05.陰影-人の間-
01.心の果て
心を喪失した結果が累人であれば、逆は何になるのだろう?
心を超越した先に待つもの。
組織の一員はそれに近いかもしれないが、まだ途上にあるだろう。
最も近いところにいるのは曜子かもしれないが、彼女は弟の伊月への依存が過ぎる。
依存は自立……個の心の超越とは遠いところにあるので、足りていない。
令は組織の長を務めるが、曜子に比べれば遠い。事実、令の心は毎日揺さぶられている。
そんな半ばにあるが絶大な力を持つ組織の者たちが喪失すれば……天災が誕生する。
在野においては、魔女とまで呼ばれ、個の極みにあった千本木 翠。
彼女は大切な半身、虹橋 藍を獲得したことで、個としての超越は失われた。
お互いがどちらかを失くせばまた恐ろしい結果を招く。
最初に惨く後悔する羽目になるのは、失わせた原因となるものだろう。
一方で、心が足りていないのではないかと思い悩む少年がいる。
門倉うるは率直過ぎる。
他人の言動から心を推し量ることができない。
自分の心を表すこともまた苦手である。沈黙は金とはいうが……
うるが大切なものを失っても、心が喪失して生き方が変化することはないだろう。
累人は、喪失して空いた領域が、能力によって補完される。
また、心というシステムを欠損した門に同調して、魔力が流れやすいという側面がある。
行使者は心の強さによって、能力は高く、強くなる。力を求める意志とそれを振るうだけの器があるということだ。
行使者が累人に堕ちると、欠けた心を埋めるために、更なる怪物と化す。
累人が心を再び獲得した例は、未だ確認されていない……
02.自我
男は心を喪失していた。
気づけば過ちを犯していて。
意思・責任能力が欠けていたと認められ、隔離された部屋にいた。
そこからは長く感じた。正常と認められるまで。
自分の記憶と対話するしかなかった。
向き合って、自分の変化に気づいた。
力がある。
男にとって幸運だったのは、組織に気づかれず、累人として処理されなかったこと。
そして組織にとっての不運が彼によってもたらされる。
彼の名前は御神 京佐。
御神は約十年前に交通事故を起こした。
それから、なにもかもが狂ってしまったように思う。
お受験、中高一貫校から一番の大学を卒業し、一流企業に就いて、出世コースにあった。
美しく器量の良い嫁をめとり、可愛い双子の娘をもうけ、公私共に上手くいっていた。
その事故を境に、仕事は捗らず、家庭を顧みることなく、またたく間に堕落した。
荒れる日常、いつもの夫婦喧嘩。
その最中、嫁を突き飛ばして転倒させる。打ちどころが悪く、死なせてしまう。
罪を犯したのは間違いないが、自分が悪いとは全く思っていない。とっさに手を出した迂闊さだけをただ省みた。
彩られた世界を歩んできた自己愛を手放し、喪失して。
獲得したのは、向き合って成功の体験と失敗の経験を切り離すことで思い出した自己愛。
自己実現のためには手段を選ばない。
世渡りの術になにより長けていた。
心の強さは倫理、常識にはよらない。
この男の自我の強さは拡大を増し、個人の枠を超越した。
発芽した能力は、他人の精神操作。
人と親しくなる。
近しい人を駒のように操る。
そして操ったものは強化される。
反省したふりをして近づく。
医師に。
かつての仕事仲間に。
親友だったものに。
残された娘たちに。
行使者の素質は遺伝する。
双子の娘にも才能があり、力を得た。
彼女らもまた、母を失うことで一度喪失していたから……
かくして御神親子は最大級の行使者となった。
03.実験
御神父は歓喜の声を上げた。
起業してからは業績はうなぎのぼり。
能力を考えれば当然のことであるが。
常に足りないと感じる。
結局のところ、何も実現できてはいないのだ。
一度喪失するまで積み上げてきた成功と、喪失してからが釣り合っていない。
強力な能力も、いまいち使い所があると感じてはいなかった。
会員制のサロンで、ある人間と出会うまでは。
彼の能力は少し話すだけでも十分に効果を発揮する。
