第十八話 婿入り
昨日は激動の一日だった。
なにせ三年間行方不明だった貴族家の息子が突然帰ってきたのだ。
それに加え、ネイルの不治の病である魔力不全が治ったのだ。
まあ、病気のことはまだごく一部の者しか知らないのだが……。
「あなたにはドンチルド家の次女と婚約し、婿入りをしてもらいます」
何故か翌日にヴィヘイムが俺の帰還を聞きつけ、突然婚約の話を持ってきたのだ。
「あのう、お言葉ですが、ドンチルド家といえば伯爵家……男爵家の長男とはいえ、家格が釣り合わないと思うのですが?」
俺の返しにヴィヘイムは驚いたような顔をした後、煩わしそうな表情へと変わった。
「これは決定事項です。アルベルト、家格が合う合わないはあなたが考えなくていいところです。むしろ、この縁談を結べたことを喜びなさい」
普通なら家格が上の貴族家へ婿入りは喜ぶべきことなのだろうが……。
「五十歳差はあんまりでは?」
思わずといった様子でケヴィンが皆の思っていたことを口にする。
ヴィヘイムの持ってきた縁談は、親世代のものだった。
つまり、ドンチルド家では働き手として期待されているのではなく、愛玩動物的扱いだ。
「あなたと私も歳が離れているはずですが?」
「それでも二十歳程度です! アルベルトはまだ八歳……将来子供を作ることさえ期待されていない立場はいくらなんでも酷すぎる」
ドンチルド家の血筋を紡ぐのは、ドンチルド家で事足りているということだろう。
俺は余生を持て余している親兄弟たちの暇つぶし程度の存在として買われるといった具合だ。
「はぁ、ケヴィン。この縁談で手に入る金貨の数を考えてご覧なさい。あなたの言う通り、アルベルトの将来は潰れるでしょう。しかし、その代償として手に入る金貨の数は少なくない額です。ブライ家への借金を半分は返せるでしょう。それとも、あと数年で返済できる宛てでもあるのですか?」
ヴィヘイムの言うブライ家への借金の詳細がよくわからなかったので、母さんに聞いてみた。
すると、借金は金貨五千枚にも及び、返済が滞ると利子の関係で返済額が増えてしまうそうだ。
では、今のところ返済の進捗はどうかというと……。
「利子分を返すのが精いっぱいで家計が苦しいのでしょう? これはあなたたちのためを思って持ってきた話なの。私に恥をかかせないで頂戴」
「ぐっ」
ヴィヘイムの顔を見ると笑っていた。
俺はその表情を見て確信を抱く。
わざとだ。
ヴィヘイムは生活費を多く浪費している。
それを少しでも抑えることができたなら、借金は少しずつでも返せているはずだ。
これはグレンヴィル家を傀儡として操るための足枷なのだ。
それでも金貨五千枚という額は普通なら一生かけても返せない。
両家の関係性がいいことを示す意味も込めて、返済期限は無期限となっているみたいだ。
だが、それがブライ家の狙いだったのだろう。
借金がある限りグレンヴィル家はブライ家の要求を断ることが出来ない。
もしもそんなことをしてしまえば、二度と冒険者として働くことができなくなってしまう。
冒険者はダンジョンを攻略してなんぼなのだが、そのダンジョンは基本的に高位貴族が所有権を持っている。
ブライ家と仲違いをしたと貴族社会に知られれば、グレンヴィル家はトラブルを抱えていると認識されてしまう。
そんな冒険者に貴重なダンジョンを任せようと思う家はどこにもないだろう。
フリーの冒険者として入ることはできるだろうが、入場料や物資の売買時にかかる手数料などを考えると、それを免除されるダンジョン所有権はかなり大きい。
だからこそヴィヘイムは多くの出費をするようケヴィンに働きかけたのだろう。
「納得いただけたかしら?」
豪華な羽根で装飾された扇をゆっくり動かしながら、鋭い瞳を向けてくる。
「もう少しだけ待ってくれないか?」
グレンヴィル家としてうてる手はないはずだ。
そもそも、借金をどうにかできるならこんなことにはなっていないのだから。
あとできることといえば、新しいダンジョンの開拓だが、流石に一朝一夕でできることではない。
「いいでしょう、猶予は一週間です。それまでに心を決めておきなさい」
これが覆ることはない。
そう言いたげな態度のヴィヘイムに少しイラっとしたが、ケヴィンの顔を見てそんな感情は一瞬で消え去ってしまった。
「妖精王の雫を取りに行くぞ」
ケヴィンはレイネシアへ視線を向け、それに答えるように母さんは頷く。
父の精悍な顔つきは普段の優しい雰囲気とはまた違い、一人の男として偉大に見えた。
そんな二人を見たヴィヘイムは鼻で笑い席を立った。
「ふふ、本当に妖精王の雫が手に入るなら借金を無しにしてあげましょう」
言外に無理だと言いたいのだろう。
妖精王というのはゲーム本編に出てこなかった。
なので何なのか分からないが、名前的にそんな簡単に手に入るものではなさそうだ。
「アル、心配するな。お父さんがなんとかしてやる」
「せいぜい頑張るがいいわ」
俺の知る限り、父が初めてヴィヘイムに反抗的な態度を見せた。