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夢への一歩④

 所蔵庫から出てきたサフィリナに駆けよってきたのはジュエルス。


「リナ」

「エル、お待たせ」

「な、なにが? もしかして無礼なことを言われたのか?」


 鼻先を赤くしたサフィリナに驚いて、所蔵庫の扉を睨みつけるジュエルス。


「いえ、違うわ」


 慌ててサフィリナが大きく手を振った。


「感激して泣いてしまったの」


 サフィリナはマックトンとのやりとりをジュエルスに説明し、それに納得したジュエルスがホッとした顔をした。


「そうか。よかったな」

「ええ。私、このチャンスを活かせるように努力するわ」


 サフィリナは自分に言いきかせるように、ぐっと自身の手を握りしめた。


「オラスト伯爵夫妻にお礼を言わないと」


 お礼の言葉だけでは足りないくらいだけど。


 会場に戻ったサフィリナとジュエルスが、夫妻を探して会場内を歩いていると、後ろからかわいらしい声が聞こえた。


「エル!」


 振りかえると、そこにはクローディア。


「捜していたのよ、エル」

「俺を?」

「ええ! あれから全然会えなかったし。私、もう一度ちゃんと話がしたくて」


 二度とかかわらないと言ったのに、とジュエルスは眉間にしわを寄せた。


「私たち、あんなふうに別れるべきじゃないわ。だって、そんな薄弱な関係ではないでしょ?」


 なにも知らない人たちが聞いたら、恋人たちが別れ話をしているようだ。


「クローディア、場所を考えろ」


 ジュエルスがあからさまに不快そうな顔をする。


「ひどいわ。今私がなんて言われているか知っている?」


 サフィリナにジュエルスを横取りされてかわいそう、と同情をしてくれる人もいるが、クローディアをうそつき呼ばわりする人もいる。


 ずっとジュエルスと結婚をすると言っていたくせに、蓋を開けてみれば、ジュエルスはほかの令嬢と婚約をして、クローディアなんて相手にもされていないではないか、と。


「今まで私にすり寄ってきた人まで私をばかにしているの! なんで私がそんな目に遭わなくちゃいけないの?」


 クローディアは憎々しげにサフィリナを睨みつける。すると、ジュエルスがクローディアの腕を引き、会場の隅へと移動した。


「なにするの?」

「いい加減にしろ。こんな場所でする話じゃないだろ?」

「じゃあ、いつしてくれるの?」

「……」


 どうせ聞く耳を持たないくせに、と言いたいところを我慢するジュエルス。


「私は納得していない。私だけじゃないわ。私の友達だっておかしいって言っているんだから」


 ジュエルスは、だからどうした? と言いたげな顔をして大きな溜息。


「エル、クローディアさまと話をして」


 そう言ったのはサフィリナ。


「でも」

「ちゃんと話をしなくてはだめよ。あなたにとって大切な人でしょ? 私はオラスト伯爵夫妻にお礼をしてくるから」

「それなら、俺と一緒に――」


 しかし、ジュエルスが歩きだすより先に、クローディアがジュエルスの腕を引いた。


「本人がいいって言っているんだからいいじゃない。行きましょうよ」

「おい、クローディア!」


 強引に腕を引かれるジュエルスが慌てて振りかえると、サフィリナがニコッとしてうなずく。


「大丈夫だから」


 サフィリナのその言葉にジュエルスがぐっと顔をゆがめた。


「……すぐに戻る――」

「早く行きましょ」

「――おい!」


 クローディアは有無を言わせず、ジュエルスの腕を引っぱってサフィリナから離れていった。


 サフィリナはその様子を見つめ、人ごみにまみれて背中が見えなくなるのを確認してから小さく息を吐く。


「……すっかり私は悪者ね」


 サフィリナが彼女の望む未来を奪ってしまったのだから、それはそうか。


「……しっかりしないと。いちいち動揺していたらきりがないわ……。よし!」


 気持ちを切りかえて辺りを見まわす。


 視線を感じるのは、先ほどのやりとりを見られていたからだろう。サフィリナと目が合うとあからさまに逸らすのに、決して好奇心は隠さず、ひそひそと話をしながら笑っている人たちの中に、事実を知っている人はどれほどいるのだろうか?


「事実なんて重要ではないわね」


 人々が求めているのは他人の醜聞や不幸話。それに色を足して、自分たちにとって楽しい話になれば、それが事実でなくても問題ないのだ。


「でも、噂話のネタになる気はないわ。もっと気を引きしめないと……」


 ここにはサフィリナの盾となってくれる人はいないのだ。


 再び会場内を歩きはじめると、今度は横から近づいてきた女性たちに呼びとめられた。


「あの! ネルソン男爵……ですか?」


 声をかけてきたのは四人の令嬢たち。


「ええ」

「まぁ、やっぱりそうでしたか。私、パーナと申します」

「私はエリザベートですわ。そしてこちらがローズとオリビア」


 紹介された令嬢たちがサフィリナに笑顔を向ける。


「私たち、ネルソン男爵とお話がしたくて」

「私とですか?」


 パーナの意外な申し出に思わず確認をしてしまう。


「若いのに爵位を継がれるなんて素敵ねって話をしていたんです、ね?」

「ぜひお友達になりたくて」


 ローズの言葉にオリビアがうなずき、サフィリナに笑顔を向けた。


「本当に、私とですか?」


 サフィリナは驚いてもう一度聞いた。


「ええ。いろいろお話を聞かせてください」


 エリザベートも興味津々の顔でサフィリナを見つめている。


「話っていっても……あっ」


 もしかしてジュエルスのことを聞きたいのでは?


