③ドラマグラ
異界が何を指すのかは分からないが。
とにかく、ここは夢の中ではない。
辺りに広がる消毒液のツンとした匂いが、
そのことを、ハッキリと伝えてくれていた。
「そして君はその時、たまたま、転生者を産み出さんとする我々の魔術式とリンクでき。たまたま、あの娼婦が出産している時に、たまたま我が家に有った転移陣へと移動した。なんと凄まじい偶然なのだろうか。おおよそ此方だけでは再現性に乏しく、こうして新たに、それも質の良いドラマグラが生まれてしまったというワケだ。フハハハハハ。」
「.....フハハハハハ。」
闇の中から兜にこもった笑い声が、
釣られるように続いた。
「ドラマグラ......?」
聞き慣れない単語に、俺は首を傾げる。
「あぁ。分かりやすく言えばイカレぽんち。気違いの類だよ。彼らはとても突飛で革新的な発想を持っている割に、そのどれもが実用に至らず、論理説明も不十分で頭がおかしいとされている。出来ることは旨い料理を作るくらいだ。大抵は赤子の状態からドラマグラだと次第に判明していく......あるいはドラマグラ化していく......が、君はどうやら違うらしい。現時点で、そのダッさいジャージも悪臭も、言語能力も、その全てがズレ切っている。まるでパラレルワールドから来たみたいに.....」
「げ、言語?何を言ってるんだアンタ。」
「こっちの台詞だ。君は私以外とは共通言語で会話を出来ない。だから今私の後ろにいるニーシャは、何故私が笑っているのかも分かっていない。フハハハハハ。」
「フハハハハハ。」
「ハ、ハハ......」
なるほど。
どうやら俺、相沢倫太郎はひょんなことから、
このマッドサイエンティストによって
異世界転移させられたらしい。
まったく、どうやったら元の世界に戻れるのやら。
「ハハハ。でも、ひとつ違うぜ。異世界は存在する。少なくとも、俺の世界にそのポッドの中にいる気色の悪い生物はいないし、さっきお前が見せた魔法も存在しない。」
「はぁ。まったく要領がいいのか悪いのか分からんやつだな。私はドラマグラたちの世界について肯定派の立場を取っている。しかしながら例えばだ。例えばお前......”スマホ”とやらを知っているか?」
「スマホ?あぁ、もちろん。スマホのことは知っているぞ。スマホなら今.....」
俺はポケットをまさぐり思い出す。
スマホが無い。
ポケットに必ず入れていた、俺のスマホが。
なんで.....
「では、それがどのように作られるか説明してみろ。」
「なっ、それは。その、電気回路みたいやつを。.....なんかするんじゃないのか?」
「.....分かった。ではジェットエンジンは?」
「あぁ、もちろん知ってる。」
「では、その作り方は?」
「いいや複雑すぎてわかんねぇーよ!!」
「はぁ。」
女は呆れた様に溜息を吐き、眼精疲労を取りたいのか目頭を押した。
「物を浮かすことも、箒に乗り空を飛ぶことも、杖から水を出すことも、人間を介した魔素の性質変化だ。我々はその方法や原理を基本的には、説明することが出来る。しかし貴様らは、通信 読書 録画 録音 写真撮影それらの再生等 複合的機能を持つそのアイテムなどについて、何故か誰も、それを詳細には説明が出来ない。あるいは出来たとしても、この世界では論理性に欠け、その方法では再現ができない。噓八百のイカレぽんち。私も何度か労力を無駄に費やしたよ。差し当たってはスマホに関しても、代替品の既にあることが、君達の価値を殊更低下させている。」
クールダウンするように、女はポケットに手を入れ、
反対の手では煙草を丁寧に吸った。
「ふぅ。まぁ.....私はそうは思わないが。」
俺は未だグルグル揺れる頭で考える。
これはここまでの仮説だが。
周りのメカメカした研究設備を見るにも、
この女の話を聞くにも、
恐らくこの世界は、
技術の遅れた中世ファンタジーということではないようだ。
あるいは、その技術格差が大きいのか。