第9話 ハデルは休憩する
音を置き去りにして三秒後。
かなり後ろからサラシャの声が聞こえて足を止めた。
「待って! ボクの負けでいいから待って! 」
はぁはぁと息を荒げて敗北宣言。
後ろを振り向くと確かにいない。
彼女の方に行くために来た道を戻る。歩く山道には大規模魔法戦が行われたかのような跡が残っていた。
……。すみません。俺のせいですね。
心の中で薙倒した木々を行きサラシャの元へ急ぐ。
半分障害物競走気分で森を抜けようとしたのがこれは失敗だったな。
陥没した地面を歩いて行くとやっとサラシャが見えた。
「な、何なのあの速さ」
「これでも精霊術師だからな。風の精霊を使いつつ高速移動だ」
地面に手を着く彼女に手を差し伸べ説明する。
サラシャは俺を見上げると手を取り立ち上がった。
「精霊術師は見たことあるけど精霊魔法特化じゃなかったっけ? 」
「間違ってはいないな」
「ならなんであんなに速いのさ」
「別にからくりなんてないんだが」
引き上げた手を放して少し頬を掻く。
実際からくりなんて風の精霊くらいだ。
後はこのローブが、所謂音の壁の影響を受けないようになっていることだろうか。
「だがそう言うサラシャも速かったじゃないか」
「嫌味? 」
「そうじゃない。確か淫夢魔はそこまで身体能力が高くなかったはずだが」
「それこそ訓練さ」
「……魔法特化な種族が訓練で獣人族のスピードを超えられるのか? 」
そう言うと得意げに「やわな鍛え方はしてないのだよ」という。
それはすごいなと思いながらも休憩を終えた彼女を見る。
「でどうする? 」
「……出来ればボクのスピードに合わせてもらいたいな」
「いいよ、それで」
「助かるよ」
ニカっとサラシャが俺を見上げる。
眩しい笑顔だな。
これで淫夢魔とか反則だろ?!
ふぅ……、落ち着け。これからも一緒に仕事するんだ。こんなところで変なことは起こせない。
「じゃ、じゃぁ行こう」
「うん! 」
サラシャがローブを再度羽織りさっきの十分の一くらいのスピードで俺達は国境を超えた。
シルク王国を出てガルドア王国へ向かう途中、山の中で俺達は昼食をとることにした。
「まさかこんなに早くシルク王国を出られるとはね」
「予想外? 」
「うん。正直なところ交渉で粘って一か月くらいは見積もっていたから」
「でも早い方が良いんだろ? 」
「うん。だから魔王陛下もきっと吃驚すると思うよ」
下に敷物を敷いて水筒に口をつけながら俺達は話していた。
確かに一か月かかると思っていたのに数日で帰ってきたら驚くだろうな。
「何笑ってるのさ」
「いや? 早く帰り過ぎて失敗したと思われたらってな」
「それは……有り得るね」
頬を緩ませながら彼女は同意した。
するとアイテムバックから何やらバスケットのようなものを取り出している。
それを敷物の上に置くと上に被せていた白い布を取った。
「お。美味しそうだな」
「お一つどうぞ」
「良いのか? 」
「うん。胃袋を掴むために作ってきたんだから」
「手製!? 」
「もちろん! 」
俺の方に「食べてくれ」と言わんばかりにバスケットを押す。
お、女の子お手製サンドイッチだと?!
く……こ、こんなことがあっていいのか!
長く生きたが本格的な女性の手料理なんて母の手料理ぐらいだった……。
思い返せば勉強に訓練。
あぁ……第二の人生はこのとこの為にあったのか!!!
……いや待て。これは俺の人生だぞ?!
生きていることがもはやコメディのような俺の人生だぞ?
これはオチがあると見た方が良いのではないだろうか?
目の前には確かに綺麗なサンドイッチがある。
だが、もしかしたら見た目だけで飯マズという線も……有り得る。
むしろその方が可能性は高い。
そう考えているとサラシャが声をかけてきた。
「食べないの? 」
「頂きます! 」
仕舞われる前にサンドイッチに手を掛ける。
白いパンを口に頬張り味わった。
まともだ……。とても美味しい料理がある!!!
「な、なんで涙を流しているのかな?! 」
「……うう“……。女の子の美味しい手料理を食べれる時が来るなんて」
「そ、そんなに感動するものなのかな? かな? 」
「生まれてこの方早三百年。勉強に修業に仕事に追われた俺の三百年は、今……報われた」
「お、大袈裟だね」
サラシャがドン引きする中俺はどんどんと食べていく。
美味しい……美味しいよぉ。
次々と口の中に放り込んでいると隣から声が。
「こっちの種もうめぇな」
「僕はこのヒマワリの種が美味しいです」
「ヒマワリなんてやわなもんじゃなくて、おれっちみたいにドングリとキメてこうぜ」
「ぼ、僕にドングリはまだ早いです」
声の方を見ると丸い尻尾が二つ見える。
ロッソとブルがカリカリカリと音を立てながら食事をとっていた。
ドングリに早いとかあるのか?
リスになりきっているが……、今思えばどうしてこいつらは食事をとっているんだ?
精霊獣じゃないがマザーダンジョンの生態も謎だ。
「……可愛いね」
サラシャが種にひたすら齧りつくロッソとブルを見てぽつりと呟いていた。
確かに小さな体で大きな種にひたすら齧りつくリスというのは見ていて可愛らしい。
だがこの二体はサラシャの言葉に気付いたのか食べるスピードがかなり速くなった。
「喉を詰まらせるぞ」
隣に置いてあるリュックサックから小さな木のコップを取り出して魔法で水を出す。
ロッソとブルの隣に置いて飲むように促す。
一個丸々食べ終わった二体はすぐにコップに手をやってグビっと水を飲み干した。
「ありがとな。マスター」
「あ、ありがとうございます」
ロッソが手を上げブルはペコリと頭を下げた。
「……可愛いなぁ」
魅了する側の淫夢魔が見事に魅了されている様子に少し苦笑しているとロッソとブルが体を震わし俺の近くに隠れてきた。
サラシャが「あぁ……」と残念そうな顔をするが、こればかりは仕方ない。
もう少しゆっくりと関係を築いていってほしいものだ。
「主様」
そう思っていると少し離れたところからベルデの声が聞こえてきた。
声の方を見るとふわふわと浮いてこちらに向かってきてる。
「何かあったか? 」
食事中、ベルデには周囲への警戒を頼んでいた。
もちろん俺達もするのだが今回はベルデの番。
加えるのならば彼女の力はどちらかというと探索・探知に向いている。
「遠くで戦闘音がしますわ」
それを聞き、俺は気を引き締めた。
ここまで如何だったでしょうか?
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