⑧節操のないラーシャ
「高難易度ダンジョンで注意しなくてはならないことは.....3つある。なんだと思う?」
――パチンとライターを開いては、また、パチン。と閉める音が続く。
「一つ目は意識外の障害。例えば無臭の毒ガスだとか、栄養不足による脚気だとか、自律神経や海馬、三半規管などに干渉するような精神汚染ないし魔素の乱れによる不調がこれに当たる。」
――ブベッ!!
ラーシャと呼ばれた鎧騎士は、
正中線で開く口からアンデルシアの服を吐き出した。
栄養の無い部分だけ、分けたのだろう。
「パンツ......」
「二つ目は言わずもがな強いモンスターだ。私が対峙したもので一番衝撃だったのは深界魚と呼ばれる生物で、陸地なのに浮遊して襲ってくる化物なんだがね、カメレオンみたいに姿を消せるやつで、捕獲するのに何人もの私の部下が食われてしまった。あぁ、君と適合させる子だから互いに仲良くやってくれ。」
漂う風に、ずっと血の匂いが混じっている。
やがてネビュラはライターで煙草に火をつけ、
血の匂いにメンソールの匂いが混じっていた。
「そして三つ目。みっふめはね......ハァー。バケモノよりも恐ろしく狡猾で手強い生物。」
ネビュラはさぞ想い更けるように肺へ煙を溜める。
その紫煙が俺の青空を侵食するまで。
「すなわちね......”同業者”だよ。」
俺は余りの絶望に笑いながら泣いていた。
「不死鳥の騎士団が五年前。ふぅー。君を保護しなかったのが答えさ。君はあの日から世界に見捨てられたんだ。少なくとも、アイギスにはね。しかし戦争の準備で後回しにしてたとはいえ、よく五年も私から生き残ったよ。そのあいだ、君が一切あの日のことを口外しなかったのも理由の一つだが、君は私の素顔を見たのみならず名前まで知ってしまった。つまり分かるだろ、私は普段素性を明かすことも無いし、こんなにお喋りでもな......しまった。喋り過ぎてしまったよ。許してくれ、内弁慶なんだ。」
――チリチリ......フー.....チリチリ.....
煙草の燃える音がする。
アルプ・ネビュラは五年前と全く変わらず、
若い容姿に寝不足のようなクマを浮かべていた。
「しかし、喋らない事には想いは伝わらないな。」
「ネビュラ、おで.....」
「はぁ、ラーシャ。君は節操がないな。」
ネビュラは涎を垂らすラーシャの前で立ち上がり、
下敷きの様に座っていたマルタから尻をどけた。
「はい、どうぞ。」
「う”ん”!!」
俺は目を瞑って息を吸う。
耳を塞ぐ腕は捥がれた。
逃げ出したいと疼く足は斬られた。
「まったく、直ぐにリーシャと世代交代してしまうぞ。.....あぁ、すまない。で、なんだっけか。」
ネビュラはマルタの下にあった丸太の上で
膝を抱えるように座りなおし、
頬杖をついて俺を見下ろす。
普通の冴えない、理系の寝不足大学生に見える。
五年前とその容姿は何も変わっていない。