二人の結婚①
二年後。
気持ちよく晴れた日の午前中。ホルステイン領内にある一番大きな教会で結婚式が行われた。指輪を交わし、くちづけを交わした本日の主役であるジュエルス・バロス・ロジカとサフィリナ・ナーシャ・ラトビアは、周囲の誰もが認める仲の良いカップルで、一般的な政略結婚というよりは相思相愛で結ばれた理想的な夫婦。
その場にいる誰もが二人を祝福し、彼らが生涯変わらず愛しあうことを確信している。
しかし、そんな誰もが認めるお似合いの夫婦の結婚に、嫉妬の熱をたぎらせる者がいないわけでもない。
新郎のジュエルスは、特徴的な銀色の髪に黄色の瞳、長身の引きしまった体に白いタキシードといういで立ちの、誰もが認める美丈夫。
騎士団に入団して一年で正騎士になったジュエルスは、いずれエリート集団と言われている第一部隊に配属されるのではないか、とささやかれるほどの実力者。そんな、ジュエルスをひと目見ようと騎士団の寄宿舎に足繁く通う女性は多く、彼への恋慕に胸を焦がした女性が一人や二人ではないことは有名な話。
しかし、当のジュエルスは婚約者一筋で、品のない噂話のひとつも聞かれない好青年だ。
そしてサフィリナ。すらりと伸びた手足と、ほっそりとした長身にまとう真っ白なドレスはマーメイドラインで、手に持つブーケは彼女のイメージにぴったりの白のカラー。金色のクセのない艶やかな髪はきれいに結いあげられ、ベールを被っているというのに美しさが隠れることはない。翡翠色の大きな瞳は幸せ色に染まり、涙で潤んだ可憐な佇まいがますますサフィリナを美しく輝かせた。
そんなサフィリナを見て、ジュエルスの同僚は皆納得した顔をしている。
これまでジュエルスは、婚約者のことを周囲にあまり語ることはなく、サフィリナ自身も、とあるパーティー以降、一切パーティーに参加をしなくなってしまったため、あまり人にその容姿を知られていなかったのだ。
しかし、なるほど。ジュエルスが語らなかったわけがわかる気がする。同僚たちが彼女に余計な関心を持つことをいやがったのだ。
そう理解することが容易であるほどサフィリナは美しい。
ジュエルスは夜の街に誘っても酒の席にはつきあったが、女目当ての遊びにはまったく乗ってこなかったし、帰郷となれば、どんなに疲れていても、どんなに遅い時間に寄宿舎に戻ってきても、荷物をまとめるとさっさと馬にまたがって寄宿舎を飛びだしていった。
いつか酔った酒の席で「もし自分がいないあいだに、彼女に恋慕する男がいたらと思うと心配が尽きない」と言った言葉をネタにして、しばらくジュエルスを皆でからかっていたのだが、美しい新婦を目の前にすれば、決してあの言葉は大袈裟ではなかった、と同僚たちはうなずきあう。
騎士仲間たちはそんな水臭い友人に冷やかしの視線を送ったが、ジュエルスはその視線を無視し、熱い眼差しでサフィリナを見つめていた。
しかし、結婚をして新生活を始めた二人だったが、これまでとそれほど生活が変わることはない。寝室を共にしたのは結婚をしてから一週間だけ。そのあいだに貪るように愛を確かめあい、ジュエルスは泣きそうな顔をしながら王都へと戻っていった。反対にサフィリナは、毎日の忙しさも手伝って、寂しさなどまったく感じさせないほど元気に過ごしている。
それはそれで複雑なのはケイトリン。結婚をしたのだから騎士など辞めて、帰ってくればいいのに、と文句を言う毎日だ。
「本当にエルはなにを考えているのかしら」
せっかく器量よしの女性を妻に迎えたというのに、甲斐性のない息子は仕事を理由に美しい妻を放置している。なんと情けないことか。このままではサフィリナに見かぎられる未来もありえるのではないか、と心配してしまうほどだ。
ケイトリンはサフィリナをとても気に入っている。特にケイトリンが好ましく思っているのはサフィリナが勤勉で、領地経営に積極的にかかわってくれているということ。
貴族女性の多くは、結婚をして子を産み、家を守り、社交をして夫を立てることを美徳としている。しかし、ケイトリンはそうではなかった。もちろん子どもを産むことは重要な使命であると認識しているが、女性が先頭に立って仕事をすることは、これからの時代に必要なことで、自分を押しころして男性の後ろに立つばかりが女性のあるべき姿ではない、と日頃から考えているのだ。
だから、サフィリナが領地経営に興味を持ってくれることをおおいに歓迎していた。
「エルも早く次期当主としての自覚を持ってくれればいいのだけど」
このままではサフィリナのほうが優秀な当主代理になってしまう。
「……早く騎士なんて辞めてくれればいいのに」
命がけの危険な仕事に身を投じる息子を誇りに思っていても、自分より先に神の御許に召されるような恐ろしい未来を想像すると、騎士として将来を嘱望されているジュエルスの洋々たる未来が、ケイトリンには地獄への一本道に思えてならない。
「だめね、こんなことを考えるなんて……」
しかし、そんなことを考えてしまう理由がないわけではない。
実は最近、国境付近で隣国バーズビル王国が不穏な動きをしているという。もともと、ザンブルフ王国とバーズビル王国は長く小競り合いをしている関係で、なにをきっかけに大きな争いへと発展するかわからない状態。
その問題の発端は両国のあいだを流れるアマースト川。
ザンブルフ王国のフォールーズ領を流れるノーヴェオ川と、バーズビル王国にあるシレニキ山から流れるセナ川が合流して本流となるアマースト川を、どちらが所有するかという争いが長く続いているのだ。
アマースト川は、その恵まれた環境からおいしい川魚を釣ることができ、飲み水として使うこともできる。川辺にはうつくしい花が咲き、人々の目を楽しませているアマースト川は、人々にとってなくてはならないものなのだ。
そのため両国は互いに自国に帰属していると言って譲らず、住民同士でも頻繁に争いが起きていて、特に最近では、川の周辺に住むザンブルフ王国の住民が襲われる事件が相次いでいることが問題視されていた。
あまりに多発するため地元の憲兵部隊では手に負えず、騎士団が派遣されることになったのだが、あろうことか、その派遣された騎士が調査中に行方不明になる事件まで起きてしまった。
騎士団上層部は、この件にバーズビル王国が関与していることは間違いないだろう、との見解を示している。
その話をしているあいだ、ジュエルスは複雑な感情に顔をゆがめていた。その行方不明になった騎士というのは、ジュエルスが慕っていた先輩だったのだ。
「その後どうなったのかしら?」
それについてはしっかり統制されているため、あまり詳しい情報は入ってこないが、一刻でも早くこの問題が解決することを願うばかりだ。
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