操るまではいかなくとも、饒舌になり、うっかり口を滑らせてしまう。
そういう社交的な面での技能は以前からあった。
今では行使能力と併せて無意識に扱える。
その日の相手は……ある企業に属する、表に出すことはできない職に就くものだった。
女は指示代名詞の多い愚痴をこぼしていたから。
興味をそそられる。
数分で陥落。それらについて話してしまう。
かかっている防御機構は、より上位の力の前では通用しない。
対象は、それについて話してしまったことを忘れた。
再会。
サロン以外でも会うように。
三度。
操作できるようになる。
以降は、最大限情報を持ってくるように。
結局、行使者と累人について。そしてその組織の目的と仕事における自身の上役についてのことしか得られることはなかった。
これ以上会っても利益はない……規則に従い、お互いにこれまでの付き合いを忘れる。
持て余していた娘、能力の使いどころを見つけたかもしれない……
御神は行使者を増やすことに決めた。
強力なものを。
手っ取り早いのは奪ってから再度与えること。
自分を拠り所とさせる。
遊び半分じゃなく全て遊び。遊びは全力じゃないと面白くない……
友人を。恋人を。家族を。尊厳を。
犯して。侵して。脅して。奪って。
堕とし。貶めて。喪失させた。
それで累人にならないものには、不幸を忘れさせてやる。
失った者は、失ったものが何かわからないまま、喪失感だけを持ったままに。
原因がわからない不安をこじらせた。病んで死ぬものもいた。
累人になったものには。
能力を押しつけて、操作する。
心の力の引っ張り合いでは負けるはずもなかった。
中には執着の対象が彼に向かない者もいた。そういうやつらは、組織に押し付けた。
笑みを浮かべる。
最近では【口裂け女】がそうだ。
自身の美しさの喪失感は植え付けさせることはできたが、自己に対して執着と規範が向いたのでそこから戻すことができなかった。
自分みたいな人間とは相性が悪いらしい……
個室に執着していた者がいたが、どうしているだろう?
彼も引きこもりから戻すことはできず、ひとり部屋で狂乱していた。
彼は誰よりも傲慢だった。
行使者を自分の駒にして、ランクづけた。
Sからなるものに分類した。
最上位は、聞き出した組織の幹部ひとりを目安としたもの。
自然現象さえ行使できる現象行使能力あるいはそれに準ずる強い精神干渉能力を持ち、人類の枠組みを超えた身体能力が最上位にあるものをS。
とりわけ強い現象行使能力あるいは精神干渉能力を持ち、ヒトの中で最高峰の身体能力のものをA。
ある程度の現象行使能力、精神干渉能力を持ち、身体能力が優れているものをB。
常人の中で上位程度の能力を持ったものを捨て駒として、最下位のCと順位付けた。
自分は……それらを統べる者としてSSSとした。
まずは組織に勝つ。
そして累人が溢れれば、自らの能力で混沌とした世界を纏める。
S級が3人いれば組織に勝てると踏んだ。
そしてその成果は予想以上のものとなる。
娘二人を合わせ、Sが5人。
Aが20人。
B以下は40人ほどと使い捨てるほどいる。
勝利の確信を得た。
行使者を陽動に使えば組織の一員が対処せざるを得ない。
組織では少数精鋭がゆえに、複数揃うことはない。
ひとりひとり、S級複数人にて各個撃破すれば楽勝だ。
相手が弱まれば、こちら側に引っ張ることができるかも。
テストに相応しい最初の標的は、秘密を漏らす間抜けな部下を持った小娘。
八坂ニーナ。
組織の十人のひとり。
人類の頂点と呼ばれるものの力、試させてもらおう。
「しかし……お人好したちの慈善団体だな」
その程度にしか思っていなかった御神は、自分の首を絞めていることがわからない。
累人の蔓延る世界など、統治できるわけがないのに……
04.試行
八坂ニーナはある組織の一員。
身長は120cmほど。
組織の中で最も小さい。
年齢も一番低い。
お喋り。
今日も愚痴をこぼす。
「最近あれらが多くて忙しくなーい?」
現場の処理中に。
車の中でも。
無口な人間の多い幹部との会議中にも。
応答を期待することなく溢れ出る言葉。
