④身バレ顔バレ
「狂信者たちはみな、ドラマグラという小説の中に存在する高度な概念を共通認識として持っている。しかしながら、彼らは一様に、その革新的な技術を再現することは出来ない。10年前にもお前のような転移者が現れ、多くの尋問が行われた。その時の彼女は転生者に比べて多くの鮮明な記憶を持つドラマグラであったが、結局魔法技術を底上げするような有力な情報は得られなかった。」
と、言われましても。。。
俺は返す言葉なく立ち尽くす。
「はぁ......仕方がない。.....勿体無いが、ここで消すか。」
「ちょっと待て、どうしてそうなるんだよ!!」
女は呆れながら目線を上げる。
「貴様、火炎を発生させる簡易魔術式を言ってみろ。」
「し、知らねぇよ。」
「では、二酸化マンガンの化学式は?」
「は?」
「クロム酸カリウムは?」
「いや。」
「水は?」
「あー、あ。.....エイチツーオー。」
「もういいさ。.....無能。その状態の君は何ら私に利益をもたらさない。あるのは目下の不利益だけだ。.....実に、ドラマグラたちが定義する超自然的な力。私たちはそれを日頃から耳にするが、実際に目にしたことのあるやつは皆無と言って差し支えないだろう。」
――・・・?!
「衛星、ロケット、原子力潜水艦、核爆弾、電子パルス、人工知能.....等々。昔はこの世界にも存在していたけれど、魔法がそれを淘汰したのか。さながら超自然的な迷宮で、我々が魔術を使えなくなるように。」
「魔法が......淘汰した......?」
「実に、ドラマグラたちの発想は目を見張るが、彼らの知識は一様に傾いている。これは”ドラマグラ症候群”と呼ばれるものだ。そして特段注視すべきことに、悪魔の門と呼ばれている異界発動系の魔術は禁忌扱いされ禁固刑及び死刑に処せられる。分かるだろ、これは『転生』についての話さ。」
白衣の女は、肩を落としたように続きを話す。
「例えば......君が極度の海洋恐怖症だとして。君が一匹のアジに転生させられたとする。アジの親は自分の子供の魂が贄となり、大変心苦しい思いをする。一方、海洋恐怖症の君には毎日拷問のような人生が訪れるだろう。あるいは君が閉所恐怖症だとして、蝉に転生したとする。蝉の親は自らの子供の魂が死に、他者の魂に入れ替わったことを嘆くだろうし、閉所恐怖症の君は空を見る前に地中七年間もいなくてはならないというストレスで死ぬほどの苦痛を味わうだろう。あるいはストレスで本当に死ぬかもしれない。あるいは君が大の虫嫌いだとして、メスのゴキブリに転生させられたとする。「ゴキブリですが、何か?」と開き直りたいところかもしれないが、君がどれだけの知恵を振り絞ろうともゴキブリは所詮ゴキブリのまま、テラフォーマーズへ進化することも無く、最終的に犯されるか共食いされるか、ゴキブリとして惨めに生きるか迫られる。一般的に後世へ記憶が引き継げないということは、残酷な不幸を取り除くための神々の措置であると解釈できる。しかし我々人類が身勝手ながら、あの世へ旅立つはずの崇高な魂を現世に呼び戻し、身勝手に記憶を引き継いだまま転生されば、おおよそ人道に反する最悪の結末を招きかねないということになる。すなわち転生とはね・・・。”魂を弄ぶ行為”と、解釈もできるのだよ。すなわち、君をここに置いておくメリットが私たちには無い。戦争準備に時間を取られず、暇を持て余していれば話は別だっただろうがね。.....あー、......しまった。私は内弁慶でね。研究所にいるとつい喋り過ぎてしまうんだ。」
女は俺の前で杖を向ける。
「な、なにをする気だ......」
何をされるか分からない杖を向けられている。
ただの木の棒で無いと知れば、
さながら銃口を突きつけられている気分になる。
「ドラマグラへの尋問は何度もしてきたよ。10年前のあの子を買い取ってね。あぁ、今は後ろのポッドでおやすみ中だ......」
女が指す先には、
俺が気色の悪いと言った生物がいた。
「実に彼らは魔法生物との適合率が高い。魔力を内在しないからだろうね。ともすれば君にも使い道はあるのだろうけれど。出会いが悪かったね。――私はイレギュラーが嫌いな魔術師なんだ。」
「やめろ......」
「知っているぞ。君達、ドラマグラはこういう時、もっともプリミティブでフェティッシュな......」
「やめろッ!!俺は元ネタを知らないんだ!!」
「とかく。君は知り過ぎた。というか私の素顔を見てしまったから、さながらトラックとやらに潰された時みたいに。あぁ参った......そういえば君は転移者だったな......では、バージンを捧げてもら――」
「侵入者です。ネビュラさま。」
(......※△です。”ネビュラ”......)
動揺からか。俺は奴のテレパスの一部が聞こえた気がした。
「ネビュラ......」
俺がそう呟くと、その女は赤色に光らせた瞳孔を刺すようにこちらへ向けた。
『そうか。』