砂塵纏うならず者
拙い文章ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。
乾いた砂が、ただでさえ干からびかけた喉を更に焦がす。太陽の光は肌を焼きはがし、その下の肉を更に焼く。
「あの戦いの後も変わらないのはあの空くらいか…」
戦争によってあらゆるものが色彩を失ったこの世界。その中でも鮮やかに輝く青空を見て、男は呟く。
その男はまさしく筋骨隆々とでも呼ぶべき男であった。
髪型はスキンヘッド。漆黒のタンクトップと迷彩柄のズボンを身に着け、熱気が立ち上りそうな程膨れ上がった上腕二頭筋は、太陽の光に照らされて黄金の塊を連想させる。
手は握りしめる度にギチギチと空気が握りつぶされるような音を立て、その手に掴まれたものは跡形もなく消し去られてしまうように思えた。
「俺はただただ忌々しいっすね、兄貴」
隣を歩く男が、ポツリと呟く。
先の大男と比べると小柄な男だ。
馬面で目は細く、常に何かを睨んでいるような表情をしている。こちらもまた迷彩柄のズボンとジャンパーを身に着けており、その身軽な姿は、戦闘準備は万端、とでも言いたげだった。
「あんなことがあった後でも、あの空は変わらず輝いていやがる。それがたまらないくらいむかつくんすよ」
「…まあそう言うな。変わらないものがあるというのは、素晴らしいことだろう」
そう。あらゆることが変わってしまった。栄えていた物の殆どは瓦礫の山に、一部が集落として再利用され、あとはすべて虫や僅かに残った野生動物の餌、或いは…悪人共の巣。
「こんな生活いつまで続くんすかねえ」
「さあな…一生かも知れねえな。ほら見えてきたぞ」
砂塵踊る景色の中、ぼんやりと見えてきたのは、数個のテントや、ガラクタを積み上げてできた民家らしきもの。数少ない集落の一つだ。
「それじゃあ、始めるか」
2人の男は、首に巻いてあったスカーフを鼻下まで上げる。大男は拳と拳をぶつけ、金属質な音を響かせる。馬面は、ジャンパーの中から2本のサバイバルナイフを素早く取り出す。
「行くぞ」
瞬間、二人は駆け出す。荒れ狂う砂塵を纏いながら、最初に二人が向かったのは集落の中で一番大きい家。
大男が軽く振りかぶり、扉に拳を一閃。木製の扉は容易くひしゃげ、続いて馬面が叫ぶ。
「盗賊だ!!死にたくなけりゃ、金品水食糧、持ってるもん全て出しやがれ!!」
民家の中を立ち込めていた静寂を切り裂く怒号に、中にいたものは皆驚愕する。そして、わずかな沈黙の末、一人の爺が先頭に出る。
「我々は貴重な物など何も持っていません。どうかお引き取りください」
怯えるように、爺は言う。しかし、馬面は獣のように舌を突き出し、脅す。
「あ?逆らうってのか?てめえが出さなきゃこの村のやつ全員皆殺しだぞ?」
皆殺し。その言葉の重みに観念したのか、爺は中の者に金品を持ってくるように指示する。中の者たちは、慌てて家の奥へ去っていった。
「よし、それでいいんだ…」
馬面は薄く笑う。爺は絶望したかのように俯いている。しかし、その表情がふと、不敵な笑みに変わる。
「あ?」
その瞬間、大男に斧が振り下ろされた。
薪割りに使われる斧だ。長さはおよそ80cm、斧頭の重量は2kgを優に超す。そんなものが、大男の脳天に振り下ろされたのだ。無事であるはずがない。
しかし、爺と、斧を振り下ろした男は思わず目を見開く。
大男の頭には、傷一つつかなかったのだ。それどころか、振り下ろされた斧のほうが刃こぼれを起こし、地面に落ちた刃の破片が煌々と光っている。
「痛えじゃねえか…」
そう言うと、大男は振り向くことなく斧を振り下ろした男の頭を掴む。巨人のごときその手は、男の体をゆっくりと浮かせる。男は、悲鳴にもならない悲鳴を上げる。
ギチギチ…ギチギチ…
鈍い音が、部屋の中の空気を塗り替えていく。悲鳴は掻き消え、パキパキとした音が次第に大きくなっていく。
グシャ。
大男は手を放す。ドサリと落ちる音を最後に、その男は何も発することがなくなった。
「あーあ。死んじまった。さて…」
馬面は、目の前で起きていた惨劇をさして気にする様子もなく、言う。
「次はお前らの番だよなああ??」
悲鳴が部屋を覆いつくす。災禍の元凶である男たちは、草食動物を狩る猛獣のごとく、搾取を始める。
そう、彼らは獣。世を徘徊し、本能のままに貪り食らう悪魔。救いようのない屑。人々は、成すすべなく、奪われ続けるしかない。
・・・
「騒がしいですねえ」
額のあたりに手を添え、目を細める。その者は、荒れ狂う砂塵をものともせず、道すがら、朧げに佇む集落の様子を眺めていた。
「私たちの出番でしょうか」