「実際、かなり増えているわね」
リーダーが応える。
送られてきた資料を見る。
増えすぎたあれらを処理するのに大わらわなので、リモートでの会議。
各々が車中や処理後の現場で、出先の合間に参加していた。
こんなことは初めてだ。
特にニーナの担当する地区に偏っているように見える。
日常においては、累人に因るものとみられる奇怪な事件があれば、補助要員が調査する。
通常、数日かかる調査結果を待ち、パターンが分かれば、幹部が向かい処理を行う。
しかし現在、あからさまな痕跡が残る事件が度々起こり、調査を待つ余裕がない。
それらの規則がわからないままに現場に向かうのはかなりの危険が伴う。
しかも連日続いており、追いついていない。向かっても空振りに終わることもある。
全員がぴりついていた。
九鬼姉弟が対処した【口裂け女】から令が遭遇した【レストラン】に続いて、【生花】【タトゥーメーカー】【ピアッサー】【編み物】【タペストリー】【スピーカー】……
立て続けに起こる凄惨な事件。まだ未解決のものもある。
(拡大しないでほしかった……)
願いも空しく、今日もニーナは現場へ赴く。
行使者の能力向上は、五感に表れることが多い。
組織の面子であれば、なおのこと。令は嗅覚がより強い。など個人差はあるものの。
ニーナは五感が低い。その代わり、第六感に優れていた。
「なんとなくこっちかなー」
くらいに向かった方向でそれに遭遇することは、ままある。
その日も勘は当たった。
それに見つかる前に飛びかかる。
跳ねた勢いのままランドセルからナイフを取り出し、背に取り付いて頸動脈を切り裂く。
死んだ自分にも、彼女に気づかないまま、それは崩れ落ちた。
斃れた刹那、ニーナにめがけ襲いかかる影。
その存在の希釈度合いは第六感に優れたニーナでなければ気づけなかったかもしれない。
伸ばす手には脳波を遮断するという触れ込みのあった護身用具。
「お前はバカか?」
その道具の効果はさておき、刃物を持った相手に手を差し出すという行為に呆れる。
するりと手首を断つ。
「……ぅあつっ!」
遅れてやってくる痛みに叫ぶその反応は、人間のもの。
ヒトが、行使者が……なぜ、私を襲うのか?
疑問を持ってしまったから。
本当の脅威に気づけなかった。
太ももに激痛が走る。何かが貫く。それだけならまだマシだった。
同時に肉が焼け爛れる臭い、魔力を帯びた痛み。
やけどと魔力、二重に修復を阻害する負傷を負った。
敵は、最上位の現象能力行使者……
「これは助からんなぁ……」
逃れられないと理解しながらも、地面を這う。
御神は歓喜の声を上げる。
テストは成功した。
人類の到達点ですら倒すことができる。
犠牲は累人に見せかけて操作していたB級と、存在の希薄化だけには長けたA級ひとり。
とどめを刺したのは御神の娘。名前はあずさ。
S級の自然現象能力行使者であり、円錐状の炎を射出することができる。
初めての実戦投入。投げかけた一撃目は足を穿ち、続く二撃目は、痛みに這いずるニーナの頭部を貫いた。
あずさは父の能力を受けてから、心は虚ろで。
御神は自分より精神干渉に長けた行使者がいるなどと考えたこともない。
二人が疑問をもつことはなかった。
手を落とされただけなはずのA級行使者が、いつのまにか死んでいたことに。
「いやぁ、死ぬかと思った」
彼女は大腿の痛々しい怪我を治療してもらいながら、笑う。
彼女は表にある能力だけとってみれば確かに、御神が聴取し定めたS級程度だろう。
その組織には名前がない。しかし明確に定められた条件があった。
最上位の行使能力が扱えること。
人類の枠組みを超えて身体能力が高いこと。
ヒトとして最大限知恵を活かせること。
そして、「神器」(かむだから)を扱えること。
それは組織の末端には知る由もない、理解できるはずもない。
八坂ニーナは炎の錐を脚に受けたと同時に、能力を使った。
ネックレスのトップ、懐に忍ばせた勾玉は、瞬時に周囲の者たちに幻覚を見せた。
それが一日に一回だけ使える、彼女の能力。
八坂ニーナは神社の娘。
