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第34話 ゼクはギルドマスターの館へ向かう

「く……そがぁ! 」


 ハデル達がサブマス室を出た後ゼクは一人床に転がっていた。

 ()たけびを上げたいが、上げれない。

 サラシャが使った生命力吸収(ドレインタッチ)の効果で体に力が入らないためだ。


 (このままでは本当に……)


 ()いつくばった状態で体をゴロンと転がすゼク。天井を見ながら少し冷静さを取り戻してきた。


 (あの首飾り。あれは本物だ。だとするとまずいことになる……)


 そう思うと同時に顔色が悪くなるゼク。

 ハデルが本当にEXランク冒険者かどうかはまだわかっていない。しかし王家の紋章が入った首飾りは本物と判断したゼク。そしてその王女がアベルの町の冒険者ギルドの事を報告すると言ったのだ。もしこの場をやり過ごせても冒険者ギルド内での責任追及は(まぬが)れない。

 そこまで行きつき体を少し震わせるゼク。


 (いや。そんな単純なことではない。最悪処刑される可能性も……)


 そう思い(いた)り更に体を震わせる。


 魔王リリスは魔界でも異質である。

 彼女は他の魔王に比べて甘い。他の国ならば見捨てられるであろう弱者を救い、弱い種族を積極的に保護し、生産職を守る。どれも魔界では見られない国家運営だ。


 その甘い思想(しそう)(はん)して持っている力は強大だ。それこそ魔界でも数本の指に入るくらいには。


 そして魔王リリスは犯罪者に容赦(ようしゃ)がないことで有名だ。国の敵、国民の敵と判断された者達は徹底的に潰されている。


 そしてこの男はその尻尾を踏んでしまっているわけで。


 (仕方がない……。ギルマスに相談するか)


 完全に冷静さを取り戻したゼクは体に力が入るようになった後、ギルマスが住んでいる(やかた)へ足を向けるのであった。


 ★


 冒険者ギルドのサブマスターであるゼクは気乗りしない気分で大きな館を見上げていた。

 ここに来る途中どのように説明するか考えたが、結局の所ゼクはそのまま話すしかないと(あきら)めた。


 ((うつ)だ……)


 今から話すことも、短気(たんき)な上司のことも、館のことも含めて全てが彼の気分を落ち込ませている。

 しかしいつまで落ち込んでいても仕方ない。

 ゼクは気を取り戻し、目線を戻して扉へ向かう。

 門番もいない門を潜り抜け先へ足を向ける。花も何も植えていない館を歩き一つの扉に辿(たど)り着いた。


 (話がややこしくならなければいいが……)


 そう思いながらノックを数回し少し待つ。


「……どちら様でしょうか? 」

「私だ。冒険者ギルドのゼクだ」

「どのようなご用件でしょうか? 」

「レド様に緊急の話がある。面会を申し込みたい」

「しばしお待ちください」


 そう言われ、少し待つ。顔を上げるとカラスが鳴いている。

 それを聞き言い知れぬ不安感に襲われ、足が小刻(こぎざ)みに震えた。


 まだかと思い返事を待つ。

 すると急に扉の向こう側から女性の声がゼクの耳に入る。ギィっと扉が開き一人の兎獣人のメイドに誘導された。


 ゼクはメイドに連れられ館の中を行く。

 メイドの首には何やら紋様(もんよう)のようなものが見える。


 奴隷(もん)


 奴隷制度というのが魔界でも廃止されて長い中、それでも尚残り続ける悪習(あくしゅう)の一つ。

 彼女が首につけているそれは命令を強制させ、逃げれないようにするためのものである。専門の者がいないと刻むことができないことに加えてその解除は難しい。

 その違法奴隷がここにいるということは、この館の主であるギルドマスターが保有(ほゆう)しているわけで。


 ゼクも悪だが彼ほどではない。彼女に少しの(あわれ)みを覚えながら、ゼクは足を進めた。


「こちらになります」


 そう言われゼクは足を止める。

 豪華な装飾が(そうしょく)された扉をメイドがノックする。扉の向こうから(いら)立ったような野太い声が聞こえてくる。

 ゼクは許可を(もら)ったということで、隠しきれない傷を持つメイドを後にした。


 ★


「おう、ゼク。いきなり俺に会おうなんざ、偉くなったもんだなぁ。ああ“? 」

「い、いえ。滅相(めっそう)もございません」

「貴様にギルドのことは任せていたはずだが? 」

「それが対処しきれない事が出てきまして」


 大きな椅子に座り扉の方へ怒声を放つ鬼族の男性。彼がこの館の主で冒険者ギルドのギルドマスター『レド』である。

 赤く筋骨隆々な体に一本の角を額にした彼は今にも倒れそうなゼクに言う。

 しかしゼクも押し負けない。


 (……いつもならこのくらいでぶっ倒れてんのになぁ。ちっ! 面倒なことでもしやがったんじゃねぇだろなぁ)


 レドはそう思いながらゼクに聞く。

 ゼクは昨日あったことから今日あったことまで全て話した。

 するとレドは興味を失ったかのような顔をし、途端(とたん)に怒りを爆発させた。


「そんなくだらないことで俺の館にくんじゃねぇ! 」

「今回は「くだらないこと」ではないのです! 早急(そうきゅう)に対処しないとっ! 」

「たかが淫夢魔(サキュバス)(ごと)きにビビってんじゃねぇよ! 向うが潰しにかかるってんなら迎え撃てやぁ」

「相手は魔王ですよ?! 」

「それでもたかが淫夢魔(サキュバス)だろうが!!! 」


 ドン! と机を拳で割ってパリンと音が部屋に響く。

 床が赤ワインで染まる中、それでもレドの怒りは収まらない。


「それとも何か? この俺が……赤鬼の俺がたかが淫夢魔(サキュバス)に負けるとでも思ってんのかぁ? ゼク」


 殺気の(こも)った口調で言われ、体の平衡(へいこう)感覚を失ったゼクはバタンと音を立てる。

 それを一瞥するとレドはベルを鳴らす。


「……そこら辺にでも捨てておけ」


 入って来た奴隷執事に指示を出し館の外に出すレド。

 それを見送り足を組み直す。

 するとそれまでとは比較ならない殺気を周りに放ち始めた。


 (……嫌なものを思い出させやがってっ! )


 レドはここに来る以前、他の国の冒険者ギルドの職員をしていた。

 しかし不正が発覚しそのままアベルの町の冒険者ギルドに左遷(させん)


 (あの嘲笑(ちょうしょう)に満ちた目に……くそっ! )


 この町に左遷される前に行われた決闘と言う名の(さら)上げにあった。

 冒険者上がりの職員だったことも(あい)まって、普通の職員に負けたことが彼に屈辱(くつじょく)を与え、今の犯罪に走らせている。


 抑えようにも怒りが収まらない。

 そして彼はいつものようにベルを鳴らす。

 それに呼ばれて来た獣人族のメイドは中に入るなり肉塊(にくかい)()した。


「……そうだ。俺が負けるはずがねぇ。あれは何かの間違いだ……」


 拳から(したた)る血を見て精神を安定させるレド。


 最早今の彼はギルドマスターではなく単なる犯罪者。

ここまで如何だったでしょうか?


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