あれから…
希の意識が戻った時、彼女は裸のままその場に座り込んでいた。
辺りには砂ぼこりがたちこめる。
人の泣き叫ぶ声。
遠くでサイレンが聞こえる。
辺り一面に飛び散っている血。
希は精一杯、声を出そうとするが何も言えない。言いたいことはあるが、言えない。涙が、溢れる。それだけ。声を出して泣きたいが、肝心の声はでない。
崩れた校舎。
破片となった窓。
つぶれた机。
認識はできる。
ただ、理解はできない。
眩暈が希を襲う。
うまく、呼吸できない。
「あっっ」
微かに声が漏れる。
「うっっ…んん」
声が出る。だが、うまくはでない。
振り絞る。現実を確認するために。現実に取り残されないために。
「何…で。こんな、ことに。どうして、こんなことに…っ」
希は彼女の中学校がすでに瓦礫となってあちこちに散らばっているのをそれを認めたくないというのを表情と声で表現した。それが、精一杯だった。
声が聞こえる。
‘希…お前がやったんだよ。右手を見てみろ’
その声に従うように、希は握り締めていた右手を見る。そして、ゆっくりと開いてみる。そこには‘泥’、‘氷’、‘気’、‘刀’と描かれた指輪があった。
何にも思いだせない。指輪を見ても何も感じない。
‘お前が…その二人を握りつぶしたんだよ。ビースト・フォームになって…。そして、制御できずに暴れて…学校も、この街も。仕方がなかった…では納得できないと思うが、仕方がなかったんだよ。誰にも止めれなかった’
希は理解できない。周りを見渡す。
曲った電柱。
壊れた家。
走り回る人たち。
なにもかも、理解できない。
‘誰がやったの?’
‘お前だよ’
‘どうして、私が?’
‘みんなを守るために…’
‘私は…みんなを守れたの?’
‘………’
‘ねぇ、私はこれからどうすればいいの?’
‘全ての…全ての能力者を倒せば…もう一度…やり直せるかも’
‘全ての…’
希は右手にある二つの指輪を見る。
‘そう…ね。そう。そう。全ての能力者を倒せば…みんな、幸せに…。みんな。美香子も彩も千佳もまゆりんもえりちゃんもきゅーたも町田もみずほも曽山もみんな、みんなみんな…お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも、みんなみんなみんな。私も、あんたもみんなみんなみんな’
「みんな、幸せになるの」
希はかすれる声でそう言った。それしか、言えなかった。
‘これで…完璧だ’
心の声の主はそう言った。その声は希には届かなかった。
希が決意をしてからすでに7年が経とうとしていた。彼女は全てをやり直すために何もかもを捨てた。家も家族も友達も何もかも。あの場から彼女は人知れず姿を消し、ただ他の能力者を殺すことのみを考えた。彼女の時間は止まっているのだ。今の彼女がしていることは、彼女の人生の時間には関係のないことだと、彼女自身は考えていた。いわば、これは、ゲームみたいなものでこれを済ませれば現実の時間に戻れると彼女は考えていた。それは彼女なりの処世術だった。
あれから7年。彼女が殺してきた能力者の数はすでに50を超えていた。集めた指輪の数は130以上。だが、正確には指輪の数はどのくらいあるかわからない。気の遠くなるようなことを彼女はしていたが、彼女は決して諦めなかった。心身ともに成長して彼女も23歳。23歳といえば、いろいろと出会いも別れもあり、友達とも付き合い、でも仕事もあり、それでもいろいろなことを経験してと充実した人生を歩んでいるはずだったが、彼女にはそんな記憶も経験もなかった。これから、経験するのだ。やり直すのだ。いつもそう言い聞かせ、それを疑わなかった。
目の前の能力者を右手で握りつぶす。
指輪を見る。4つ。
ポケットにしまい彼女はまた走りだした。彼女の望む現実のため。それを夢にしておきたくはないから。
彼女は今の現実を現実と認識していない。これはゲームだと考えている。しかし、夢は現実からしか生まれない。なら、ゲームから生まれた夢は…非現実から生まれた夢の結末はどのようなものだろうか。非現実を現実と認識するか、夢を諦めるか、はたまたそれ以外の結末がそこに存在するのだろうか。現実が夢から生まれるのは、もとは夢はその現実の一部だからだ。非現実から生まれた夢は非現実で叶うのか?もし、そうならば、誰がそれを叶えるのか?非現実の存在がそれを叶えるのならばその夢はやはり非現実の中で叶い、その非現実が叶ったところで果たして喜ぶものはいるのだろうか。
