悪役令嬢なのでヒロインは御免です
私はシャルダン侯爵の娘、マリアンヌ。今日は婚約者であるこの国の第二王子であるレオナルド・ルメール殿下との月に一度のお茶会の為に王宮に向かっている最中、馬車どうしの接触事故があったようで、馬車が激しく揺れました。
その衝撃で激しい頭痛に襲われ、見知らぬ記憶が頭の中に流れてきた。
私はニホンという国で暮らしていた。学校からの帰り道、近くで玉突き事故があり、そのうち一台の車が私の方へ向かってきた。多分、そのまま事故にあったのだろう。
この世界は前世で読んでいた漫画の世界と同じだと気が付いた。
その漫画は優秀な兄や婚約者に劣等感を抱いて、横柄な態度をとっていた第二王子がお忍びで街に行った時に平民の少女と知り合い、彼女に癒されながら成長しお互いかけがえのない存在になっていくというストーリーだ。
私はヒロインと王子の恋路を邪魔する王子の婚約者で、最終的には婚約破棄されることになるいわゆる悪役令嬢と同じ名前だった。
記憶を思い出している間に王宮に着いてしまった。
レオナルド殿下とのお茶会の場所へ案内されるとすでに殿下は席についていました。
「ごきげんよう、レオナルド殿下。遅くなり申し訳ございません」
「俺を待たせるなんて良い御身分だな」
「申し訳ございません。馬車が接触事故にあってしまい…」
「言い訳は結構だ。約束通り顔を見たのだから、俺は失礼する」
殿下は怒って行ってしまいました。
殿下は私のことが嫌いなのね。シナリオどおり婚約破棄されそうだから、その後の生活をどうするか考えないと。
私が下を向いてそんなことを考えていると、
「あの…」
急に声を掛けられ、顔を上げると目の前に騎士が立っていました。
「殿下が申し訳ございません。私はレオナルド殿下の護衛をしているアルベール・ロートレックと申します。馬車の事故にあわれたとの事ですが、お怪我はなかったでしょうか?もしよろしければ、王宮医師の診察を受けてからお帰りになられてはと思いますが、手配いたしましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。怪我もありませんし、私の為に王宮医師の手を煩わせるわけにはいきませんので、大丈夫ですわ」
私はロートレック卿に心配をかけまいと笑顔で答えました。
「っ…わかりました。でも念の為、医師の診察は受けて下さいね」
「はい、ありがとうございます」
私は温かい気持ちになりながら、王宮を後にしました。
◇◇◇
次の日、記憶を整理してみた。
漫画のようなシナリオならこのままいけば婚約破棄される。
婚約破棄をされないようにするという選択肢もあるが、レオナルド殿下を慕っているわけではないし、そもそも婚約者を大事にしない人とは結婚したくない。
だから私は殿下とヒロインの恋路を邪魔するつもりはない。
そうすると婚約破棄された後は家には居られないだろう。そこで私は平民がどのような生活をしているのか街を見に行くことにした。
街に行くには今のままでは目立ちすぎるので、メイクはいつもより幼くし、髪はおさげに結び、服は屋敷のメイド服を着て裏口から抜け出した。
街は活気に溢れていた。前世、ニホンに住んでいた私には懐かしさを感じた。
広場までくると、子供の泣き声が聞こえた。
見ると幼い姉妹のような子供たちがいて、下の子が怪我をしていた。
私は子供たちの方に向かい、
「どうしたの?大丈夫?」
お姉ちゃんぽい子が、
「ステラが転んで怪我をして歩けないって言うの。どうしたらいいのか分からなくて」
私はステラの足を水で消毒し、怪我をしたところをハンカチで結んであげた。
「これで大丈夫よ。お母さんは?おうちはどこなの?」
と聞くと、お姉ちゃんぽい子が、
「お母さんはいないの。私たちは孤児院に住んでいるから」
と寂しそうに言いました。
「ごめんなさい。あなたお名前は何ていうの?私が孤児院まで送って行ってあげるから道をおしえてくれるかしら」
彼女はアニーという名前で、私はステラを抱っこして孤児院に向かった。
孤児院に着くとシスターに街での出来事を話し、ステラを渡しました。
私が帰ろうとすると、ステラに服をつかまれ、
「お姉さん、ありがとう。また、会える?」
と聞いてきました。
私はシスターを見るとシスターは、
「よろしかったらいつでも遊びに来て下さい。子供たちも喜びますよ」