神々が降臨したとされる地にあり、それらを奉る巫女。
天に願い……叶えていただく。
偽りを。
とどめの一撃の瞬間。彼女はそっくり、先程負傷した行使者と入れ替わっていた。
瞬間移動……三次元における物体、情報及び御霊の移動・置換は、どれほど高みにある現象能力行使者にとっても不可能である。
画面上において二次元のキャラクターをマウスで入れ替えるように……次元の異なるそれを可能にするのが神器。
神器とは、神の力。その力は器を選ぶ。組織の一員がギフテッドであることなど、神に愛されたことのおまけに過ぎない。
ニーナの並外れた第六感は、そうあってほしいという自らの願望を無意識に与っているのかもしれない。
かくして彼女は生き延びることができた。
その一部始終、恥を含んだ報告を終えたところで。
リーダー、遠野令の先日の失敗を今後は笑えないなぁと思った。
そんなこととはつゆ知らずの御神は、逐次、行使者を投入する。
実際それは組織にとって迷惑ではあるのだが。
慢心が過ぎる彼でも異変に気づく。
S級は残っているものの、A以下はじりじり減っていく。
そう簡単に生み出せるものでもなく。
少なくとも行使者を利用しているということには感づかれたこと。
さてどうするか。
御神は切り替えが早いのが長所であり、短所にもなりうる。
強化するために、野にいる行使者と累人を探し始めた。
情報を、ヒトもカネも惜しまずに……集め続けた。
組織に気づかれないように。
時には行使者を切り捨てる。
組織の監視網から外れているような、そんな者たちの存在がいないか。
調べるうちに、累人の増加傾向に気づく。
偏り。
奇しくもそれは自分の起こした事故の周辺から。
奇しくもそれは自分の起こした事故の被害者。この兄妹には、何かある。
低ランクの行使者を監視に送る度に、徐々に近づき。
Aランクをひとり向かわせることで、確信を得た。
全員、行方不明。
深く調べてみる価値はあるが、どれだけ慎重を期しても上手くはいかなかった。
05.駆除
今日もお邪魔虫が湧いた。
千本木翠は、表出しないものの激昂していた。
愛する植物、本、そして恋人である虹橋藍との貴重な時間。それを覗き見する者がいた。
以前はこんなにしつこくはなかったのに、ここ数日は酷い。
今ではふたりのための聖域を侵そうとする。
藍は気づいているのかどうか?
……気づいているだろう。
藍の力で追い返すこともできただろうが、またやってくるだろう。
何より彼女自身が翠にそれをしてもらいたがっていた。
藍はふたりのために翠が何かをすることを望むから。
さて、追跡者は高い能力を持つことには違いない。
翠の精神妨害を振り切ってここまで来ることができるのだから。
でもこの場所は。決して近づいてはいけないところ。
山は、森林の中は、彼女の絶対支配領域。
行使者によって、能力のために媒介として使う魔力伝達物質は異なる。
能力が高ければ、とりわけ大きな情報をより速く一つに詰め込むことができる。
翠が用いるのは、花粉である。
飛散する花粉にカプセル化した情報を込めて、植物……野にあるもの、自然を操作する。
監視者は木の蔦につまづき、転げた先で穴に転落した。それだけならただのおとぎ話のようなドジで済む。
どどどっと自ら穴を埋めようとして降り注ぐ大量の土。
監視者はわけもわからぬまま押し潰され、あるいは窒息して、還った。
06.除外
兄妹の自宅へ連日連夜訪れる者をヒト形は捉える。
それらがもう元に戻ることはできないことも……
慈愛をもって、苦しませることなく頭部を破壊した。
ばちん、ばちんと破裂する音のなかで、裏には何がいるのかと、疑問。
そして感じたことのない……不安という感覚をもつ。
07.排除
遠野令は登校中、尾行する者たちに感づく。
二人。ひとりは途中で別れた妹のほうへ。
あちらは大丈夫だろう。
もうひとりは私たちの中の誰かを尾けていた。
途中、コンビニに寄る。と、そう嘯いて別れてみる。
監視はうる君の方へ向かう。妹の方に分かれていたこともあり、目的は兄妹であると確信できた。
