第五話 失望(ヴィヘイム視点)
グランヴィル男爵領。
男爵領といっても街を支配しているわけではなく、グランヴィル家の与えられた土地といった方がいいだろう。
与えられたといっても、自分たちのお金で買っているのだが……。
それだと平民と何も変わらないように見えるが、グランヴィル家は立派な貴族家である。
当主のケヴィンは冒険者としてひと山当て、その功績として男爵へ任命。
家格が上のブライ子爵家から嫁を貰うことになったのだ。
そして、その嫁こそ私。
ヴィヘイム・ブライなのだ。
ブライ家はこの婚姻をきっかけにグランヴィル家を支援。
冒険に適した、ダンジョンに近い土地を融通させる。
伯爵家などに比べれば規模は小さくなってしまうが、子爵家が男爵家に対して、有用な土地を用意するなど普通は考えられない。
有用な土地は自分たちで使うのが常識であり、他家へ売るなど異例だ。
では何故ブライ家はグランヴィル家を優遇したのか。
冒険者の不足。
ブライ家とグランヴィル家が所属するこの国、ウィンダム王国は冒険者の国だ。
建国をしたのは有名な冒険者であり、国中にダンジョンが存在する。
それゆえ、平民であっても新ダンジョンの発見や、新階層の攻略を達成すると貴族位を与えられ、領地経営や、さらなるダンジョン攻略への補助など、様々な権限を行使できるようになる。
グランヴィル男爵家は国に加え、ブライ子爵家が援助する形で冒険者としてダンジョン攻略を行っている。
ブライ子爵家がグランヴィル男爵家をうまく取り込んだというのが真相なのだが、バカなケヴィンは冒険者として評価されたと喜んでいた。
本当平民は扱いやすくて助かる。
正直ブライ子爵家は長らくの間、有力な冒険者を輩出出来ないでいた。
家系の者がダメならば、外から冒険者を招き入れてもいいのだが、優秀な冒険者は皆伯爵家以上の貴族たちが抱え込んでしまう。
そういった争いに敗れてきたブライ家だったが、運よくケヴィンが攻略したダンジョンの所有権を持っていたのだ。
あとは上手く抱き込むだけで、優秀な冒険者を手に入れられるという形だった。
グランヴィル家はブライ家に土地を抑えられているも同然なので、今の暮らしを続けたいなら、ブライ家に逆らうことは出来ないのだ。
冒険者として優秀ならば他のダンジョンにいけばいいと思うだろうが、一度攻略したダンジョンのことは知り尽くしている。
なので、新しくダンジョンを攻略するより遥かに稼ぐことが楽であり、危険も少ない。
攻略済みでないダンジョンはやはり危険であり、効率も良くないので、稼ぎも知れている。
こうやってケヴィンを上手く取り込んだ子爵家は、今息を吹き返している途中なのだ。
なので、その次は優秀な世継ぎに、他家との関係強化のための子供が必要だ。
冒険者として優秀な子が生まれればブライ家が引き取り、政略結婚に使える子は積極的に出していく。
というのにだ。
ヘンリエッタ、アルベルトに次ぐ第三子が生まれたのに病気だというのだ。
魔出紋といわれる病気で、体内から漏れでた魔力が体のあちこちに紋様を作るのが特徴だ。
この病気になった子供は十歳までに死ぬと言われていて、体の成長も満足にできなくなる。
今のところ治療法はなく、貧しい家ならば口減らしの対象になってしまうような病気だ。
まあ、レイネシアはまだ若い。
今回は役に立たない子供を産んでしまったが、さっさと次を作って貰えばいいのだ。
幸いレイネシアは三回の出産を経ても元気な体であり、全てが安産であった。
希望をいうなれば、最低あと二人は産んでほしいが、一応アルベルトという長男は確保できた。
アルベルトは家格の高い貴族家から嫁を貰い受けさせる予定だ。
候補者は全員四十歳ほど離れていて、未亡人で次女以下だが、どの家も今勢いのあるところばかりだ。
男爵家は、そこの若い娘を候補にできるような力はないので、これは決定事項のようなものである。
ヘンリエッタに関しては、ケヴィンの働き次第で相手が大きく変わるだろう。
上手くいけば侯爵家へ嫁ぐことができるかもしれない。
そうなればブライ家のさらなる繁栄に、グランヴィル家で使えるお金が増え、さらなる贅沢ができるようになる。
こんなにも使い勝手のいい駒を手に入れられたのは本当に幸運である。
もしケヴィンが未開の地でダンジョンを発見し攻略していれば、グランヴィル家は子爵以上、下手をしたら侯爵になっていたかもしれない。
王都へと向かう馬車へ足をかけ、ふと後ろを振りかえる。
視線の先には恭しく頭を下げるケヴィンとレイネシア、そしてアルベルトがいた。
(この子……顔が整っているわね)
今まで気にしてもいなかったが、アルベルトはケヴィンに似てなかなか男前になりそうな雰囲気を持っている。
(ケヴィン並みなら、最低でも伯爵家以上……いえ、もっと年齢が上の令嬢なら侯爵家は狙えるわね)
アルベルトの容姿がいいのならば、それこそ年齢に制限をかけなければかなり格上の家から嫁を迎えいえれることができる。
老後の面倒を見るようなものになるが、それなりの援助を期待できる。
上手くいけば新しいダンジョンの入手も可能かもしれない。
そういった資産になるようなものはブライ子爵家が貰い、グランヴィル家にはお金を渡せばいい。
「アルベルト、顔をよく見せなさい」
もうこちらが帰ると油断していたのか、アルベルトはビクンと体を震わせた。
「いい? この綺麗なお顔に傷をつけてはいけませんよ? くれぐれも森の中に入ったりしないように」
この土地のすぐ隣には広大な森が広がっている。
そこはまだ未開の地で、誰の土地でもない。
森の手前は大丈夫だが、奥深くには蛇竜と呼ばれる魔物がいるといわれている。
ゆえに未開の地。
そんな危険な地で魔物にでも襲われ、顔に傷でもつけばアルベルトの価値はなくなる。
ケヴィンとレイネシアにも視線を向け、頷くのを確認する。
最後は気まぐれの行為ではあったが、順調な経過につい笑みが零れてしまった。
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