と言って下さったので、また来ますと言って孤児院を後にしました。
◇◇◇
それから私は時々屋敷を抜け出しては孤児院に遊びに行っている。
今日はアニーとステラのお使いに一緒に来ている。
すると、うしろから
「マリアンヌ様?」
と声をかけられた。
振り返ると、ロートレック卿が立っていた。
私は慌てて彼の腕を引き
「今は平民のマリーなので、マリアンヌと呼ばないで下さい」
と小声で言いました。
「わかりました。わかりましたから、近いので少し離れて頂いても良いですか?」
私はロートレック卿に言われて、見上げると真っ赤になった顔が近くにあり、慌てて腕を離しました。
「ごめんなさい」
「ところでマリー、なぜその様な恰好で街にいるのですか?」
「えっと…」
さすがに婚約破棄されるからその前に平民の生活が知りたかったなって言えないし…と悩んでいると、
「事情があるようなら聞きませんが、護衛はどこにいるのですか?」
「護衛?そんなのいないわよ」
ロートレック卿は驚いた顔をして、
「いないのですか?仮にも貴族であるあなたに何かあったらどうするのですか?」
「そんなことないから大丈夫よ」
ロートレック卿は少し考えると、
「あなたって人は危なっかしいですね。それなら、あなたが街に行く時は私があなたの護衛をします」
「えっ、そんなロートレック卿に迷惑はかけられないです」
「アルベールで良いです。迷惑ではないのでお気になさらず。あなたの護衛をする時はアルと呼んで下さい」
アルベール様の圧が強くて断れず、
「わかりました。よろしくお願いしますね、アル」
私がお礼を言うとアルベール様は微笑みながらうなずいてくれました。
そんな彼の顔を見て心臓がドキドキしてしまいました。
◇◇◇
私が街に行く時はアルベール様の休みの日になった。
せっかくの休みを潰してしまって申し訳ないと言うと、
「孤児院の子供たちと遊ぶのは楽しいので問題ないですよ」と言ってくれた。
いつも孤児院に行くとアルベール様は男の子に人気で囲まれている。
私が花冠を作っているとアニーが
「マリーとアルって付き合っているの?」
と聞いてきた。
「付き合っているってなぁに?」
ステラが不思議そうに聞いてきます。
「付き合っていると将来結婚するってことだよ」
とアニーが言うとステラは
「マリーとアル、結婚するの!!」
と言い出したので、私は慌てて
「付き合っていないよ、アルとはお友達よ」
と否定しました。
「なんだ、お似合いだと思ったのに」
アニーは残念そうにしています。
アルベール様は優しくて誠実な人。
私は婚約破棄されるとはいえレオナルド殿下の婚約者で、彼は殿下の護衛騎士。
特別な感情なんて持ってはいけないのよ。
そんなことを考えながら、アルベール様を見つめていたら、ふいに目があってしまい思わずそらしてしまった。
◇◇◇
今日は一人で街に来ている。
先日、孤児院から帰る時にシスターから週末お祭りがあると教えてもらった。
アルベール様をお誘いしたけど、お仕事なので都合がつかないらしい。
護衛無しだと怒られそうだけど、どうしてもお祭りが気になって来てしまった。
お祭り会場に着くと前世でいう出店みたいなものが多く並んでいた。
アルベール様と一緒に来たかったなぁ~と思いながら店を見て回っていたら、前から来た人に勢いよくぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
「マリー?」
頭の上から聞きなれた声がするので顔を上げると、平民の恰好をしたアルベール様がいました。
「アル、どうしてここに?」
アルベール様が答えづらそうにしていると、
「アルベール、おまえの知り合いか」
隣から別の人の声が聞こえたので声が聞こえた方を見ると、変装したレオナルド殿下がそこに立っていました。
殿下は私がマリアンヌだとは気が付いていないようで、
「私はレオだ。アルベールの知り合いなら、一緒に祭りを回ろうではないか」
と私をお祭りに誘ってきました。
変装しているとはいえ、殿下の申し出に断ることは出来ず、一緒にお祭りを見て回ることになりました。
一通りお祭りを見て回って、出店で前世のフランクフルトやチョコバナナのようなものを購入して、近くのベンチで休憩することにしました。
殿下と私をベンチに残し、アルベール様は飲み物を買いに行くと言って席を外されたので気まずいです。