背後にまわり、精神に干渉して方向感覚を狂わせ、目的地を押しつける……
赴くことになったのは、かつてあれらの食卓があった廃ビル。
学校に近いことを知って驚いたものだ。
今では私たちの領域となったここ。
あの件があってから、私はウエストコートからジャケットに衣替えをした。
閉じた衣服の中に隠し持つ自分の得物を取り出す。
十束あるうちの、令しか扱うことが赦されない刀。
かつて(私が屠った……)遠呂智の尾から出て、天神に捧げられた(ウケイ……)
天から地、神から神へ。巡り巡った今……神の子孫である、この国において最も高みにある方が所有する神器のひとつ。
御方に与る剣をもって。
人と人でない者の境にある、その首を刎ねた。
省みるのも悔やむのも後と割り切って。
きん……反射によって鈍く光り、音がしたときは、もう鞘の中。
08.除去
朝から。いや、昨日の下校時から。
私たちの後をつける人たちがいて。
登校している私の後にはついてくるのが、ひとり。
兄妹の邪魔をするモノは赦してはならない。
妹のみるはそう考える。
突如走り始める私に、焦った様子。
飛び込んだのは路地裏。
躊躇することなく、なりふり構わない姿を晒したその人を見て。
もう戻れないものなんだとわかった。
私を認識していない。
私はすぐ目の前にいるのに、見えていない。
哀れなその人の首を素手で捻り折った。
09.追放
九鬼曜子は諜報活動に長けている。
忘れ去られた忍の末裔。
弟の伊月と共に遠野に拾われ、訓練を受けてきた。
人類最高の頭脳に、恵まれた身体能力。秘密は体質にある。
一見してしなやかな肢体。
その中身は日々密度を増し続ける筋繊維。
遠野令にはゴリラと揶揄されるほどの、膂力。
その精神は理を重視する。
時には非情に……弟の伊月を囮にして行く末を見守る。
累人の背後に行使者がいる。
予測は八坂ニーナの件で確実になり、組織は駆逐することに。
その裏には何があるのか。
伊月が累人もどきをなんとか屠る。
そこに行使者が躍り出て戦いになるも、伊月の優勢。
実のところ必死で苦しいのだが、そう余裕を見せる。
劣勢とみた行使者は舞い戻る。
いくら希薄になろうが遠回りしようが中継を利用しようが……一度曜子に目をつけられれば、撒くことなどできはしない。
彼女の能力……【糸】が繋がっている。
糸は最初に付けたものから接したものに付着し、繋がり、伝わっていく。
導かれた最終的な敵がわかると、酷薄な笑みを浮かべる。
弟を危険な目に遭わせる理由となったものに待ち受けるものを想像して。
10.不可知(X)
このままではダメだよ……
御神に聞こえる言葉。
誰なのか問う前。反射的に思う。
「くろす」
返事がある。耳でなく、頭に響く。
見渡しても、娘ふたり。聞こえていないようだ。
「君たちよりはこの世の理について知っているんだ」
ことわり、とは……?
【ふることふみ】
世界のこと。魔力のこと。魔力の源である【門】のこと。
兄妹が保有すること。組織はそれを守ること。
門の機能が欠損しバランスが崩れていること。
それによって累人と行使者が増加していること。
「なぜ教えるかっていうと、ヒトが憎いから」
「随分と現世を荒らしてくれたから、見込みがあるかなって」
質問を許さず、一方的に捲し立てられる。
そんな時、連絡役が報告に戻る。
組織から逃げ帰ることができた、たったひとりの行使者の報せ。
その存在自体が悪報だった。泳がされたに決まっている。
もう、すぐそこまで来ている?
逃げ場はない?
なくなる前に……
遥かに大きな未知の存在に縋ってしまう。
心を操るものが、今まさにいいように操られようとしていた。
兄妹を、【門】を捕えよう。
捕えれば全てを従えることができる。
それだけが救われるためのたった一つの道である。
「ひとつだけ障害があるが……それはボクがなんとかしよう」
言い聞かせられることは、わからないままで、理解しようともせず……甘美な誘惑に抗うことはできなかった。
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