」


 ますます怪訝そうな顔をするドナヴァン。サフィリナはその様子を見てクスッと笑った。


「アンティオーク繊維工場って知っている?」

「アンティオーク? 知っているもなにも、そんな大企業、この業界の人間なら知らない人なんていないよ」

「そう、うれしいわ。私はその大企業の経営者」


 サフィリナはそう言ってニコッと笑った。その笑顔は美しく、どう見ても世間知らずなお嬢さんで、とてもではないが大企業の経営者には見えない。


「本当よ。実はね私、あなたを引きぬこうと思ってここに来たの」

「は?」

「私が作ってほしいのは細くて丈夫な糸を作る紡績機。今回あなたが作った紡績機も素晴らしいけど、私はもっと細くて丈夫な糸を作りたいの。どう? やってみる気はない?」

「……そりゃ、やってみたいが」


 しかし、ドナヴァンはサフィリナを見つめてフンと鼻を鳴らした。


「初めて会った人間を簡単に信用するほど俺は能天気ではない。だいたい、君がアンティオークの経営者っていうのも――」

「信じられない?」

「……」

「それは当たり前よね」


 サフィリナはうんうんと納得するようにうなずいた。


「だから、その目で確かめてちょうだい。私と一緒にくれば、私が本当のことを言っているとわかるわ。それに、私は約束を破るようなことはしない」

「……」


 ドナヴァンはサフィリナを真剣な表情で見つめている。


「私は能力ややる気を評価するし、給金だってそれに見あったものを支払う。どうする? あなたは今の生活を続ける? 能力が評価されないこの場所で?」


 ドナヴァンはぐっと眉根にしわを寄せた。


読んでくださりありがとうございます。

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