「チェスター領でしたよね? 男爵の屋敷があるのは」

「え、ええ、そうです」

「素敵な場所だと聞いています」

「ええ。とてものんびりしていて、私は好きです」


 綿花畑が広がる田舎で、王都で生活をしている令嬢が気に入るような場所とは言い難いが、褒められることがうれしくて思わずうなずいてしまう。


「立ち話もなんですし、場所を移動しませんか?」

「それはいいですね」

「ゆっくりお話したいですわ」


 パーナが提案すると、ほかの令嬢たちも次々と賛成する。


「移動するのですか……?」


 まだオラスト伯爵夫妻にお礼も言えていないのに。


「ええ。疲れたときに休憩ができるように、いくつかの部屋が開放されているのです」

「私たちそこでよくお喋りをするんです」


 そう言ってパーナがかわいらしい笑みを見せる。


 そういえば、サフィリナもこれまで出席したパーティーで、ケイトリンに連れられて休憩室に何度か行ったことがあった。


「わかりました、そうしましょう」


 せっかく令嬢たちが誘ってくれたのに、それを断って雰囲気を悪くする必要はない。オラスト伯爵夫妻には、あとでお礼を言えばいいだろう。


(あ、エルに伝えたほうがいいかしら? ……いいえ、エルに会いに行ってクローディアさまの気分を害するようなことをする必要はないわね)


 そう考えたサフィリナは、そのまま令嬢たちに付いていくことにした。


 会場を出て廊下を進み、いくつか角を曲がっていく、と次第に音楽や人々の話し声が遠ざかっていく。しばらく歩くと、そこが先ほどの所蔵庫に向かう際に見た景色と同じであることに気がついた。でも――。


「あの、どこまで行くのですか?」


 先ほど伯爵夫妻が、ここは一般の招待客の侵入を許可していない場所だ、と言っていたはずだけど。


「ああ、ここです。私たちしか知らない特別な部屋」


 そう言って一人の令嬢がドアを開けた。


「え? 特別な?」


 他家の屋敷で、私たちしか知らないというのは? 思わずそんなことを考えて足を止めたサフィリナだったが、令嬢たちに背中を押され仕方なく部屋の中へと入っていった。


「ここは?」


 応接室、とも違うか。大きなソファーがテーブルを囲むように四方に並べられ、部屋の奥には大きなベッド。書架にはびっしり本が並んでいて、置かれている調度品はずいぶんと立派だ。棚に数本並んでいる酒は上等なものなのだろう。


「ここは特別なお客さまがいらしたときだけ使う客用寝室なんですって」

「客用寝室?」


 言われてみれば、私物らしきものが所々に置かれている。それに気がついて、サフィリナはぎょっとしたように令嬢たちを見た。


「では、どなたかがご利用に?」

「さぁ、知りません。私たちには関係のないことですし」


 先ほどまでにこやかに話しをしていた令嬢たちが、冷めた目で答える。


「え?」

「私たちは、この部屋にあなたを連れてくるように言われただけだもの」

「え? どう――」

「遅かったじゃないか」


 事情がわからず困惑するサフィリナの言葉をかき消したのは、メインルームの隣にあるセカンドリビングから入ってきた二人の男。サフィリナより年上の青年たちで、スーツを着ていることから招待客であることはわかるが、布がよれていて安っぽさを感じさせる。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「どなたですか?」

「どなたですか、だと。お高くとまってんなぁ」


 品のないにやついた男の顔が、サフィリナの背筋に冷たいものを走らせる。


「私たちはもう行くわよ」


 令嬢の一人が言うと、ほかの三人の令嬢たちもさっさと部屋を出ようとした。驚いてサフィリナが呼びとめる。


「ちょっと待ってください。どういうことですか?」


 すると、ぷっと吹きだした令嬢たち。


「まさか、私たちが本当にあなたと友達になりたがっていると思ったの?」

「え?」


 状況が目まぐるしく変わり、頭が追いつかない。それなのに、鼓動だけは不穏な空気を感じているのか、サフィリナの胸を強く叩く。


「クローディアさまの婚約者を奪っておいて!」


(クローディアさま?)


「ちょっと!」


 思わず口をついてしまったエリザベートをパーナが制する。


「まさか、クローディアさまの指示で?」

「は? なに言っているの? そんなわけないでしょ? 私たちはその人たちに頼まれただけよ」


 そう言って男たちを指さすパーナ。


「そうそう。俺らが頼んだんだよ」


 男たちはへらへらと笑いながら、サフィリナへと近づいていく。


「ちょっと、私たちが出ていってからにしてちょうだい」

「へぇへぇ、さっさと出ていってくれよ。早く楽しみたいからな」


 下品な笑い声に顔をしかめた令嬢たちは早足でドアへと向かい、廊下へ出るとバタンと大きな音を立ててドアを閉めた。


 男たちが気持ちの悪い笑みを浮かべてサフィリナを見た。



読んでくださりありがとうございます。

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