本当に私がマリアンヌだと気が付いていないのか心配になり、殿下の方を見ると、口の周りにチョコがついていました。
殿下は気が付いていないようで、さすがに一国の王子が口にチョコをつけたままではまずいと思い私はハンカチを取り出すと、
「レオ、少しいいですか?」
「ん?」
殿下がこちらを向いた時にハンカチでチョコを拭き取ってあげました。
「な、なにをする」
「口にチョコがついていたので、ハンカチで拭いて差し上げましたの」
私は手に持っていたハンカチを見せながら、笑顔で答えました。
すると、恥ずかしかったのか殿下は、真っ赤になり顔を背けてしまいました。
◇◇◇
月に一度の殿下とのお茶会の日で王宮に来ています。
相変わらず、殿下は不機嫌な態度なので、この間街で会ったのは私だと気が付いていないようです。
ふと、殿下の後ろを見ると、騎士の恰好をしたアルベール様が目に入りました。
普段、平民の恰好で会っているからか、余計カッコよく見えます。私が見ていることに気がついたのか、微笑んでくれたので心臓のドキドキが止まりません。
すると殿下が
「おまえのような仏頂面とお茶を飲んでもおいしくないな。せめて、この前街で会った少女のようであればよいものを」
とつぶやきました。
街で会った少女と言う事は、先日のお祭りで私と別れた後にヒロインの少女に会ったということですね。
婚約破棄も近いということね。
殿下の婚約者でなくなった私と、アルベール様は会ってくれるのかしら。
今までのように会えなくなると思うと胸が苦しくなりました。
お祭りの後から、私が街へ行く時に何故かアルベール様と一緒に殿下がついてくることが多くなりました。
アルベール様と一緒に街に出ることで、ヒロインの少女と会っているのでしょう。
マリーである私によく話しかけてきますが、ヒロインとの話題がほしいのでしょうか。
ある時、私は王宮に呼ばれました。
「私と婚約解消してほしい」
レオナルド殿下から言われました。
婚約解消?破棄ではなくて?
シナリオのようにヒロインとの恋路を邪魔していないから解消に変わったのかしら。
「理由をお聞きしても?」
「私は街の視察に行った時に真実の愛に出会ったのだ。彼女、マリーは平民だが私の心を癒してくれる。私には彼女しかいないのだ」
んっ?マリー?平民のマリーって言った?
それって私のことですよ、殿下。
殿下の後ろを見るとアルベール様が目を見開き、驚いた顔をしています。
私は首を横に振り、何も言わないでほしいと合図しました。
「婚約解消、承りました。その方とお幸せに」
「マリアンヌ、感謝する」
私は部屋を後にしました。
馬車乗り場まできた時、
「マリアンヌ様」
振り返るとアルベール様が追いかけてきました。
「本当の事を言わなくて良かったのですか?」
「本当の事を言ったところで殿下は信じないわ。それに婚約者を大事にしない人とは結婚したくなかったから、婚約解消できて嬉しいのよ。もう殿下の婚約者ではないからアルベール様とお会いできなくなってしまうわね。今までありがとう、楽しかったわ」
なるべく悲しい顔を見せないように頑張って笑顔をつくります。
「手に入らないと思っていたものが、目の前に転がり落ちてきたのです。こんなチャンスを逃したりしませんよ」
「えっ?」
アルベール様は私の前で跪くと私の手をとり、
「マリアンヌ様、お慕いしておりました。マリアンヌ様の姿もマリーのどちらも好ましく思っています。ずっと私のそばにいてくれませんか」
「私も…これからもそばにいたいです」
すると、腕を引かれて強く抱きしめられました。
帰宅後、殿下に婚約解消されたことをお父様に報告しました。
お父様も殿下の態度に思うところがあったようで怒られることはありませんでしたが、私が屋敷を抜け出しているのはご存じだったようでお叱りを受けました。
アルベール様とのことも私が幸せなら良いと婚約を認めてもらいました。
◇◇◇
私はマリーとして街へ行くことをやめました。
今はマリアンヌとして孤児院に行って簡単な文字を教えている。
レオナルド殿下は時々街へ行ってはマリーを探しているみたい。
アルベール様のところにもマリーの行方を聞きにくるらしいが、
「婚約者がいる身なので、他の女性と会うわけにはいきませんので」
とお断りしているみたい。
殿下、今度こそ本物のヒロインに会えるといいですね。