現実を非現実に、非現実を現実に置き換えることは可能である。それは認識するものに委ねられている。普通、その基準は認識するものに委ねられれいるのであるが、人は全てを自分で決めることはできない、しようとしない。他人にそれを委ねる時があり、疑いもなくそれを受け入れる時がある。現在の彼女は他人の価値観を受け入れているのではなく、自分の価値観を積極的に作っているのだ。そして、それが正しいかどうかを知るすべはない。いや、もともと何が現実で何が夢なのかを知る術は誰ももっていない。ただ、人は自分が支持したいものを支持しているにすぎない。それはそれでいい。現実と夢とは実にあいまいなものなのだ。彼女がどんな結末を迎えようと、現実と非現実の逆転を知ろうと、どちらも非現実だということを知ろうと、どちらも現実だということを知ろうと彼女は彼女のしたいようにするであろう。それが人というものだ。
彼女が最後に能力者を殺してからすでに一カ月。新たな能力者はなかなか見つからなかった。だが、彼女は焦らなかった。そんなことは今までにも何度もあったことだったからだ。
彼女は朝食を買いに近くにあったコンビニになにげなく入り、適当に目につくパンを二つとお茶のペットボトルを手に取りレジに向かった時だった。突然、辺りが明るくなり、その光は彼女の視力を奪った。彼女にはなすすべはなかった。
彼女の視力が再び戻った時、彼女は目を疑った。目の前には地球。自分のいるところは真っ暗。まるでそこは宇宙のようだった。
‘どうなってるの?’
彼女は臨戦態勢を取りながら話しかける。
‘これは…おそらく、いや、いよいよだな。お前以外の能力者がいなくなったってことだろう。お前は生き残ったんだよ’
‘ホントに!’
何が起こるのかと、彼女がキョロキョロしていると、遠いところに一点だけ白くなっている部分を見つける。じっとそれを見ているとそこと重なっている周りの部分も段々と白く、そしてそれは段々と広がってくる。希は足元に来て驚いて飛びのいてしまうが、彼女には影響はなかった。彼女の見ている前で地球も白くなり、跡かたもなくなる。この一連の光景は、まるで絵が描かれているパズルが段々と裏返しにされていくようだった。真っ白になった空間に希はたたずんでいた。
‘何?今の…’
とりあえず、希は尋ねてみる。
‘…。俺にもわからん’
まだ何か起こるのではないかと希がキョロキョロしていると、目の前に大きな文字が浮かび上がってくる。それは大きすぎて、逆にわかりづらく、理解力を助けるために咄嗟に希は口にだして読み上げた。文字は全てひらがなだった。
「あ・な・た・の…の・ぞ・み・は・な・に?」
ご丁寧に?マークまであった。
「あなたののぞみはなに!」
希は大きな声で復唱する。表情はこれまでの7年間で見せたことのない、嬉々としたものだった。
‘やった!ねえ、ついに叶うのよね’
‘ああ、そうだな’
そう言った心の声もいままでのものと明らかに違った。
希は呼吸を整えて、ゆっくりと両手の掌を合わせた。そして、さきほど文字が浮かび上がったところを見つめる。
「お願い…みんなを」
‘俺をもとの姿に戻してくれ!’
気がつくとそこはもとのコンビニだった。右手にパンを二つ、左手にペットボトルを持ったまま希は立ちつくしていた。コンビニに流れている曲もひんやりとした心地よい冷房もなにもかも彼女の記憶通りだった。ただ彼女の前に立つ袴をきた見知らぬ男性を除いては。
‘あっ’と小さい声を出して希は右によった。自分が通行の邪魔をしていると思っての行動だったがその男性の目は希に固定されたままだった。
見つめあう二人。
希がなんだか言いようのない不安にかられ、さっさとレジに行こうとした時、その男性が彼女の次の行動を読んだかのようなタイミングで口を開く。
「よお!」
片手を上げてまるで久しぶりにあった旧友のような感じで希に話しかける。見覚えはなかった。だが、希は声を聞いた時その人物が誰だかわかった。その人物が誰かを。