第一話 転生モード
赤ちゃんの泣き声が聞こえる。
それが俺自身の声だと認識するまでに結構時間が掛かってしまった。
いやいや! まてよ!
転生モードってそういうこと?
ゲームが新しく生まれ変わるとかいうレベルじゃねえぞ!
俺が生まれ変わってるじゃねえか!
しかも生まれたばかりで自我あるのかよ!
こういうのって普通、ある程度成長して自我が生まれるんじゃないの?
俺は前世の記憶があるから最初から自我があるってか?
助産師らしき人が俺を抱えているようで、母親に受け渡されたようだ。
正直目はほとんど見えていない。
なんとなくわかるんだ。
この人がお母さんなんだなって。
元気に泣く俺をあやすように手でトントンしてくれる。
とても心地よい気持ちになった俺はそのまま眠ってしまった。
しばらくして起きてみると、ミルクの時間のようだ。
目も見えるようになってきて、母親の顔を初めて認識する。
めちゃくちゃ美人じゃねえか!
それに若い。
三十歳まで生きていた俺から見ると、ピチピチのギャルといっても差し支えないぐらいだ。
下手したら十代じゃないか?
そんな美人ママから与えられる母乳……全然興奮しない! 三十歳男という自我を持ちながら、美人のおっぱいに興奮しないとは。その部分はちゃんと赤ちゃんになっているようだ。
そして、赤ちゃんとは何も出来ない生き物らしい。
子育ての経験はないが、実際に子育てをされる側になって実感している。
トイレがしたくても、お腹が空いても、必ず誰かしらの助けが必要だ。
俺はそういう欲求が湧き上がる度に泣くしかできず、無力感を味わうのだ。
まあ、赤ちゃんだから仕方ないよね。
それに、この身体、すぐ眠たくなってしまうのだ。
恐らく、というか十中八九異世界に来た俺からしたら色々試したいことがあるのに、全然着手できていない。
ということで、大人しく赤ちゃんという仕事を務めることに集中しなければならなかった。
もちろん魔法が使えるか、ステータス画面は出るのか、そういったことは試したというか念じるぐらいのことはした。
しかし、結果どちらも出来なかった。
ここに関しては成長と共に使えるようになるのか、そういった専門の知識が必要になるのか、とにかく行動を取れるようになったら再び試してみなければならない。
異世界に来たならやっぱり使いたいよね。魔法。
そんなこんなで赤ちゃんを務める毎日が始まった。
基本的には母親と乳母らしき人物二人で俺の面倒を見ていて、たまに父親が子育てもどきのようなことをしてくる。
体感だが、二か月ほどは過ぎた頃だろうか。
やっと泣く以外の声らしきものが出せるようになった。
あー、とかうー、という呻く程度ではあるが、ちゃんと成長しているようで嬉しくなった。
その頃からだろうか、母親と父親がよく喋りかけるようになってきた。
今までも喋りかけてきてはいたのだが、言葉がなんせ日本語ではないので、何を言っているのかわからなかった。
だが最近は必死に自分の顔を指し、一つの単語を繰り返している。
恐らく母親は、ママ、父親は、パパという意味の言葉を繰り返しているのだろう。
まだ発声はできないが、聞き取りは出来る。
これは、喋れるようになったらどちらを先に呼ぶか問題が勃発しそうだ。
まあ、喋れるようになった時、近くにいる方にするか。
さらに、最近気づいたのだが、ロウソクに火をつける時に魔法を使っているようだ。
それを確認できた時は思わず嬉しすぎてお漏らしをしてしまった。
あとは、この世界が俺のプレイしていた乙女ゲームなのかの確認だが、母親が呼ぶ俺の名前はアルベルト、略してアルと言っている。
そんな登場人物はわからないので、本編に出てこないモブか、俺が認識しないほど重要でなかったキャラか、そもそも別の世界ということになる。
どの世界か問題は未だわからないが、魔法の確認ができたのは大きい。
それからは乳母が火をつけに来る度にその様子を凝視するようになった。
ちなみに乳母は母親よりも年上っぽいが、この人も結構な美人で、異世界の顔面偏差値の高さに驚いている。
父親もイケメンといっていいので、その二人から生まれた俺がブサイクなはずがない。
そして、半年が経った頃、乳母の火をつける行為にいつもと違う何かを感じた。
(これは! レジェイネの体から何かが流れ出ている?)
レジェイネというのは乳母の名前だ。
母がよくそう呼んでいる。
俺があー、と声を出してレジェイネに手を伸ばすと、あやすために近づいてきた。
そして、ベッドから抱きかかえ、その両腕が俺を包み込む。
(魔力だ! これは絶対魔力だ!)
魔法を初めて見た時の衝撃が再び俺を襲った。
流石に今度は漏らすことはなかったが、感情が高まり、泣くのを止めることが出来なかった。
「はいはいお腹が空いたんですか」
レジェイネがあやしながらミルクを与えてくれる。
俺は大きな胸にしがみつきながら、レジェイネの体から反応している魔力へ意識を集中するのだった。
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