第十七話 家族
「お兄ちゃん?」
幼い女の子の声が聞こえる。
その声は懐かしくもあり、成長を感じるものでもあった。
「ネイル……ただいま」
「お兄ちゃん!」
よかった。俺が家出したときはネイルが三歳だったので、覚えていないと思っていた。
瞳に涙を浮かべたネイルがぐずりながら抱き着いてきた。
鼻水も出ているようだが、可愛いものである。
治療は無事終わったらしく、ネイルの魔力痣は大分薄くなっていた。
窓の外はもうすでに明るくなっており、俺も少し寝れたので少し元気が出てきた。
「ネイル顔を見せてみろ」
「え、いや! 私の顔汚い……」
痣が気になっているのだろう。
こんな小さなころからコンプレックスを持って生きているなんて。
完全には消し切れていないのが悔やまれる。
「大丈夫。自分の腕、見てごらん」
消えてはいないが確実に薄くはなっているはず。
実際三年前には濃かった痣が今は薄くなっている。
「え、薄くなってる」
自分の腕にある痣が薄くなっているのを見て、再び涙が出てきてしまったようだ。
「大丈夫、ネイル。お兄ちゃんが全部治したから、安心しろ」
感情が振り切れてしまったのか、大声で泣き出してしまった。
ここまで苦しい思いをしてきたのだろう。魔力不全に陥ったことのない俺には想像もできないが、小さな子供がこんな病気耐えて生きてきたのだ。
今は好きにさせてあげたいし、これからは一緒に人生を楽しんでいきたい。
ネイルの泣き声が聞こえたのか、部屋の外から人が入ってくるのがわかった。
「ネイル! どうしたんだ! また痛むの……か!?」
父であるケヴィンだ。
ダンジョンへ行こうとしていたのか、服装が冒険服だった。
振り返った俺と目が合うとケヴィンは人形のようにかたまり、ドアをあけ放ったままの格好になった。
「久しぶり、父さん」
「アル……アルなのか! アルなんだな!」
俺と認識するとケヴィンはズカズカと部屋へ入り込み、ネイルとまとめて抱きしめた。
「と、父さん! 苦しい」
必死に訴えてみるが、ケヴィンは離してくれる気配がなかった。
「あなた! ネイルは私が見ます……から」
ケヴィンの背中越しに現れた母。レイネシアと目が合ったので手を挙げて助けを求める。
「アル!」
俺の願いは届かず、結果、夫婦に抱きしめられるというサンドウィッチ状態になってしまった。
しかし母は迷わず俺の下へやってきたな。父であるケヴィンは一瞬固まったというのに……母はやはり自分の子供は長年離れていてもすぐにわかるのか。
このままではもみくちゃにされて、重要なことを話せそうになかったので、無理やりにでも聞いてもらうことにした。
「ネイルの魔力不全治ったよ」
爆弾発言に夫婦は固まる。
俺の言葉を聞いたネイルが腕をケヴィンとレイネシアに見せるように前に持ってくる。
「ああっ!」
「レイネシア!」
レイネシアが急に倒れてしまった。
流石冒険者といったところか、ケヴィンが腰の部分に手を入れて体を支える。
どうやら俺との再会とネイルの病気のことでキャパが溢れたらしく、気絶をしてしまったようだ。
リビングのソファで暫く寝かせると、数分で起き上がってきた。
「そうだね。何から話そうか」
家族全員でテーブルを囲み、緊急会議が開かれる。
議題はもちろん”俺”。
ネイルの病気が治ったことが主題ではないかと思ったが、それも俺が治したので主題はどうしても俺になってしまった。
ここは正直に話す一択だった。
マーリンのことも名前を隠さず話す。
やはり師匠は有名だったようで、最初は半信半疑だった。
だが、ネイルの病気を治した事実と、俺が魔法を使えることを示すと理解してくれた。
「はぁ。俺たちの知らない間にお前がこんなに凄くなっているとは……だがな、家出したことは許さないぞ!」
怒られるのは覚悟のうえだったが、実際親から怒られるのは相当応える。
「ごめんなさい」
「……」
沈黙が辺りを支配する。
「もうしないって誓ってくれる? 何も一生この家にいろなんて言わないわ。出るときはせめて私たちに相談しなさい」
「……」
即答はできない。
両親にウソをつくことはできない。
もし、再び同じ状況になったら俺はまた似たような選択を取るだろう。
「アル、いいか? よく聞きなさい。今回のことで私たちはお前のことを誇らしく思うと同時に、とても心配したんだ。だからこそ、次からは黙っていなくなるなんてことはして欲しくない。すぐに返事をできないということは、また同じ状況になったらまた同じことをするんだろ?」
ケヴィンの言葉に身構える。
怒られることが容易に想像できたからだ。
だが、結果は意外なものだった。
「安心しろ、また同じ選択をしたとしても止めることはしない」
「えっ」
「あなた!」
俺とレイネシアは驚いた声を上げた。
ケヴィンは、俺が必要と判断するなら死地に飛び込むことを見逃すと言っているも同義だからだ。
「いいか? 貴族とは冒険者だ。俺はそれに誇りを持っているし、貴族には守らなければならない矜持がある。だから、息子であるお前が譲れない矜持を持っているというなら、俺はそれを尊重しよう」
「……父さん」
命を懸ける職業である冒険者。
その環境が今のケヴィンを作ったのだろう。
「だが、忘れるな。お前の父親は冒険者だ。大抵のことは俺が解決してやる。だから何かをやるときはまず俺に相談しろ」
ケヴィンの手が俺の頭の上に置かれ、ゆっくりと動かされる。
「……うん」
必死に絞り出した声は、涙でしわがれた音になってしまった。
◇◆◇◆
「いいの? あんな約束して」
妻であるレイネシアが心配そうな声を上げる。
だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「アルも生粋の冒険者だったんだ。なら、そう接するのがアルのためになる」
「厳しい世界なのはあなたが一番分かってるでしょ?」
レイネシアの問いかけはこちらを責めるようなものではない。
ただ確認を、自分の息子の将来を見据えた問いかけだった。
「アルはいつの間にかでかくなった……まだ八歳だけどな。だけどあいつは妹を助けるために命を張れる凄い男だ。だがまだ子供でもある。なら、今度は俺たちがアルを助けようじゃないか。あいつが命を張ったように、俺たちも命を張って、アルが迷わないように道しるべになってやればいい」
「ふふっ」
妻は嬉しそうに笑う。
「そうね。こんな世界だからこそよね……今のあなたとってもかっこいいわよ」
「惚れ直したか?」
「もう惚れてるわよ」
大人になるとどうしてもリスクを取ることができなくなってしまう。
今回アルの行動も、俺ならできなかっただろう。
家族から離れるなんて、子供のころの俺なら絶対に無理だ。
それに、この世界は実力が全てだ。
力、金、知恵、権力。
果たしてアルはその全てを手に入れることはできるだろうか。
ただ、今のアルを見ていたら頼もしいと感じてしまう。
あいつなら、自分の息子なら俺が手に入れられなかった自由を手に入れてくれるかもしれない。
自分の息子の成長に、誇りと期待感を持って妻を抱き寄せた。
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